エピローグ 聖王子の家政婦は最強に可愛い。

第43話 そ~いっ!


 ◆ ◆ ◆


 あのダンスパーティから一週間が経った。

 今日も彼の家政婦は有能だ。


「えっ。あの馬鹿当主、そんな凄い才能スキル持ちだったの?」

「これぞ正しく『才能の持ち腐れ』ってやつですね」


 あれから一週間。全身傷だらけだった身体も、もうほとんど痛まなくなった。「もう包帯もいらなそうですね」なんて言いながら塗ってくれる超効果の傷薬は、コジマさんお手製らしい。その原料をどこで仕入れたのか。昨日聞いたところ、彼女のペットである『イヌ』がお散歩ついでに探してきてくれるという。もうどこからツッコめばいいのか……そんな毎日の何気ない会話が、ディミトリにとって何よりの楽しみだった。


 そして今日も、彼女はディミトリに新しい世界を教えてくれる。


才能スキル名は《豊穣の存在デーメーテル》。その場にいるだけで近辺の植物が豊かに育つというものでございます。昔、面白半分で調べてみたところ、同じ才能スキルを持つ方が『聖女』と崇められたこともあるみたいですよ」

「あ……うん。そう、だよね……」


 常に馬鹿だ馬鹿だと思っていたコジマさんの元婚約者さんが、実はそんなスゴい人だったとは。その現実にディミトリが唖然としていると、コジマさんは今日もあっけらかん

と無表情に言う。


「まぁ、それを本人は知らないんですけどね」

「は?」


 才能スキルは普通、幼少期のうちに発現し、住民登録と同様に国に登録する仕組みになっているはずである。それは取り仕切るのが国か教会かの違いはあれど、シェノン王国とバギール公国共に同じ仕組みだとディミトリは記憶していた。


 それなのに、コジマさんは淡々と続ける。


「アスラン家の両親、祖父母、兄の全員の意見が一致したようです――これを本人に知らせたら、ますます馬鹿が付け上がる、と。幸いにもザナール閣下には《興味あることに関しては抜群に記憶力がいい》という高い知性がありましたので、それを才能スキルということで本人に伝えよう、ということになったと聞き及んでおります」

「…………そんなの、ありなの?」


 ディミトリの疑問に、コジマさんは薬箱を片付けながら答える。


「有りか無しかで言えば、無いのかもしれませんが……個人的にはいいと思ってます。自分で何の努力もせずに勝手に発動している才能スキルなんかより、好きなものをとことん追求して己の知識を高めていく力の方が、きっと価値があるでしょうから」


 それは、あくまでコジマさんの価値観。

 実際、ザナール閣下は芸術や文学において将来がとても楽しみな方ですよ、と彼女は言う。


 もちろんコジマさんの表情は恋するどころかピクリとも動かないのだが……それでも、前の男を褒められて、ディミトリとしては面白くない。


「ずるいや」

「何がですか?」


 ――失言だったな。


 前の男を羨むなど、まるで男らしくない。

 だけど、前言撤回もカッコいいものではなく……やっぱりディミトリがとれる手段は、あまり男らしいものではなかった。


「あ、いや……いつでもあんなに甘いバナーナが食べれるのはずるいなって。ほら、これから北部の厳しいところに行かされるんでしょ? それでもしばらくすれば、また美味しいものが食べられるようになるのはいいなぁ、と」

「そうですね。さすがに元の土壌が悪いと何十年とかかるかもしれませんが……どんなに馬鹿でも最低限食いっぱぐれることはなさそうで、そこは世の中うまく出来ているなぁ、とは思います」

「そうだね」


 ――なんやかんや、心配してたんだろうな。


 彼に出ていけと言われて出てきたコジマさんだけど。きっと彼女なりに割り切れず、心配していたのだろう。表情には出さないけど。そんなところがやっぱりディミトリにとって好ましく、だからこそ心配されている前の男が妬ましく。


 ――俺は彼女の『主人』にはなれたけど、彼女の『婚約者』にはなれないからね。

 ――その問題を、どうにかするには……。


 そう思わず視線を落とそうとした時、窓の外が騒がしくなる。どうやら『彼』が帰ってきたようだ。先日の一件で、ある意味誘拐されたお姫様よりも学園中の注目を集めた『イヌ』は、あれからも周囲の悲鳴やどよめきを無視してわんわんドシドシ自由に生活していた。もちろん、飼い主コジマさんの徹底的躾けにより、『ひとを踏まない』『授業の邪魔をしない』『知らないひとから餌をもらわない』等、約束事を守りながら。


 そんな巨大もふもふ犬が、どこかで拾ってきた騎士見習いを咥えて帰ってきた。とある罪で牢屋に入れられた彼は無事に釈放されたが、罪は罪。


 いつまでも頭をあげようとしない彼に、「それじゃあ」とディミトリは一日『犬の遊び相手になること』と命じたのだ。


 そんな平和(?)な光景を見て、ディミトリはふと雑談を続ける。


「あれ……じゃあ、あの子があんなに大きくなったのも……」

「だから何度も言っているじゃないですか。彼は犬ですよ、て」


 ――でも、さすがにあれはドラゴンだと思う。


 そしてコジマさんは窓越しによだれでベタベタな見習い騎士を受け取りつつも、また彼をそ~いっと放り投げれば。白い巨犬は今日もドシドシわんわんと嬉しそうに追っていくから。


 ――これだけ派手に公開処刑しておけば、彼も多少は今後居心地良くなるでしょ。

 ――思った以上にきつい罰だったかもしれないけど。


 ちなみに明日は、彼の父親の番。アイーシャは「わたくしも参加しますわ!」と乗り気だったけど……手加減するよう言っておいた方がいいな。ジョセフさん結構年だし。


 見習い騎士の「僕はリーチ家の嫡男オスカル=リーチだあああああ!」という声がシェノリア諸島中に響き渡る。

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