第41話 コジマさん、復職する。


 ◆ ◆ ◆


 ――予想以上にひどい状況ね。


 主人ディミトリに挨拶しつつも、コジマさんは奥歯を噛み締める。


「申し訳ございません。治療はあと回しで宜しいですか?」

「もちろん」


 ひとまず彼の拘束だけ斬り伏せたコジマさんは、刀を納めながら確認する。

 拷問に遭っていただろうディミトリの怪我の状態もだが、この場の状況がなお悪い。レティーツァ含む貴族らや兵士たちが如何に戦闘能力が高かろうと、鎮圧することは容易だろうが……下手に武力行使して、こちらの非が大きくなる可能性は高い。


 もちろんアイーシャが事の経緯を上層に報告してくれるだろうが……アイーシャ一人と、レティーツァ含む大臣らしき人物らの証言。国王がどちらを信用してくれるだろうか。


 ――分が悪いわね。


 アイーシャはひときわ国王の寵愛を受けている姫だという話だが、会ったこともない人を手放しで信用できるほど、コジマさんは能天気にはなれなかった。


 それを、レティーツァもわかっているのだろう。


「あら、アイーシャ。今までどこに行ってたの? 私、とても心配してたのよ?」

「はんっ、白々しい。今回ばかりは、わたくしも許しがたいですわよ」

「どうやって?」


 これはもう、権力勝負だ。今まで多くの根回しをしていた方が勝つ。

 理屈でもなく。真実が勝つわけでもなく。たとえどんなに理不尽だろうと、貴族らの闘いとは、そういうもの。


 ――ジョセフさんがうんざりするのも、少しだけわかるわね。


 だからと言って、過去に逃げるなど欠片もないから。使えるものを使ってみるまでだ。


「お話の途中失礼します」


 コジマさんはボロボロのドレスの裾を掴んで、令嬢のお辞儀カーテシーをする。


「私、黒曜騎士団所属のサン=コールジアと申します。僭越ながら状況を鑑みたところ、同国内の王族同士による傷害事件かと見受けられます。よって、当方の持つ独自裁権を持ってアイーシャ殿下、及びディミトリ殿下の誘拐暴行事件を国王陛下に申告させていただきたいのですが、宜しいですか?」


 完全なる第三者による独自裁権は、このような時こそ発揮されるべきもの。

 それを粛々と提示するコジマさんを、レティーツァ王女は笑い飛ばした。


「あら、それは凄いわね――あなたが本当に“サン=コールジアさん”であれば、だけど」


 ――こいつ……。

 ここに来て、今まで逃げてきたツケが来る。そして、それを見逃してくれる女ではない。


「あなた、ひとまず復学は許可されたけど……保証人が足りてないのでしょう? 一番肝心な身元保証人が足りてないんだとか。そんな人がかの『コールジア家』を名乗るなんて……それこそ名義冒用で訴えられても――」

「それはオレが保証しようっ‼」


 その声に、その場の誰もが空を見上げた。星が黒に塗りつぶされ、夜が本当の常闇に染まる――そんな幻覚に囚われたのは一瞬。バサバサとはためく翼の隙間から、星明かりはきちんと彼らを照らし続けていて。


 突如現れた黒い飛竜に、一番に声をあげたのはディミトリだった。


「来たね、不幸」


 そして、飛竜から一人の青年が飛び降りてくる。黒いマントの下に軽鎧を纏った長身の男は、夜と同じ髪をしていた。だけど、その切れ長の瞳は儚いまでに美しいラベンダー色。そんな美丈夫はまっすぐにコジマさんに近づき、肩を抱く。


「見間違えるわけがない――彼女こそオレの妹、サン=コールジアだ」


 そして、その青年はマントに付いた憲章を一同に見せつけてくる。


「オレが名乗る必要があるとは思えんが……黒曜騎士団団長アイザック=コールジア。我が可愛い妹の呼び出しにより、只今参上した」

「呼び出してません。ただ保証人の書類を送り返して欲しいと頼んだだけです」


 コジマさんは淡々と否定しながら――肩に置かれた手をひねり上げ、そのまま兄を投げ飛ばす。も、兄は空中で易々体勢を整え、何事もなく着地した。


「ひどいぞ、妹よ! 兄は三年ぶりに連絡を寄越した妹を心配して仕事放り出し文字通り飛んできたというのにっ‼」

「正直今来てくれたことには感謝するけど……仕事を放り出すのはどうなの? 書類さえくれればあとはもういいので早く帰ったら?」

「ひどいっ! だけどそのクールさがやっぱり可愛いっ‼ オレの妹サイコーっ‼」


 ――やっぱり頼っちゃいけない人だった……。


 どんどん飛ばしてくるラブラブ投げキッス♡を深ぁ~いため息で跳ね返すのは、いつになく半眼のコジマさん。だけどそんな妹を見て、小さく笑った兄は居を正す。


「まぁ、妹と戯れるのはあとにして」

「後にも先にもしないわ」

「とりあえず仕事するか。サン、状況報告を」

「はっ」


 その指令にコジマさんは片膝をついて。騎士らしく、兄に対して頭を下げる。


「ご報告申し上げます。このシェノン王国において、王女誘拐事件が発生致しました。被害者はアイーシャ=デゼル=シェノン第三王女。容疑者はレティーツァ=エーギル=シェノン第二王女。協力者にこの場にいる貴族ら、及び遠隔地で気絶しているジョゼフ=リーチ及びその息子のオルカル=リーチが挙げられます。そして同時刻にシェノン王国在中のバギール公国王子、ディミトリ=スヴェン=バギール王子への暴行事件が現行。ディミトリ王子には以前から暴行の被害があります――王族内で多発する犯罪行為から、黒曜騎士団の関与する余地は大いにあるかと」

「なるほど、ご苦労。では今この場より我ら黒曜騎士団の独自法権にて――」

「お待ちになって!」


 事務的なやりとりに、慌てて口を挟むのはレティーツァ王女。


「そ、そこのご令嬢があなた様の妹君なのはわかりましたが……家族といえど、騎士団員ではないのではなくて? だって彼女はアスラン家に嫁いで――」

「……我が妹は五歳という歴代最年少でドラゴンをど突き倒し騎士団に入団。七歳の時こちらのシェノリア学園に入学するということで“休職”扱いとなってるが? あ、今この場で復職な? 団長命令だ」

「御意」

「はあああああああああああ⁉」


 そのとんでもない経歴に、レティーツァは気品も何もかも忘れ声をあげるも。

 対して、ディミトリとアイーシャは顔を見合わせて苦笑するだけ。今更驚かない。だってコジマさんなのだから。

 そして当の本人は姿勢だけ元に戻し、いつも通り無表情で控えている。


 ――あまりカッコいいものではないわね。 


 権力を欲した者が、権力に潰される。それはとても滑稽な末路だけれども。

 結局兄の力を借りて解決するなど、見栄っ張りでないつもりのコジマさんであれ、さすがに威張れるものではない自覚はある。


 だけど、チラリと目が合ったディミトリは、なんだか嬉しそうな顔をしていたから。


 ――なにかしら?


 その時、兄アイザックがチラチラレティーツァを見ながら、再びコジマさんの肩に手を置いてきた。


「けど実際、黒曜騎士団の独自法権で裁いてもいいが、オレが間に入ってシェノン国王に委ねる手もあるな。後者の方が恩を売れるには違いないから……サンはどちらがいい? まあ? オレの可愛い妹への謝罪とシェノン国王陛下への報告は免れないが」

「お兄様……いきなり出てきたくせに偉そうでは?」

「お前がなかなか連絡しなかったのが悪い。それに実際偉いしな」

「なんだか解せないわ」


 実際に偉そうな兄に大助かりなのだが……今ひとつ認めたくないコジマさん。

 こっそりむくれる妹に、兄は言う。


「これに懲りたら五年ぶりなどと言わず、もっと最初から持っているものを利用するんだな。兄も道具も使わなきゃ損だぞ」


 ――そんなこと言われても。


 だって婚約者が亡くなった時に連絡すれば、可哀想可哀想と家に戻されることが予見できていたし。家政婦として働かされていた時に連絡しようものなら、兄の逆鱗に触れあの辺境伯家の領土が焦土に変わることも予見できていたし。それをクビになった時に連絡しようものでも同様……結局逆鱗対象が馬鹿当主ザナールイキリ女王レティーツァのどちらかの違いだけだったのかもしれないけど……。


 ――あ、そうだ。


 そこで、ふと思い出したコジマさん。上背の高い兄を視線だけで見上げれば、兄は嬉しそうに「なんだ?」とニマニマしていて。


「……やっぱりやめようかしら」

「遠慮することはない! 困らせるくらいのわがままをドーンッと言ってみるがいい!」

「では、お言葉に甘えて――」


 そしてレティーツァ王女らが今後の処遇に怯えている中。

 淡々と告げられた妹のわがままに、


「兄ちゃん、もっと妹のために何かしたい」


 コジマさんの兄は、げんなりと肩を落としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る