第21話 コジマさん、さすがにやりすぎたと反省する。


「お詫びをした方がいいと思います」

「え?」


 一日考えたコジマさんは家具を配置しながら「僭越ながら」と主人ディミトリに意見を物申した。だけど、ディミトリは「そんなことより、あの写真は飾らないでいいの?」と話を逸らしてくるから。


 コジマさんは「服の下に下げるようにしました」と革でお手製した写真入れを見せつつ、もう一度言う。


「お詫びをした方がいいと思います」

「……その相手、やっぱりアイーシャのことだよねぇ」

「他に誰がいますか?」


 昨日決闘があったせいで、結局家具の用意が遅れてしまい。翌日の放課後、コジマさんは無事に『家政婦小屋』に家具の搬入している最中。


 一瞬にしてベッドにカバーを取り付けたコジマさんは発言を続ける。


「あちらから申し込んできた決闘だったとはいえ、婚約者としてフォローはすべきかと思います。あの方はディミトリ殿下に好意をもたれているからこそ、私に決闘を申し込んできたのでしょう?」

「……それを容赦なく一蹴したのはコジマさんだけどね」


 自分は女の子らしい家具や生活用品を用意したはずなのに、またたく間に出来上がっていく部屋は性差なしの無個性部屋。それでも絶妙に生活動線が定められた家財道具の配置センスに感嘆しながらも、ディミトリはコジマさんから視線を逸らす。


 だけどディミトリの目の動きに、コジマさんの敏捷性が劣るわけがない。彼の前に回り込んだコジマさんは淡々と告げる。


「私はあなた様の『好きにしていい』という命令に従ったまでですので、責任転嫁はしないでいただけると幸いです」

「あーはいはい。ごめんなさい」


 ――だから事前に訊いたのに。

 負けず嫌いのコジマさん。好きにしていいと言われたので好きに勝たせてもらったが、今日一日過ごしてやっぱり拙かったと悟ったのである。


 だって、朝ディミトリと登校すれば、遠くからハンカチを噛んだアイーシャ王女(と、一緒に睨んでくる取り巻き)がじっとこちらを睨んでいて。


 お昼休みも合流しお弁当を食べていたら、離れた席からアイーシャ王女(と、一生懸命励ましている取り巻き)がひっくひっく鼻を啜りながら一際豪華なプレードを食べていて。


 放課後もディミトリを迎えに行けば、アイーシャ王女(と、敢えて明るい話題を振っている取り巻き)は目からポロポロと涙を零しながら二人の横を通り過ぎて行って。


 きっと明日は、アイーシャ王女のぱっちり二重が一重になっていることだろう。(そして取り巻きらは疲れ果てていることだろう)


 そうした光景に、ディミトリ自身も気まずそうにしていたから。

 まぁ、そもそもの原因が自分に起因するというのもあるが……。


 自分の不始末は主人の不始末。なので、そのフォローを提案するのも家政婦の務め。実際、ディミトリも「まずかったなぁ」という自覚もあるのだろう。その申し出に、ディミトリは嘆息してからコジマさんを見返した。


「それで? 提案してくるってことは、何か案があるってこと?」

「はい。今週末、お茶会にでも招待したら如何でしょうか?」




 そして、週末。


「な、なんですのこれはああああああ⁉」


 時間よりも少しだけ遅れてやってきたディミトリの婚約者アイーシャ=デゼル=シェノン第三王女はディミトリ邸の様子に感嘆の声をあげた。彼女の護衛騎士ジョセフも、声には出さないものの目を白黒させている。


 壁一面に桃色の薔薇が這わせられ、庭中に芳しい匂いが広まっていた。その前に置かれた真白なテーブルセットの上には、これまでもと並べられたカラフルな茶菓子の数々。茶菓子も薔薇を模しており、まるで花畑のよう。


 派手で可愛らしい物が大好きなアイーシャは、あちこちを見ながらルビーのような目をキラキラとさせていた。


「どどど、どーしたんですの⁉ ここ、本当にミーチェの屋敷よねぇ⁉」

「ふふ、そうだよ。コジマさんとアイーシャのために全部用意したんだ」

「え?」


 椅子を引いたディミトリが説明した途端、興奮していたアイーシャの顔がすんと真顔になる。そして険しい赤い瞳が、置物のように控えていた家政婦コジマさんを見据えた。


「あなた、どういう魂胆ですの⁉ わたくしを籠絡させようという気? それとも油断させたところで先日の復讐⁉ そっちがそのつもりならこっちも――」

「落ち着いてよ、アイーシャ。今日は本当にアイーシャと仲直りしたくて呼んだんだよ。そして出来たら、アイーシャもコジマさんと仲良くしてくれたらなって」

「仲良くって……わたくしを侮辱するのも大概にしてくださいまし! 屈辱ですわ、帰りますっ‼」


 プイッと金の巻き髪を振って。踵の返そうとするアイーシャの腕を、ディミトリは掴む。


「ま、待ってよ、アイーシャ。本当にコジマさん頑張ってくれたんだよ?」


 庭いじりガーデニングも家政婦の仕事と屋敷の薔薇を用意し、お茶からお菓子から全て作ったのはコジマさんだ。アイーシャの好みを知るため、また好みの食器を用意するための聞き込みや買い出しも全部彼女一人が行った。


 それをディミトリは口早に説明するも、アイーシャは目尻を上げるだけ。


「あの顔のどこがわたくしを歓迎していると⁉」


 ――あの顔と言われましても。

 その様子を眺めていたコジマさんは胸中ごちる。


 コジマさんはただ家政婦として、無表情で控えているだけなのだから。アイーシャからすれば愛想笑いの一つでもしろと言いたいのだろうが……相手はなんといってもコジマさんだ。二年間の家政婦生活……いや、『幻氷の令嬢ミラージュ・レディ』と呼ばれた令嬢時代にもただの一度も愛想笑いなどしたことがない。


 そんな色々と失格のコジマさんに対して、アイーシャは扇を突きつける。


「これならあなた! 本当にわたくしを歓迎するつもりがあるなら、歌や踊りの一つでも披露してみなさいよっ‼」

「……芸をご所望なら、テーブルクロス引きなど如何でしょうか?」


 なんたってディミトリにも喜んでもらえた一芸だ。あの時は炎を吹き飛ばしたけど、今なら薔薇の花弁を舞い散らせるのも一興だろう。そう思って最善の提案をしたものの、アイーシャは再びプイッと首を振る。


「嫌よ。せっかくのミーチェのお庭が嵐にでもなったら嫌だもの」


 ――そんなヘマするわけないじゃない。

 絶妙な塩梅で披露してみせる自信があるものの……ちょっと落ち込むコジマさん。


 さらに、


「僕も……テーブルクロス引きは今は勘弁かな」


 実際にそれで火事を消し飛ばした光景を見た経験を持つディミトリにも、追い打ちをかけられてしまい。


 ――まぁ、主人にそう言われたのなら仕方ないわ。

 コジマさんは諦めて肩をすくめた。


「では、僭越ながら一曲……」


 そう前置きして。コジマさんは大きく息を吸う。


 歌ったのは――古い失恋の歌だった。

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