第4話 聖王子くん(17歳)の自己紹介


 ◆ ◆ ◆


 少年の名前はディミトリ=スヴェン=バギール。

 アスラン領が所属しているシェノン王国の隣にあるバギール公国の第三王子だ。

 バギール公国は五年前のシェノンとバギール間のシェバ大戦に敗北して以来、シェノン王国の実質的な属国となっている。そのため王家に名を連ねる者として、ディミトリにも与えられた責務がある。


「俺『聖王子』なんて呼ばれながら、生贄みたいなものでして」


 彼はメイドらしき女性が出した白湯を飲みながら苦笑した。


「現在はシェノン王国内の王立シェノリア学園内で生活しています。学園卒業後に、アイーシャ第三王女と結婚する予定となってます」


 記憶がおぼろげだが――魔狼フェンリルに襲われて倒れていた・・・・・自分を助けてくれたのが、この女性だった。どうしてこんな辺境の森にメイドが一人で居たのか定かではないが……どうやらこのあばら屋が、彼女の住まいのようだ。小さく粗野ながらも、埃一つなく綺麗に管理されているのが一目瞭然。


 その中で、丸椅子に座ったままの彼女が「はあ」と相槌を打つ。


 ――きっと、ワケありの女性なんだろう。


 長い前髪やメガネで素顔がわかりにくいが……きっと年上の女性だ。二十代半ばくらいだろう。戦っている時にチラッと見えた片目がラベンダー色で、綺麗だと思ったのを覚えている。普通なら結婚していてもおかしくない女性が、こんな森の中で一人暮らし……気にはなるが、きっと聞かれたくない事情があるのだろう。それと同時に、こんな場所で倒れていた自分を警戒だってしているはず。


 ――優しいひとなんだろうな……。


 警戒しつつも、行き倒れていた自分を助けずにはいられなかった――そんな恩人に返せる誠意として、ディミトリは語る。


「今回は学園の実習でこのアスラン領に来てまして。皆で魔術訓練をしていたのですが……再戦派の人たちに嵌められてしまったようで。魔狼フェンリルに追われる始末に。生贄の俺に何かあれば、バギールが再び叛旗をあげるとでも思っているのでしょう。そんな国力も残ってないんですけどね」


 ただディミトリは律儀な少年だった。相手がどのような相手であれ、助けてもらった以上、名無しじゃいけない。自ら名前と身分を明かし、恩にはきちんと礼儀を返す。


 だけど、対する彼女はひたすら淡々としていた。


「……それは大変でしたね」


 それは同情してくれている時に出る言葉のはずだが、あまりの抑揚のなさにまるで同情されている気がしないディミトリ。


 人のことをとやかく言える立場ではないが……。どんなに話しても、彼女の表情はまるで動かず。彼女は最低限しか語らない。一番反応があったとしたら……うさぎのアップリケを否定してしまった時だ。あの時は明らかにシュンとしていた。


 だけど……いくら善意とはわかっているものの、さすがにシャツにうさぎのアップリケは困る。たまに女性と揶揄されるような顔つきはしているものの、これでも自分はれっきとした男なんだ!


 ――ちょっと変わったひとでもあるけれど。

 男らしく、恩義にはきちんと礼をしなくては!


「この度は命を助けていただき、ありがとうございました。この御礼はあとで学園に戻り次第、きちんと手配させていただきます」

「あぁ。こちらが勝手に助けただけですので、お気になさらず」


 まだベッドから動けないながらも、しっかりと頭を下げたディミトリに、やっぱりメイドさん――家政婦さんって言ってたっけ?――は、素っ気なかった。


 そして彼女は「そんなことより」と腰をあげた。


「そんなに喋る元気があるなら、何か食べたほうがいいでしょう。王族の方のお口に合うかどうかわかりませんが、善処してみようと思います」

「いえいえいえいえ、そこまでは⁉」


 見ず知らずの人にそこまでしてもらうわけにはいかない! 何か礼をすると言っても、自分はただの生贄王子だ。しかもここは他国だし。今は学生の身。お礼といってもせいぜい菓子を手配するなど、できることはたかが知れている。

 だけど彼女は慌てるディミトリをよそに、相変わらず淡々としていた。


「申し遅れました。私のことは『コジマさん』とでもお呼びください」


 王城のメイドに劣らずのしっかりしたお辞儀に、ディミトリは三回ほどまばたきしてから。彼は「はい?」と首を傾げた。


「その『コジマ』というのは……愛称のようなものでしょうか?」

「そうですね。主人……前までお世話になっていたお屋敷では、皆からそのように呼ばれておりました。幼い頃の坊っちゃんが私の名前を言えず『コジマさん』と呼んでくださったことがきっかけでございます」

「なるほど……ずいぶんと愛着のある呼び名なんですね?」

「はい」


 ――あ、笑った……⁉


 本当に、少しだけだが。

 無愛想だった彼女の頬が、少しだけ和らいだような気がして。前髪の隙間から見えたラベンダーの目がゆるく弧を描いて。一言だけだが、その「はい」という声音がとても優しくて。


 その声をもっと聞きたいと思ってしまったディミトリは質問を重ねる。


「その坊っちゃんとやらはお幾つなんですか?」

「今年で八歳になりました。件の『コジマさん』の時はまだ三歳でしたね」

「なるほど。その屋敷にはどのくらい働いていたのですか?」

「そうですね……五年くらいでしょうか。十二歳の時にお世話になりはじめて、今年で十七になりますので」

「え?」


 ディミトリは思わず疑問符をあげてしまうも――己の失言にはすぐ気が付いた。コジマさんの目が一瞬細まったからだ。


 ――俺と、同じ歳……⁉


 彼女のことを二十代半ばだろうと思っていたディミトリ。女性に対して年齢を間違えるなど失礼千万。だけどまだ言っていない。まだセーフだ。


 しかし、コジマさんは口角をたしかに上げていた。


「失礼ですが、ディミトリ殿下はお幾つなんでしょう?」

「……十七です」

「同い年ですね」


 ――あ、バレてる……。


 絶対バレてる! 年上だと思ってたって絶対バレてる⁉

 わざとらしいニコニコとした口角に、思わず反応が遅れていると、


「同い年ですね?」


 とコジマさんが言い直してくるから。

 ディミトリは男らしく「すみませんでした」と頭を下げることにした。


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