第6-5話 「ご馳走して貰えば?」

 今朝会話をして以来麻薙とは口を聞かぬまま放課後になってしまった。


 それ以来麻薙は俺と目を合わせようとすらしてくれない。

 何か気に触るようなことでも言ってしまったのだろうか。


 今日の放課後は委員会こそないものの、保健室で保健委員から集めた手洗いシートを確認して、問題がなければ学校の各所に設置するという仕事がある。


 帰りのホームルームを終えた俺は千国と二人で保健室に向かっていた。


「今朝はごめんね、取り乱しちゃって」

「謝るのはこっちの方だ。色々すまんかった」

「ほしくんは何にも悪くないよ。下着が干してあったのだって私の不注意だし」


 今朝千国が教室を出て行った時はどうなることかと思ったが、その後千国の方から声をかけてきてくれて、昨日の俺の行動に対しては何も怒っていないことが分かった。


 確かに千国の不注意でもあるのかもしれないが、俺にだって多少非はある。

 下着に気付かないフリをしてその場をやり過ごすことも可能だったろうに、チラチラと下着の方に目をやってしまっていたからな。


 それでもこうしてニコニコと俺の隣に立ってくれている千国とだからこそ、ここまで仲良くしてこれているのだろう。


「失礼します」


 保健室にはいつも通り直美先生が机の前に座ってコーヒーを飲みながら書類に目を通している。


「いらっしゃい。いつも悪いわね。委員長だからって保科くんにばかり仕事をさせてしまって」

「いえ。僕は保健委員長なので当たり前のことをしてるだけですよ。それを言うなら委員長でもないのにいつも仕事を手伝ってくれてる千国に言ってやってください」


 千国は委員長ではないのでこうして俺の仕事に付き合う必要はない。

 千国以外の保健委員は俺が委員会で任せた仕事以上の仕事は絶対にしないというのに、千国は俺がお願いしているわけでもないのにいつも快く俺の手伝いを引き受けてくれているので非常に助かっている。


「確かにそうね。ありがと千国さん」

「いえ、私は楽しくてお手伝いさせていただいてるだけですので」

「そうは言っても手伝ってくれてるんだから何か報酬は貰わないとねぇ? 今度保科くんにお昼ご飯でもご馳走して貰えば?」


 何やらしたり顔でそう話す直美先生だが、俺はこれまで直美先生から報酬をもらったことなどない。


「それを言うなら僕も先生から何か報酬を貰う権利があると思うんですけど?」

「あなたは私からの愛を受け取ってるからいいの」

「いや愛なんて感じたことないんですけど」

「べ、別に私はそんなつもりでお手伝いしてないので」


 直美先生は支離滅裂な発言をしているが、千国を労ってやらないといけないのは事実である。


「まあまた今度飯でも行くか」

「ぜ、全然気を遣ってもらわなくて大丈夫だからね⁉︎」

「そうもいかないだろ。これだけやってくれてるんだから」

「あ、ありがと……」

「はいこれ。手洗いシートに不備はなかったからニ人で手分けして貼り付けてきてくれる?」

「分かりました。じゃあ俺は別館に行ってくるから、千国は本館を頼む」

「うん。わかった」


 そして俺たちは保健室を出た。


「あ、そういえば私先生に前借りてたペンを返すの忘れてたから先に返してくるね‼︎」

「分かった。それじゃあ俺はもう別館に行ってるから」

「了解‼︎」


 こうして俺は手洗いシートを貼り付けるために本館の三階へと足を運んだ。

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