餓鬼の目に水見えず

緑谷『柴野と桃井が、赤川のことウザいって言ってた』


緑谷『赤川のこと、パパ活やってるサイフだって』


緑谷『オジサンと付き合ってるくせにセンパイとも付き合うビッチだって。妊娠大丈夫かって心配してた』


緑谷『白石虐めなくなってストレスたまってるのか、八つ当たりするなって』


緑谷『私も少し最近の赤川は酷いって思う』


緑谷『ちょっとやりすぎだから、謝ってよ。赤川』


緑谷『謝ってよ。赤川』


緑谷『謝ってよ。赤川』


緑谷『謝ってよ。赤川』


緑谷『謝ってよ。赤川』


緑谷『謝れ』


緑谷『謝れ』


緑谷『謝れ』


緑谷『謝れ』


赤川『謝れなによ! 誰がうざいって!』


赤川『パパ活とかビッチとかふざけんな! どこの誰がそんなこと言ってんのよ!』


赤川『八つ当たり? 違うわよ、白石の方がセンパイに手を出すビッチじゃない! なんで私の方が悪いとか言われないといけないのよ!』


赤川『アンタ達だって一緒に白石虐めてたじゃん! 酷いとか何よ!』


赤川『やりすぎとか言うなら緑谷だってそうじゃん! 柴野と桃井のことレズとか言ってたくせに!』


柴野『え? マジ?』


桃井『ごめん、ないわ』


赤川『アンタ達だって同罪だからね! 私の事ウザいとか本当なの!』


赤川『いつもいつも私におごらせといて、そんなこと言う権利あると思うの!』


柴野『落ち着いてよ赤川。誰がそんなこと言ったの?』


桃井『ログ見たけど緑谷が私達が言ってたって。でも証拠あるの?』


緑谷『え? なにこれ? どうなってんの?』


赤川『ふざけんな緑谷! オマエが言ったことだろうが!』


緑谷『私知らないわよ!』


赤川『知らないわけないでしょ! 実際発言残ってるんだから! アンタこそ嘘言ってゴメンて謝りなさいよ!』


緑谷『噓って何よ。私嘘言ってないわよ。柴野が赤川ウザいって打ち込んですぐ消したの見たし』


柴野『ちょっとまってよ! それこそ嘘じゃん! ログにも残ってないし!』


緑谷『すぐ消したんでしょ! 桃井に相談したら桃井も赤川ウザいって言ってたし!』


桃井『ふざけんな! そんなこと言ってない!』


緑谷『二人とも赤川のこと財布としか思ってないっていったじゃん!』



 …………



 赤川、緑谷、柴野、桃井はスマホを見ながら喧々囂々としていた。一言もしゃべっていないが、指は忙しく動いている。そして心の中では指の動き以上に動揺が渦巻いていた。


 柴野も桃井も、嘘と完全否定できない。別の部屋での発言だが、赤川をウザいと言ったりサイフと言ったり苛立ちの矛先がこっちに向いてウザいと言っていたのは事実だからだ。


(ばれた!? どこで漏れたの!?)

(やばいやばいやばい! 柴野がポカしたおかげで赤川ぶちキレじゃん!)


 柴野も桃井も、自分のアカウントが乗っ取られたことは知らない。アカウントを乗っ取った誰かしらいしが、緑谷を煽ったことを知らない。


 緑谷からすれば、柴野と桃井が赤川に不満を持っていることを本人の言葉で聞いたことになる。それは昨日の時点で終わった話だ。なのに起きたら赤川が激怒している。その原因は私が謝れって言ったからだという。そんなこと、知らないのに!


 そして赤川からすれば、いきなり全員が裏切ったとしか思えない。リーダーである自分への反逆。謝れば許してやると言ってるのに、全然謝りやしない。それどころか――



 …………



緑谷『私、謝れとか言ってない!』


赤川『言った!』


緑谷『どこにあるのよそんなの!』


赤川『お前がさっき消したしたんだろうが!』



 …………



 いつの間にか自分の発言を消して、何もなかったかのように無実を訴える。赤川からすれば馬鹿にしているとしか思えない。


 緑谷からすれば赤川が因縁をつけているとしか思えない。最近ストレスが溜まって八つ当たり気味だったけど、こんな形でぶつけてくるなんて! 友達だと思ってたけど、そんなことはなかったんだ。


 そして柴野と桃井は元から嫌気がさしていたこともあり、



 …………



 柴野がグループから退室しました。

 桃井がグループから退室しました。



 …………



 挨拶もなしに、無言でグループから抜ける。赤川と緑谷をブロックし、話しかけられないようにした。別のグループ会話で柴野と桃井は愚痴りあい、クラスでもかかわらないように結託する。


 もっとも、この二人の間にも確執は生まれた。互いに『お前がバラしたんだろう』という疑いを抱いている。小さな棘が肥大化するのはまだ先の話だが、確実にヒビは入っていた。


 …………



赤川『柴野! 桃井! お前ら後で覚えてろよ!』


緑谷『ごめん。私も抜ける』


 緑谷がグループから退室しました。


赤川『え?』



 …………



 一人だけになったグループ。赤川は誰もいなくなったグループを前に、呆然としていた。


「何よあいつら! 謝れば許してやろうと思ってたのに! ふざけんな!」


 スマホをベッドに投げつける赤川。


「クラスであっても話しかけてなんかやるもんか。あっちから謝るまでは、徹底無視だから! ふざけんなふざけんなふざけんな!」


 投げつけたスマホに向かって叫ぶ赤川。自分が悪いなんてことはまるで考えない。自分に原因があるかもしれないなんて、思いもしない。


 四人の間に信頼や絆のようなものがあれば『この発言はおかしい』『この人がこんなこと言うはずがない』という疑問に至れたかもしれない。少なくとも、一旦直で話し合おうという思いが生まれたかもしれない。


 だけど、そんなものはなかった。


 赤川は他の三人を自分についてくる部下や取り巻きとしか思ってなかった。自分についてくる人間の数としか思ってなかった。


 緑谷は赤川のことを友達と思っていたけど、酷い裏切りを受けてその気持ちもなくなった。


 柴野と桃井は初めから赤川に嫌気があり、それが今回の件で決定打となった。


 初めからこの四人に繋がりなどなかった。白石をいじめているときもストレス解消以上の意味はなく、何かあったら『赤川に命令された』と言って逃げるつもりだった。――もちろんそんな言い訳が許されるはずもないのだが。


「くそ、あいつらもう絶交だ! センパイに慰めてもらうんだから!」


 言って赤川はセンパイと連絡を取るためにSNSを開く。



 …………



 赤川『紺野センパイ! 今日は授業さぼって遊びませんか?』


 赤川『蘇芳センパイ! 今日は授業さぼって遊びませんか?』


 赤川『桜坂センパイ! 今日は授業さぼって遊びませんか?』



 …………



 真面目な紺野センパイは断って、少し怒ってくれるだろう。蘇芳センパイは……テストで赤点取ると部活できなくなるから来ないかも。でも桜坂センパイはきっと乗ってくれる。そんな反応を期待していた。


 返信が来るまで、いらいらする赤川。


「せっかく遊ぼうって言ってるんだから早く返事しなさいよ。私が言ったら即返信。常識じゃないの。センパイ達もわかってないなぁ」


 時間にすれば4分弱。その間爪を噛んだり足踏みしたり、赤川は全身で苛立ちを示していた。



 …………



紺野『授業をさぼるな』


赤川『えへ、冗談です。でもセンパイがさぼるなら、乗っちゃいますよ』


紺野『さぼらない』



 …………



蘇芳『悪い。テスト近いんでサボりはできない』


赤川『あーん。オンナのカラダの授業なら、教えられますよ♡』


蘇芳『それテストに出ないからな。そういうわけで』



 …………



桜坂『お、悪い子はっけーん。オシオキしないとな』


赤川『やーん、オシオキされちゃうー。部室でいいですか?』


桜坂『おけおけ。1限目からフケるわ』



 …………



 やった。笑みを浮かべる赤川。イラつくことがあったけど、センパイで癒されよう。足取り軽く、家を出る赤川。


 そんな様子もなんて気づく由もなく――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る