虎視眈々

 それから一か月は、赤川の周りの人間を観察していた。主にその人間関係と、そして赤川に対してどう思っているのかだ。


 赤川と一緒に私をいじめていた取り巻き――緑谷、柴野、桃井。

 赤川の好きなセンパイ――紺野、蘇芳、桜坂。

 赤川の家族――パパ、ママ、玲子。


 赤川が学校やSNSで話しているのは、主にこの9名だ。少し前までは青木もあったのだが、もう連絡はとれない。


「何で返事ないのよ叔父さん! 白石の事どうなったか教えてよ!」


 SNSでも通話でも連絡のない青木にキレていた赤川。それでも直接会いに行かないのは、その程度の仲だったのか。赤川が青木を嫌っていたか、青木が姪を寄せ付けなかったか。


 赤川がその件を親に聞く、と言うことはない。何故なら親子の仲は完全に冷え切っているからだ。視線だけの情報だけでも、赤川が母親を避けていることはわかった。


 父親の影はなく、家には母親だけ。しかも顔もろくに合わせない。SNSでは母親が注意をしているようだが、返事は二文字か三文字程度だ。会話と言う会話はないに等しい。


『宿題やった?』

『テストどうだった?』

『学校どう?』

『塾行ってないみたいだけど、本当なの?』

『あの学校、いじめがあるみたいだけどあなたは関係ないわよね?』


 一方的な問いかけ。娘の話を聞こうという形こそとっているが、寄り添うようなことはしない。


『一年から遊んでたら、パパみたいになるわよ』

『野球にかまけて大学行けなかったパパみたいになりたくなかったら、今のうちに勉強しなさい』

『玲子は×●中学に受験ですって。貴方も負けないようにしなさい。今から勉強すれば、挽回できるから』

『パパについていったにしては頭いいわよね、玲子。貴方も負けちゃだめよ』


 そして『パパ』に対する侮蔑感。ああはなるなと言う押し付け。そして妹の玲子を持ち上げ、パパについていったという単語。


 別居、あるいは離婚。赤川の家はそういう状態だ。ママと赤川、パパと玲子。この形で別れて暮らしている。別れた理由は不明だが、ママの言動から何となく察することはできる。


 でもそんなことは関係ない。大事なのは赤川にとってママがストレスの原因であることだ。ここをうまく付けば、かなりのプレッシャーになる。赤川が私にしたことを知れば、烈火のごとく娘を責めるだろう。


 だけど赤川には逃げ場所がある。パパと玲子、そしてセンパイ。


『明日は会えるね、聡子。駅前の『ル・フェ』で12時に待ってるよ』


 一か月に一回、駅前の『ル・フェ』で12時にいる赤川のパパ。喫茶店で3時間ほど話し、夕方に別れる。


『学校行きたくない』


 学校で男子に虐められている妹の玲子。SNSでは姉に連絡したけど、それ以降は何の返事もない。


『センパイ! 今日遊びません?』

『あ、ごめん。今日は生徒会があって』

『マ? 部活終わってからになるから6時ぐらいでいい?』

『授業サボろうぜ。今日は茶道部誰も来ないし』


 そして紺野、蘇芳、桜坂の三人のセンパイ。それぞれ二年生。


 紺野は生徒会の書記だ。眼鏡をかけた真面目なセンパイ。赤川に急接近されてたじろっている。そんな反応を赤川は楽しんでいるようだ。肉体関係はまだない。


 蘇芳はサッカー部のエース。キーパーをやっていて、かなり人気があるようだ。赤川はその人気をかいくぐってハートを射止めたことを自慢している。肉体関係あり。


 桜坂は茶道部の部長。部長と言っても部員はほとんどおらず、桜坂の私物と化している。先生が見ていない部室でギャンブルまがいの事をやっており、赤川はそんなところに惹かれたようだ。肉体経験あり。


「……最低」


 赤川の目を通じて、赤川とセンパイの情事を見た。センパイの体に奉仕し、すがるように抱き合う。目の前に迫った男の象徴に思わず目を閉じたくなるが、赤川憎しの精神でそれをこらえる。その分得られることもあった。


『力強く抱きしめて』

『私を離さないで』

『いやなことから、私を守って』


 男に対する依存症。赤川にとって、男性は自分を守ってくれる存在だ。


 推測だけど、両親の離婚がそんな心を作ったのではないだろうか? 父親と離れ、一か月に一回しか会えない環境。母親のようにストレスを与えない相手。自分をやさしく包み込み、そして守ってくれる相手。


 だからそれを奪おうとする相手には烈火のごとく怒るのだ。奪われれば誰も自分を守ってくれない。嫌なことを忘れさせてくれない。ストレスに押しつぶされる。


 知ったことじゃない。むしろ、弱くてありがとう。丸裸にされて、見捨てられるといいわ。


 そして取り巻きの三人。


『終わったらオケる?』

『ごめん今日バイト』

『(残念、って感じのスタンプ)』


 緑谷、柴野、桃井の三人。


 赤川が何かを言って、緑谷が同意する。その後で柴野と桃井がいろいろ言うパターンだ。SNSでも四人で一緒にいるときも同じ。緑谷は赤川の子分みたいなもので、何でも言うことを聞く。柴野と桃井はそれに乗っかっている感じだ。


 赤川は全員何でも言うことを聞くと思っているみたいだけど、実際に言うことを聞いているのは緑谷だけ。柴野と桃井はそれに合わせているに過ぎない。都合が悪ければ、自分の方を優先する。


 それは赤川に送られたSNSのメッセージでもわかることだ。


 そして、彼女達は赤川と見えないところでもSNSで繋がっている。柴野と桃井は、二人だけのグループを作って会話していた。



 …………。



柴野『赤川何なん! 最近まじうっとうしいんだけど!』


桃井『なんかセンパイにかまってもらえないみたい。八つ当たりやめてほしいよねー』


柴野『そういうときの為の白石なのに、なんであっちに行かないのよ!』


桃井『わかんない。なんか前に二人で会話してて、それからだよね。何かあったのかな?』


柴野『センパイがどうとか言った奴? もしかして白石がセンパイの事諦めたとか?』


桃井『かもかも。蘇芳センパイ人気あるしね。それを赤川が納得して、もう手を出さなくなった?』


柴野『うわマジ迷惑。また適当なこと言って白石に矛先向けとく? 蘇芳センパイが気にしてたとか』


桃井『その方がいいかも。赤川、気前はいいけどうっといし』


柴野『いいサイフなんだけど、すぐ爆発するもんねー』


桃井『パパ活してるって噂だしね。月一で男と会ってるとか』



 …………。



 そう言った、赤川に対する不信やあらぬ噂をさんざん二人で愚痴っていた。『気前よくお金を出してくれるけど、すぐキレて困る』……それが二人が赤川に抱いている意見だ。


 なんで二人だけのSNSグループを知っているかと言うと、二人の視界を盗んだからだ。何度やっても頭痛は耐えがたいけど、それだけの価値はあった。赤川と別れた後にいきなり愚痴をスマホに打ち合う姿は、赤川の嫌われっぷりが分かるようで見ていて爽快だった。


 もちろん二人だけじゃない。緑谷の視界もすでに盗んでいるし、赤川の視界を通して出会ったセンパイ三人、赤川のママとパパの視界も盗んであるし、パパの視界から玲子の視界も盗んでいる。


 視界を通じてSNSアカウントのパスワードもわかっている。パスワード一つを使いまわしているので、一つを知れば後は芋づる式だ。まさか見られてるなんて思いもしないだろう。


 赤川を取り巻く9名のSNSを操作できる。その人間関係も知っている。赤川が何をされれば嫌がるかもわかっている。


「ふふ、全部失って泣き叫べ」


 自分を守っていると思ってる人間関係が壊れ、逆にそれらに責められて、何もかも失ってしまえ。そうすれば、


「私はこの苦しみから解放される/私は愉しく嗤うことができる」


 言った白石瞳わたし百々目鬼ワタシの表情は――きっと嗤っていた。

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