視点:青木・誠

 その日の青木・誠の業務は、普段と比べれば落ち着いたものだった。平日にしてはそこそこ客の数も多く、しかしさばききれない量でもない。アルバイトやパートの子達も仕事に慣れていることもあって、業務自体には余裕があった。


 それでもヒマと言うわけではない。客の対応のほかにも、新しい品物のチェックや棚卸。本社からの書類などやることは多い。ある程度落ち着いたら休憩して、そのまま書類のために事務室に籠ろう。店はバイトの子達に任せても問題なさそうだ。


 お昼ごろにアルバイト達から交代で休憩をとらせて、全員が終わった後に休憩に入る。しばらく書類してるから何かあったら呼び出して、と告げてそのまま事務室に戻った。冷めた弁当を平らげながら、引き出しからスマホを取りだす。


 箸を動かしながら、スマホの通知を見る。メールやSNSに来た通知、漫画アプリやソシャゲの更新情報。世間のニュースは後回し。大事なのは自分の娯楽だ。話題程度に確認はするが、興味は薄い。


 弁当を食べ終わり、欠伸をしながら時間を確認する。時刻は14時を回ったころだ。終業まであと7時間はある。1日14時間労働とか、正直やってられない。労働時間がものすごいことになっているのに応援をよこさない本社に恨みを言いたくなるが、実際に口に出す勇気はない。


 たまった恨みは別口で発散する。ソシャゲの課金だったり、弱みを握った子だったり。今日も溜飲を下すべく画像フォルダを開く。気が弱く泣きそうなあの顔。ストレスのはけ口として、あの優越感を再確認する。


(俺はよく頑張ってる。社畜と呼ばれようが、モテないと言われようが、頑張ってるんだ)


 青木は転職してドラックストアに入社した。前の仕事をやめた原因は『仕事が性に合わない』だった。工場で黙々と物を作ることに耐えられなかったのだ。その後、職を転々とした後に兄のコネでドラックストアに就職する。


 一か月働いた後に性に合わないとやめそうになったが、さすがに身内のメンツをつぶすわけにもいかずやめることをためらった。その後、だらだらと続けている。実入りはいいし、ある程度さぼっててもやることやれば怒られはしない。


 そう言うけど、辛いものは辛い。残業代がたくさん出るのでお金はたまっていくが使う余裕がない。出会いもないので結婚もできやしない。そのままだらだらとこの年齢まで働き続けたのだ。


(頑張ってるから、これぐらいの幸運はあってもいいんだよ)


 そんなときに従妹から誘いがあった。万引きさせるから、犯して脅してくれと。酷い話だけど、写真を見たらそれなりに可愛かった。気も弱くて逆らうことはないという事なので、OKした。


 後になって魔が差したと思ったが、それも脅して体を重ねるたびにその罪悪感は消えていく。欲望のはけ口としてちょうどいい。辛い仕事でたまったストレスをぶつけるように、白石を扱った。


 最高の気分だった。自分に逆らえない女。嫌だという顔をしながらも我慢して抱かれるあの姿。嗜虐心をそそり、それがさらに欲望を加速させる。征服感と肉体的快楽の両方を満たし、悦に浸った。


 その行為が犯罪的だからこそ、心が震えた。


 その行為が背徳的だからこそ、体が燃えた。


 未来ある女を、欲望のままに自由にできる。蕾ともいえる子を、自分の好きなように染め上げる。その行為。その事実。それが蜜となって青木を麻痺させた。肉体的な快楽もあるが、精神的に満たされていなければ良心の呵責で自首していたかもしれない。


 青木には、これが犯罪である自覚があった。


(あれ?)


 だからこそ、画像フォルダに白石の写真がないことにショックを受けた。あれがあるから、自分は白石から訴えられない。犯罪者にならずに済む。


(うそ。今朝まであったぞ。別の場所か?)


 慌てていろんなファイルを開くが、見つからない。動画ファイルも同様だ。ない。ない。ないないないないない!


(いや、待って。どういうこと? これまずくない!?)


 画像ファイルと動画ファイルがない。


 白石に言うことを聞かせていたのは、ファイルがあるからだ。それがないなら、脅迫はできない。そこまで思い至り、動画ファイルにアップロードしたファイルを思い出す。そうだよ、データはあそこにあるんだから――


(嘘)


 しかし、そこにもファイルはなかった。


 白石の痴態を映したデータが、全部消えていた。それ以外のデータは全部無事なのに、その関係のデータのみが消えていたのだ。


「うそだろ?」


 思わず声を出す青木。


 青木がもう少し慎重でPC関係に聡ければ、データのバックアップは別枠でとっていただろう。ネット上のストレージや外部記憶媒体などを利用していただろう。だがそんな知識はなかった。


「いやだって。スマホはここにあったしパスワードかけてたよ。なんで?」


 スマホを落としたわけじゃないし、パスワードだってわかりにくいものにしていた。今朝まであったファイルが、昼になって消えている。訳が分からない。


「もしかして、店の人間が? え? そう言うことなの?」


 常識的に考えて、青木のスマホが引き出しに入っていることを知っているのは店の従業員だ。先ずそこに疑いがかかるのは当然と言えよう。


(じゃあ、白石のデータを消したのは……その事で俺を脅すため!? もしかして、ばれてた! データを消して……どうするつもりなんだ?)


 ここで外部からの侵入者の可能性に気づけば、監視カメラを遡って変装した白石が侵入した場面を確認できただろう。その映像を使って、再度脅しを行うこともできた。今度は明確な不法侵入だ。


 だが、そこには至らない。外部から侵入した人間がピンポイントで自分の引き出しを開けてスマホを操作した、なんて普通は考えられない。内部犯を疑うのは当然だ。


「も、もしかして他に盗られた物が……!」


 慌てて確認に走る青木。店のお金や重要書類、その他さまざまな書類の確認に走る。その作業だけで一時間かかったが、盗まれた物はないということは確認できた。とりあえず安心するが、不安は解けなかった。


「ど、ど、ど、どうしよう。誰に相談すればいいんだ。こんなことになるなんて……」


 人を脅迫してきた青木だが、脅迫されるのはイヤだった。立場が上の人間からいろいろ強いられ続けてきた人生だ。その数が増えるのは、イヤだ。バラされたら犯罪だと脅されて……。


「いや、待て。どうやって脅すんだ? ファイルはないのに」


 そこまで考えて、その事実に至る。青木を脅すなら、ファイルを消す必要はない。むしろファイルを残して、その画面をカメラにとるかした方がいい。この写真を警察にもっていかれたくなければ……と言うほうが分かりやすい。


「……ふ、そうだよ。むしろそうされる可能性が減ったじゃないか。うん、そうだよ。

 白石チャンの写真は、また撮ればいい。ファイルがなくなったなんて、バレやしないしね」


 何食わぬ顔でいつもと同じように脅せば、あのは屈する。その行為を撮ればいい。それでいつも通りだ。あったまいいね。


(そうだ、何も変わらない。捕まることもないし、あの子を脅せることも変わらない)


 ファイルが消えた、と言う不思議は残るがとりあえず自らの危険はないと知って安堵する青木。念のためにスマホのパスワードを変更しておいた。しばらくはポケットに入れておこう。従業員の誰か脅しに来るかもしれないから、警戒しなくちゃ。


 弱気で慎重。だけど一度得た蜜は手放せない。それが青木・誠と言う人間だ。ここで奮起して犯人を追及するだけの気概があれば、外部犯の可能性にたどり着いたかもしれない。消えたファイルの内容から、白石にたどり着いたかもしれない。


 だが、それも已むなきこと。まさかあの白石が忍び込むなんて青木は思いつきもしない。弱きで従順で痛みや苦しみに耐えることしかできない女子校生が、自分に歯向かうなんて思うはずがない。


 ましてや、彼女に自分の視界を盗まれているだなんて、思うはずもなかった――

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