第20話 お気の毒ですが、盗んでいたみたいです

ジャック・オ・グレイマンの第二形態にジュピターは微笑んだ。


「これはちと、適わんな」


ジュピターの力では、ジャック・オ・グレイマンの第二形態を打倒する事は不可能であると想定した。


「はぁ…はぁッ…あ、ぁあああッ!!」


ジャック・オ・グレイマンが肩に巻いた鎖を解き放ち、煤と灰の鎖を振り回してジュピターに向けて投げ放つ。


「なれば…此方も、ちと本気を出そう」


鎖が衝突する刹那。

ジュピター・スプリームは雷の槍を消すと同時。


「〈聖霊神魂デウスソウル伝承フォークロア〉」


遠方に立つ、ジャック・オ・グレイマンを含む建物に魔法陣が敷かれた。

それを確認したジャックは、鎖の向く先を無理矢理捻じ曲げて、魔法陣を踏むルィンとシャリアの方に鎖を動かして、彼女たち二人を鎖で弾き、魔法陣から離した。


「ッ!?」


最初、ジャック・オ・グレイマンが攻撃して来たと思ったが、その体に傷や痛みは無く、彼が優しく鎖を操作して体を押し出したのだと気が付く。

それと同時、ジャックは魔法陣から逃れられず、ジュピターの雷が魔法陣の線に迸る。


「〈遥かに聳えし雷霆の天穹殿ゼウス・ホルキウス・オリンピア〉」


稲光が魔法陣の上に走ると、視界が眩く、見えなくなり、魔法陣の上に立つジャックとジュピターの姿が消える。


「何…消えた?」


二人の姿が居なくなって、ルィンは瞬間移動でもしたのかと錯覚する。


「微かに魔力の流れを感じます…しかし、魔力の糸は途中で途切れている…それはつまり、途中まで其処に居たけれど、瞬間的にその場から消えたか、別次元へ移動したかの何れかれでしょう」


シャリアの考えに、ルィンも肯定せざるを得ない。

しばらくして、再び空間に稲光が発生すると共に、地面に倒れるジャックの姿があった。


「グレイッ!?」


そう叫んで、ルィンがジャックに近づく。

既に第二形態が解けたジャックの武器は、ほのかに左手に灯る掌だけだった。


「はッ…はっ…こ、これ、でも…足りない…のかッ」


ジャックの目の前に立つ…眼帯の雷霆騎士。

何やら満足と言った様子で、ジュピターは笑みを浮かべている。


「ぬはは、流石焔騎士、儂に伝承を使わせるとはな」


ジャックは最早、ジュピターの言葉など耳に届いていなかった。

息切れが激しくて、自分の声と心臓の音しか耳の奥に入っていなかったのだ。


「はっ……はっ、がっ……」


変わらず、ジャックは口を開いておしゃべりを続ける。


「しかし、順位は絶対よ。儂は二位、お前は六位、序列とは強さの順番、崩すことは絶対にありえん」


ジャック・オ・グレイマンの全力では、ジュピター・スプリームには届かない。

それは、騎士訓練時代の時から分かり切っていた事だった。


「だ…ダメ、…だ、」


それでも、ジャックは歯を食いしばりながら立ち上がる。

ジュピターに、他の誰かを殺されない様に、彼が騎士として立ち続けなければならない。

その姿に、ジュピターは満足気に頷いた。


「心配しなくても良い、今日は気分が良い、争い事は止めてやろうて」


そう告げて、ジュピターは武装状態を解いた。

爽やかに、風の様な涼しげな口調に、完全に敵対する意志が無いと見たジャック。


「…あ、貴方は一体、何をしに…」


何をしに来たのか。

それをジュピターに聞くと。


「騎士の精神を見る為に、儂は此処に来た」


ジャックの掲げる騎士道が、今も尚貫けているのか、それを確認する為に来たのだと、そうジュピターは言うのだった。

「グレイ、大丈夫?!」


ルィンが彼の元に近づいてきて、今にでも倒れそうなジャックを支えてくれる。

ジャックは息を荒げながらも、自らの火を消す様に、〈聖霊神魂〉の発動を停止する。


「うん、大丈夫…だよ」


力の無い笑みを浮かべて、ルィンにそう告げるジャック。

昼間では斧を振り翳し、足の脚力だけで木を薙ぎ倒していた、夜になっても、盗賊との相手では此処迄憔悴する事は無かった。

〈聖霊神魂・伝承〉による体力の消耗が激しかったのだろう。


最早、今のジャックでは一人で立てない程に弱り切っていた。


「ベッドに寝かせないと…待ってて、ジャック、今、何とかしてあげるから」


「おいッ!!」


そう声を荒げて、ルィンたちの前に現れる男がいた。

それは金髪頭のタトドゥだった、なんとも怒りに満ちた表情をしている。


「何してんだテメェ!何勝手に疲れてんだよ!!さっさと盗賊を殺せよッ!お前の仕事だろうがッ!!」


剣を握り締めたタトドゥは、盗賊たちの方に剣の切っ先を向ける。


「何よ、グレイは疲れてるのよ?」


「そんなの関係ねぇ!!強い癖に何弱者の顔してんだよッ!早くぶっ殺せよッ!使えねぇなッ!」


タトドゥは、盗賊たちが今にでも襲ってこないかどうか、恐れていた。

実際の所、彼ら盗賊たちが、タトドゥ含める村人に襲い掛かって来る事はない。

それは、ジャックとクロムレックによる一騎討ちが行われ、クロムレックはジュピターに凄まれて敗北を認めた。

これによって、既にクロムレックらは自首をする事が決定づけられており、これ以上罪を重ねる様な真似はしなかった。

が、部屋の中に居たタトドゥには、そのようなやりとりを聞いてはいない。


「皇国の騎士団なんだろうが、なのに一人も殺さずに終わりなんてありえねぇだろッ、コイツは本気だしてねぇんだよ!!お前らも黙ってないでなんか言えよっ!周りは火で燃やされてるし、家も壊されてんだ、そうだ、コイツが来なかったらこんな事ならなかったのによ!!」


それはそうかも知れない。

元より、この盗賊たちはジュピターに命令されたからこうして来たのだ。

タトドゥの言葉は確かにと思うものがある。


「じゃあ貴方は何をしてたのよ、グレイは戦ったのよ?村から来て数日もしてないのに、村の人たちの為に守ろうとしてくれたの、なのに、貴方は一体何をしてたのよ。盗賊と戦わず、どうせ、逃げる準備でもしてたんでしょ?」


そう言われてタトドゥは口を紡いだ。

ルィンは彼の懐が妙に膨らんでいるのを見て訝しんだ。


「もしかして、人の家から何か盗んだ?」


目敏いルィンの言葉にタトドゥは怒りに満ちた口調で叫ぶ。


「ち、ちげぇよ!!何も盗ってねぇ!!」


「誰か調べて頂戴、それと…あの盗賊、貴方が嗾けたのよね?」


ジュピターの方を見る。

村人が動いてタトドゥの懐を確認する。


「私の小物入れ!」「俺の時計もあるぞッ」「この野郎ッ」


タトドゥに怒り、暴力を振るう村人たち。

ジャックはその光景を見てやめろとは言えなかった。

ジュピターは笑みを張り付けたまま頷く。


「なら、貴方がなんとかして頂戴」


「ほう、儂と対等に口が利けると思ってか?」


「じゃないと今度は私が相手になってあげる」


ルィンが睨みながらそう言って、ジュピターはぬは、と笑う。


「では盗賊どもよ、儂に自首をせよ。そして、国の刑罰を待て」


「あと、貴方が原因で村が無茶苦茶になったんだから、それも直して」


ルィンの追加の要求に素が現れるジュピター。


「えあ?儂一人でか?」


「当たり前でしょ」


「…お前ら盗賊ども!、国の刑罰を通達する、取り合えず、村の修復を手伝えッ!!」


ジュピターがそう叫んで盗賊たちの刑罰を勝手に決めた。


「師匠?」


ジャックはジュピターを見る。


「良いのだ、儂こそ法よ」


鼻息を荒くして溜息を吐くジュピターはそう言うのだった。

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