第2話:白雪姫と秘密の相談


 4月13日(土)。

 手早く朝支度を済ませた俺が、そろそろバイトへ行こうかというそのとき――ゆいから声が掛かった。


「あっ、お兄ぃ。そう言えば今日のバイト、何時帰りだっけ?」


「一応シフトは18時までだが……どうした、なんか用事か?」


「んーん、ちょっと聞いてみただけ」


「そうか。なら、行ってくるわ」


「気を付けてねー」


「おぅ」


 そうして俺は、いつものようにバイト先へ向かうのだった。



 私が自室でテスト勉強をしていると、机の上のスマホが震え出した。


「確か、ここをこうして……」


 葛原くんに教えてもらったことを思い返しながら、覚束おぼつかない手付きでピコピコと操作し――FINEの起動に成功。

 トーク画面には、結さんからの新着メッセージがあった。


 結

 おぃ、バイトに行きました!

 今日のシフトは9時-18時だそうです!

 お待ちしておりますー!⸜( ´ ꒳ ` )⸝♡︎


 白雪冬花

 ご連絡ありがとうございます。

 今からすぐに向かうので、十分以内には到着できるかと。

 本日はよろしくお願いいたします。


 簡潔な返信を送り、すぐに執事室へ向かう。


「――田中、葛原くんの家までお願い」


「ほっほっ、かしこまりました」


 先日の『不良騒動』以来、なるべく一人での行動は避けるようにと田中に言われている。


 その後、白雪家の車に乗り、葛原くんの家へ向かった。


「――お嬢様、お帰りになられる際には、またご連絡をしてください」


「えぇ、ありがとう。今日はちょっと遅くなると思うわ」


「ほっほっ、承知いたしました」


 田中と別れた私は、ピンポーンと呼び鈴を鳴らす。


「はいはーい、ちょっとお待ちください」


 家の中から明るい声が響き、ガチャリと扉が開かれた。


「あっ、白雪さん! お待ちしておりましたー! ささっ、どうぞどうぞ。何もないところですが、くつろいでってください!」


「おじゃまします」


 きしむ廊下を進み、結さんの部屋へ向かうと――視界の端に葛原くんの部屋を捉えた。


「――おぃの部屋、気になっちゃいます?」


「い、いえ……っ」


 突然そんな話を振られて、少し取り乱してしまう。


 葛原くんに似て、結さんはとても目端めはしが利く。

 私の視線の動きから、こちらの思考を読んだのだろう。


「せっかくですし、ちょっぴりのぞいていきますか?」


「そ、それはさすがにプライバシーの問題が――」


「――あはは、冗談ですよ」


「もぅ、からかわないでください……っ」


 そんなやり取りをしながら、結さんの私室へ移動する。


 そこは、整理の行き届いた綺麗なお部屋だった。


「パパッとお茶請ちゃうけの準備をしてきますので、どっか適当に掛けていてください」


「はい、ありがとうございます」


 およそ三分後、ジュースやお茶菓子類が机に並べられ、お話し合いの場が整う。


「さて、と……それで、今日はどうされたんです?」


「はい、実はとても悩んでいることがありまして……。ちょっと長くなってしまうかもしれませんが、ご相談に乗ってもらえますか?」


「もちろん、任せてください! 遠慮なさらず、ガンガン来てください!」


 それから私は、ひとまず『最近の葛原くん事情』を説明していく。

 

網走あばしりそうという生徒から、弾劾だんがい裁判を起こされたこと。

 第一戦・第二戦・第三戦と戦い、最終的に一勝二敗で敗北したこと。

 しかし実際は、相手陣営に伏兵を仕込んでおり、署名不足を理由に無効試合。


 結果を見れば、全て葛原くんの思うがままになっていたこと。


「ほへぇ、そんなことが……。いやしかし、相変わらず汚い手を使いますね。さすがはクズぃ、苗字と名前に二つのクズを冠すだけのことはある」


 結さんは「うんうん」と頷きながら、独特の理解を示した。


「弾劾裁判のこと、葛原くんから、何も聞いていないんですか?」


「はい。多分おぃ的に、そのなんちゃら裁判というのは、わざわざネタにするほどのことでもない『些細ささいなトラブル』だったんでしょう」


「……些細な、トラブル……」


 おそらく、結さんの言う通りだ。


 今になって思えば、葛原くんは裁判中、ずっと面倒くさそうにしていた。

 彼にとってあのイベントは、本当に只々ただただつまらないものだったのだろう。


 ……改めて、『格の違い』を思い知らされる。


「結さん、ここからが本題なのですが……私は三年生最後の『白凰総合力テスト』で、葛原くんに勝つと宣言しました。しかし彼との『差』は、想像していたものより、遥かに大きかった――いえ、大き過ぎました。正直、背中さえ見えていないのが現状です」


「なるほどなるほど……。それで『葛原葛男』を最もよく知る私のもとへ、情報収集&アドバイスを求めて来た、というわけですね?」


「はい」


 さすがは結さん、理解が早くて助かる。


委細いさい、承知しました。未来のお義姉ねえちゃんのため、ここは一肌ひとはだ脱ぎましょう!」


「お義姉ちゃん?」


「まーまー。細かいことは気にせず、サクッと本題へ入りましょう! 18時を過ぎれば、お兄ぃが帰って来ちゃいますからね!」


「……わかりました」


 とんでもないことをサラッと口走ったような気がしたけれど……。

 今最も優先すべきは、葛原くんの情報を集めること。

 制限時間リミットもあるため、あまり細かいことを気にしている場合じゃない。


「戦いに勝つための最適手段は、相手の弱点を突くことです! そしておぃの弱点、それすなわち――」


 結さんはそう言ったきり、難しい顔で黙り込む。


「……やっぱり、そうあるものじゃないですよね……」


「あー、いえいえ! 今の沈黙はそういう意味じゃなくてですね。おぃって、ああ見えて弱点だらけなんで、『何をどう言えばいいかな』と悩んでいたんです」


あの・・葛原くんが弱点だらけ?」


 この一年、彼のことをこっそりと観察し続けてきたけれど……。

 弱点なんてものは、数えるほどしか見つからなかった。

 しかも、基本的にそれらは全て、『貧乏性』に起因するものばかりで、ろくに弱点と呼べるような代物じゃない。


 やはり『妹』という特別な視点からでは、見えてくるものが違うのだろうか。


「まず一つ、とにかくうるさいです! 『ソファで足をパタパタするな』とか、『好き嫌いせずにちゃんと食べろ』とか、ほんっと細かいところを注意してくるんですよ!? その癖、自分は大雑把! 葛原家うち炊事すいじ洗濯は、基本的に私の担当なんですが……何度言っても洗濯物は表裏おもてうらのままだし、お茶碗や皿なんか重ねて出しちゃうし……っ。まぁでも、そんな手間の掛かるお兄ぃが、大好きなんですけどね」


 結さんはそう言って、彼への不満と家族愛を爆発させた。


 この屈折した愛情表現……間違いなく、葛原くんの妹だ。


「ところで今のは、『弱点』というより『欠点』ですよね?」


「た、確かに……っ」


 結さんはハッと口を開けて、ピタリと固まった。


「でも……なんか、いいですね」


 完璧に見える葛原くんの人間らしい欠点。

 なんだかそれは、とても好ましく思えた。


「……白雪さん、思いのほか母性強めなんで、ひもとか飼ってそうですよね……」


「『ひも』……?」


「あー……いえ、こちらの話です。とにかく『ダメ男』に引っ掛からないよう、気を付けてください」


「は、はぁ……わかりました」


 私がそう返事をすると、結さんは満足そうに頷いた。


「さて、話を戻しましょう。残念ながらおぃには、弱点らしい弱点はないっぽいです。ただ、苦手としているモノはあります」


「苦手としているモノ?」


「それは――『お化け』です!」


「そうなんですか」


 お化けのような非科学的な存在は、あまり信じていなさそうに見えたので、正直かなり意外だった。


「お兄ぃのお化け嫌いには、ちょっとした理由わけがありましてね。直感像記憶ちょっかんぞうきおくって、一度見たものを全て覚えられるという、『最強のチート能力』じゃないですか。でも逆に言えば、一度・・見てしまった・・・・・・ものは・・・絶対に・・・忘れら・・・れない・・・んですよ」


「逆接的に言えば、そうなりますね」


「実はお兄ぃ、小さい頃にうっかり間違えて、父の借りてきた『本怖ほんこわのホラー映画』を見てしまったんです。しかも、性質たちの悪いことに非現実的なスプラッタ系ではなく、純正和風ものだったらしく……」


「なるほど……それ以来、お化けが苦手になったと」


「はい、そういうことです」


 日本のホラー映画は、海外のものとは毛色が違い、『現実路線の恐怖』を追求していると聞く。

 幼少期の子どもには、強過ぎるインパクトがあったのだろう。


(……お化けに怯える葛原くずはらくん、これはちょっと見てみたいですね)


 次のゴールデンウィークにでも、お化け屋敷のある遊園地へ誘ってみよう。


「後は……そうだ。お兄ぃはああ見えて、小動物に目がありません。ペットショップなどで、チンチラやフェレットなんかを見つけた日には、周囲への注意力が虫けら以下になりますね」


「虫けら以下って……」


「いや、ほんとなんですって! 例えばこの前なんか――」


「――ふふっ、そんなことがあったんですか」


 その後、葛原くんのほっこりエピソードや好きな食べ物や余暇の過ごし方などなど、たくさんの新情報を教えてもらい、とても充実した時間を過ごした。


 結局、葛原くんの弱点らしきものは、一つも見つからなかったけれど……。

 彼の思考パターン・苦手なモノ・意外な習性など、今回はたくさんの収穫があった。


 相手をよく理解するのは、とても大切なことだ。

 今日得た情報をもとにして、彼と戦うときの対策を練るとしよう。


 私がそんなことを考えていると、どこか複雑な表情を浮かべた結さんが、恐る恐ると言った風に口を開く。


「すみません、ここまでいろいろと話しておいてなんですが……。やっぱり私的に、おぃと競うのは、おススメできません」


「それは何故でしょうか?」


「本気の葛原葛男が負けるところなんて、想像することさえできないからです」


 結さんは強くそう断言した後、その根拠となる理由を語り始めた。

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