第27話:葛原葛男とアウェー


 あっという間に時は流れ、迎えた月曜日の放課後。


「さて、と……行くか」


 男子更衣室で冬の体操服――黒と白のジャージに着替えた俺は、荷物を片手に生徒会室へ向かう。


 コンコンコンとノックし、部屋の扉を開けるとそこには、深刻な表情を浮かべた白雪とやる気とガッツに満ち溢れた桜。


「よぅ」


 俺が軽く挨拶をすると同時、白雪がこちらへ向かってきた。


「葛原くん。今日の弾劾だんがい裁判、絶対に勝てますよね……?」


「おいおい、無茶言うなよ。白雪クラスではないにしろ、網走あばしりそうは超が付くほどのエリート。客観的に見ても、彼我ひがの実力差は明らかだろ?」


「……やっぱり、本気を出してはもらえないんですか?」


「あのなぁ……前のヤンキー騒動のときに見ただろ? 俺が本気を出したところで、みっともなく叫んで逃げ出すのが関の山だ」


「……そう、でしたね……」


 彼女はどこか納得のいっていない顔で、静かに引き下がる。


 それと代わるようにして、桜ひなこが元気よく飛び出してきた。


「葛原くん葛原くん! 私があげたお守り、ちゃんと神棚かみだなに飾ってくれましたか?」


「一応、机の上に置いといた。……でもあれ、安産祈願だったぞ?」


「え゛!?」


 全人類がこいつみたいに何も考えずに生きられたら、きっと世界は平和になるんだろうな……。


 軽く雑談を交わしたところで、チラリと横目で時間を確認。

 時刻は15時45分、そろそろ動き始めた方がいいだろう。


「さて、それじゃ行くか」


「……はい」


「レッツラゴーです!」


 しっかり戸締りをしてから、弾劾裁判の舞台である校庭へ移動。


 するとそこには――おそらくは200人弱、全校生徒の3分の2にもなる大軍勢がいた。


(…………なんか、ちょっと多くね?)


 弾劾裁判の成立要件は、全校生の3分の1以上の署名。

 俺の副会長就任に反感を抱く約100人が、校庭に大集結しているのは予想していたのだが……。


 残り100人のみなさまは、いったいどうなされたのでしょう?


「――おっ、あそこだ! 来たぞ!」


「あいつが噂の葛原くずはら葛男くずおか……。なんつーか、覇気がねぇな」


「えっ、あんな芋臭い男が副会長って……。ぷ、ぷくくっ、そりゃ弾劾裁判も起こされるわね!」


 校庭のあちらこちらから、侮蔑の視線とあからさまな嘲笑が飛び交う。


「……葛原くん、こんなくだらないヤジ、気にしないでください」


「な、なんかめちゃくちゃアウェーですね……っ」


 白雪は威風堂々と先陣を切り、桜はおっかなびっくりと言った様子で朝礼台へ進む。


 俺が二人の後に続こうとしたそのとき――横合いから、野太い声が響いた。


「はぁはぁ……し、白雪さーん……!」


「こひゅーこひゅー……どうして、僕たちを生徒会役員に選んでくれなかったんですかー!?」


「ふぅふぅ……く、葛原くずはら葛男くずおぉ……! お前が姫をたぶらかしたんだなぁ!?」


 全員漏れなく吐息が多めなその声は、白雪姫親衛隊――通称『七人の小人こびと』のものだった。

 彼らはみんな『白雪命』とプリントされたTシャツと純白の羽織を着て、魂の雄叫びをあげている。


 おいおい、どこの世界に白雪姫よりもデカい小人がいるんだ?

 もういっぺん、童話を読み返してこい。


「はぁはぁ……ボクの白雪姫と毎日楽しそうに話しやがって……っ。ゆ、許さないぞ、葛原葛男ー!」


「こひゅーこひゅー……お前なんか、ボロクソに負けちまえ!」


「ふぅふぅ……こ、この不細工野郎め! 今すぐ姫から離れろ!」


 くぐもった罵声がねっとりと鼓膜を打つ中、


「そうだそうだ! 葛男くずおは引っ込めー!」


 一つだけ、えらく通りのいい声が響く。


 そちらに目を向ければ――親衛隊の中心に見覚えのある男がいた。

 誰よりも大声を張り上げ、全力のネガティブキャンペーンを展開するそいつは――目鼻立ちの整った、派手な金髪ピアス。


「……おいこら夜霧よぎり、お前はこっち側にいろよ……」


「うるせぇ馬鹿野郎! 白雪冬花と毎日イチャコラやりやがって……っ。俺たち『七人の小人』は、姫を独占する強欲な男を許さない! ――なぁ、みんな!?」


「「「おぉー!」」」


 ったく、この大馬鹿野郎は……とにかく盛り上がっていて、楽しそうながわに付きやがる。

 そういう尻の軽いところだぞ、お前が女子から壊滅的にモテないのは……。

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