第18話:生徒会の才能


「むー……っ。せっかくの良問だったのに、ろくな収穫がありませんでしたね……。いて言うならば、葛原くずはらくんのシスコンが明らかになったくらいでしょうか」


 桜はそう言って、不満そうに口を尖らせた。


「やかましい。そう言うお前も、なんで逃亡相手が犬なんだよ」


「ローレンくんは、かっこよくてとても頼りになるんです! パートナーとして、これ以上の選択はありません! ねっ、白雪さん?」


「はい、彼はとても利発なわんちゃんです」


 白雪も認める犬……ちょっと会いたくなってきたじゃねぇか、ローレンくん。


「さて、気を取り直して、次へ行きましょう! 今度は……ここっ!」


 桜は勢いよく雑誌をめくっていき、とある一面でストップ。


「えー、ゴホン――『今日から夏季休暇、貴方は久しぶりに海へ行き、日ごろの疲れを癒すことにしました。さて、そこにいた遊泳客は、何人でしたか?』」


 ……なるほど、人名をあげないタイプか。

 今回は危険度が低そうだ。

 これなら素直に答えても大丈夫だろう。


(ただ問題は……その情景が、まったく思い浮かばないことだな)


 そもそもの話、俺は根っからのインドア派だ。

 貴重な休みを使って海に行くことなんて絶対にあり得ないし、そこで日ごろの疲れが取れようはずもない。

 まぁそんな文句を言っても仕方がないので、頑張って想像してみるとしよう。


「――お二人とも、そろそろ答えは決まりましたよね? それでは、さっきと同じ順番でどうぞ!」


「俺は0人だな」


「私も同じです」


「なるほど、ちなみに私は7人でした!」


 全員の回答が出揃ったところで、次のページをめくる。


 するとそこには――。


『海にいた遊泳客の数は――貴方の経験人数です』


 とんでもない結果が記されてあった。


「「……っ」」


 俺と桜が思わず言葉を失う中、


「経験人数?」


 白雪は意味がわからないという感じで、コテンと小首を傾げた。

 さすがは箱入り娘というべきか、この手のことには滅法めっぽううといらしい。


「……桜、頼んでもいいか?」


「……はい」


 さすがにこれ・・を白雪に伝えるのは、男の俺には荷が勝ち過ぎる案件だ。


「白雪さん、経験人数というのはつまりですね……」


「はい」


「男性と女性が、その……ごにょごにょして……」


「~~っ」


 白雪の顔はみるみるうちに朱を帯びていき、最終的に耳まで赤く染まった。


「せ、設問として破綻しています! 経験人数って、そんな何人もいるわけじゃないですか! そういう秘め事は、一生添い遂げると誓ったお相手とのみするものでしょう!」


 なんというかまぁ、貞操観念のしっかりとした、白雪らしい解答だ。


「しかし桜、お前……7人って……」


「わ、私だって未経験に決まって……って、何を大きな声で言わせるんですか!?」


 彼女は顔を真っ赤にしながら、大声で反論を述べた。


 うん、これは俺が悪かったな。すまん。


「ちょっと今回のは、刺激が強過ぎたので……次からは問題を厳選しましょう!」


 桜はそう言って、慌ただしくページをめくっていき――ピタリと手が止まった。


「――あっ、これなんかどうですか?」


 彼女が指さした先には、大きく『才能診断』と記されている。


「あぁ、いいんじゃないか」


「はい、私も賛成です」


 これならば、変な結果になることはないだろう。


「それではここに50個の質問があるので、順番にやっていきましょう!」


「ご、ごじゅ……?」


「随分と多いんですね」


 思っていたよりも、だいぶガチなやつのようだ。


「大丈夫大丈夫。さっきまでのとは違って、どれも簡単な選択式の質問ですし、みんなでワイワイやれば、あっという間に終わっちゃいますよ」


 それから俺たちは、問1から順番に解き進めていく。


「――へぇ、白雪はキノコ類が苦手なのか」


「はい、別に食べれないというわけではないのですが……。あのぬるぬるとした食感が、あまり得意じゃありません」


「そう言えば葛原くんって、なんかキノコっぽいところがありますよね。暗くてジメジメしたところに生えてそう」


「ははっ、ぶっ飛ばすぞ?」


 その後しばらくして、無事に全員の解答が終了。


 50の質問と選択肢には、それぞれ点数が付されており、その合計値で診断結果が決まるようだ。


「それじゃ今回は、私の答えから見ていきましょう。どぅるるるるるるるる――Tタイプです!」


「どれどれ」


「Tタイプは……ここですね」


『Tタイプは、変異型の奇才。非常に尖った才能の持ち主。極々限られた場所、限定的な局面においてのみ、途轍もない力を発揮するでしょう。しかし、基本的に知能は低く、大きな向上も見込めません。くも悪くも純粋な貴方には、物事の本質を見抜く鋭い眼が備わっています。明るく愛嬌あいきょうもあり、万人に愛される存在です。但し、忘れてはいけません、頭はよくありません』


「へぇ、当たってんな」


「けっこう正確ですね」


 俺と白雪が感嘆の声をあげる一方、


「……」


 診断結果が気に入らなかったのか、桜は無言のままに雑誌を引き裂こうとした。


「おいおい、落ち着け。世界に一つだけの心理テストを破こうとするな」


「だって、だって……っ。どうしてこんな『インチキ雑誌』にアホアホ言われなきゃいけないんですか!? 私、とっても賢いです!」


「大丈夫だ。本当に賢い奴は、自分のことを賢いと言わん」


「~~っ」


 図星を突かれた桜は、俺の肩をボスボスと叩いた。


「次! 次です! 白雪さんはどうでしたか!?」


「私はWタイプでした」


「Wタイプは……これですね」


『万能型の秀才。優れた知性と並外れた努力によって、あらゆる困難を打ち破るでしょう。武芸百般に通じますが、その力には限界があります。いずれ必ず、自分一人ではどうすることもできない、大きな壁が立ちはだかるでしょう。でも大丈夫、貴方のことを見てくれている人が、草葉の陰にいますから』


「まぁ半分アタリ、半分ハズレってところか?」


「白雪さんは万能型の秀才……。私は変異型の奇才……」


 桜が極大のショックを受ける中、


「……限界、ですか……」


 白雪はどこか複雑な表情を浮かべていた。


「それじゃ最後は、葛原くんですね。せめて私よりも酷い結果であることを切に願っています」


「お前、嫌なこと言うなぁ……。とりあえず、俺はZタイプみたいだ」


「Zタイプは……っと、こちらですね」


『Zタイプは、破滅型の天才。異次元の知能・悪魔的な思考・神懸かった肉体を兼ね備えた超人。いかなる試練でさえ、一人で容易く捻じ伏せてしまうでしょう。但し、あまりにひいで過ぎたがゆえ、強い孤独感にさいなまれます。また自己犠牲に走る悪癖があり、いずれその身を滅ぼすでしょう。自身の歪んだ価値観を変えてくれる、運命の伴侶を見つけることができれば、きっと幸せになれます』


「破滅型の天才……」


 白雪がポツリと呟き、


「……今、確信しました。この雑誌、間違いなく眉唾物まゆつばものですね! 葛原くんが、そんな天才さんなわけありませんから!」


 桜はめちゃくちゃ失礼なことを言いながら、心理テストの雑誌を鞄の奥へ仕舞い込んだ。


(自身の価値観を変える、運命の伴侶を見つければ、か……)


 もしかしたら、俺はもう――いや、考え過ぎだな。


 心理テストは所詮、大衆向けの娯楽だ。

 その安っぽい診断結果をに受ける必要はないだろう。

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