十七、推しとの待ち合わせは普通ではない

 帰りのホームルームが終わり、俺はすぐに教室を出た。


その際推桐葵の方に目を向けると、彼女はすぐに友達に囲まれすぐには出られそうになさそうな雰囲気だった。


 まあ別に慌てることもないし、わざわざ教室で待っていることもないだろう。


 そう思いながら教室を出て廊下を歩く。

 よくよく考えると放課後に映画に見に行こうとは言われたが、どこで集合などは一切話してなかった。 


  学校を出てしまうとさすがに合流するのは難しいかもしれない。


 そんなことを考えているうちにとっくに靴箱までたどり着いてしまっていた。


「ここで待つか……」


 靴を履き替え入り口で佇む。

 特にするでもなく部活に行くものや帰ろうとする生徒を横目に見ながら、そこで彼女を待つことにした。


「……あ!」


 10分ほど経っただろうか。

 あまりにも暇すぎて目を閉じていると立ったまま寝そうになる。


 それくらい暇な時間を過ごしていたところ、ふとききなれた声が耳に入る。

 目を開けると目の前では推桐葵が肩を上下させながら驚いたように、俺のことを見つめていた。


「帰っちゃったのかと思った」


 そういう彼女の声は若干息が乱れているような気がした。


「そんなことはない。教室で待っているのもどうかと思ってな」


「……メッセージくらいしてくれたらよかったのに」


 確かに。その考えは失念していた俺が悪い。

 おそらく彼女は急いでここまで来たのだろう。もしかしたら走っていたのかもしれない。


 俺がメッセージを送っていれば彼女はここまで急がなくてよかったのかもしれない。


「完全にその考えが抜けていた。すまない」


「別に謝らなくていいわよ。すぐに教室出れなかったのは私の方だし」


「君は人気者だから仕方ない」


「なに、嫌み?」


「いや本心だが」


「……知ってる」


 彼女は言うまでもなくクラスはもちろん学年中、いや学校中から人気があるといっても過言ではない。 


 我が同志たちでも学年、男女問わずいろんな人が集まっていることが確固たる証拠だろう。


 そこに嫌味をはさむ余地なんてないし、そもそも彼女に嫌味を言う理由がない。


「行こっか」


「そうだな」


 なぜかくすっと微笑んだ彼女はそのまま身をひるがえすと、俺から背を向けそのまま歩き始める。

 俺はそんな彼女の一歩後ろをついて歩くのだった。



「そういえば結局何の映画を見るかは決めたのか?」


「ん-。具体的には別に決めてないけど」


「そうか。今はこの恋愛映画が人気らしい」


 俺と推桐葵は電車に揺られながら、小声で会話をする。


 まだ帰宅ラッシュよりは早いからか電車の中の人はまばらだったが、座席は全て埋まっている状態だった。


 そのため俺と彼女は扉の近くに立ち話をしている。

 そんな状態電昼休みの間に少し調べておいた現在公開中の人気の映画一覧というサイトを開き、スマホの画面を見せる。


「へえ、わざわざ調べたんだ……」


「まあ少しだけだが」


「私、恋愛映画って苦手なの」


 推桐葵はスマホをじっと見つめながらそうぽつりとつぶやいた。


「初耳だな」


「誰にも言ってないもの。恋愛ものって大体が二人がくっついてハッピーエンドで終わるでしょ? 結局付き合うまでがピークで、自分のものになったらどうでもいいってことじゃない」


 ちょっと怒ったようにそんなことを言う彼女は今日もピュアだ。


 デートに行ったくらいで男に襲われると考えている頭の中がピンク色な推桐葵だが、根本的なところは純粋そのものなのだ。

 純粋ゆえに邪推が邪魔をする。


「じゃあこれはなしか」


「そうね。私はもっとこう……スカッとするような映画が見たい。映画館ならではの大迫力的な」


「映画館について公開映画のレパートリーを見てから決めるか」


 そんな話をしながらも着々と電車は進んでいき、目的地は近くなる。

 人も多くなってきたのか電車の中はかなり狭く感じるようになってきていた。


「ところで、君はどうしてそんな引きこもりの犯人の最後みたいな恰好で、両手をあげてるのよ」


「推しに触れないように気を付けているんだ」


 どうしても狭くなると彼女との距離が縮まってしまう。

 よって向かい合っている状態で手を自由にしていると、彼女に触れそうになってしまうのだ。


 それを避けるために俺は両手を今頭上にあげている。


「ふうん。……バカなのね」


「辛辣だな」


「事実で、きゃっ」


 推桐葵が白い目をこちらに向けていた時、突如電車が大きく揺れる。


 バランスを崩して転んでしまわぬように足を踏ん張っていると、ふと手首に柔らかい包み込まれるような感触に襲われる。


 何事かと目の前に目を向けると、真っ赤な顔をした彼女が両手をあげている俺の片手へ手を伸ばし、そして掴んでいた。


「ちょっとバランス崩しちゃって……つり革を握ろうとしたら、その……」


「大丈夫か?」


 心境はそれどころではないが、彼女を気遣う。

 確かにバランスを崩して慌てたのか、先ほどよりも彼女の髪や制服は若干乱れているようにも見えた。


「……着くまでこうしててもいい?」


「……問題はない」


 手首をつかまれていることで俺はその場から動くことができないし、必然的に彼女と俺の距離はさらに近くなってしまっている。


 正直俺自身いつ失神してもおかしくない状況なのだが、誰であろう我が推しの頼みである。


 自分のことだけを考えてここで断るわけにはいかなかった。


「……ありがと」


 バランスを崩してしまったことがよっぽど恥ずかしかったのか彼女はいまだに耳を真っ赤にしたまま、そのままうつむいてしまった。

 ……推しの意外な一面を見れた。

俺は電車に深く感謝した。


 そして目的の駅に着くまで俺は彼女を守るべく微動だにしない銅像だと、自分自身にそう言い聞かせて乗り切ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る