五、推しが願うのであれば

 デートの予習……?

 もしかしてデートする予定の場所である水族館に、下見に行くということであろうか。


 しかしおそらく提案してきている水族館というのは地元に唯一ある電車で30分ほどで行ける水族館のことだろう。


 あそこであれば家族とかと何度か行ってそうなものだが。

 初デートでわざわざ遠出するということも考えにくい。

 それでも下見に行こうというのは確かに真面目らしい彼女らしいというか……。


「何とか言ってよ!」


「ああ、気を付けて」


「……ん? もしかして伝わってない?」


 どういうことだろうか。彼女はしきりに首をかしげてこちらを見つめてきている。

 なんだろう、俺はまたおかしなことを言ったのか。


「君がその告白してきた相手とのデートを前に一度水族館に赴くということだろう?」


「そういうこと。なんだ、ちゃんと伝わってるじゃない」


「まあこのご時世真っ昼間から女子高生に声をかけるような輩もいないとは思うが、念のためという意味も込めての気を付けて。ということだな」


「ん? んんんん?」


 推桐葵は大きく首をひねりながら、ついには腕まで組み始めてしまった。

 やはり何もおかしなことは言ってないはずだが、どこか会話がかみ合ってないような気がする。


「一人で行くんだよな?」


「へ?……ああ、そういうこと」


 彼女は何かを納得したような様子を見せているが、ぜひとも俺にもその気づいたことを話してほしい。


 確かに俺は推しである推桐葵のことをたくさん考えてはいるが、だからと言って彼女の頭の中まで、思考まで読めるわけではないのだ。悲しいことに。


「一人で行くわけないでしょ。デートの予習なんだから」


「ああ、友達と行くのか。それなら安心だ」


「だからデートだって言ってるでしょ! 君と行くの!」


「……ん?」


 てっきり一人で行くものだと思っていたから勘違い発言をしてしまっていたと思っていたが、それも違うらしい。

 彼女はいったい今何を言ったのか?


「俺と……デート?」


「デートの予習だから! 断じてデートではないけど、予習なんだから一人で行ったり女友達といっても意味ないでしょ? 悠くんなら安心かと思って」


 確かに俺が推桐葵に無理やり手を出すなど、ましてや襲い掛かるなんてことがあるはずがない。


 俺は推し公認のファンなんだ。

 だから彼女が嫌がること、迷惑がかかることは絶対にしないと約束できる。

 なるほど。それを踏まえて俺であれば安全な予習ができると思ったのか。


「ふむ……」


「何か不満でも?」


「いや不満は全くない。むしろ今から教室内、いや学校の中やグラウンドを全力疾走で三周はできそうなくらいテンションは上がっている」


「それはさすがに無理だと思うけど……。ともかく不満がないなら決定ね。じゃあよろしく!」


 始業時間までもうあまり時間がないからだろう。

 彼女は早口で言い終わるや否や自席へと戻っていってしまった。


 もちろん俺は始業時間や授業などそれどころではない。

 心ここにあらずである。


 しかし、彼女と話していると本当に時が過ぎるのが早いな。


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