庭にできたダンジョンにいるスケルトンの様子がおかしい

第48話 魔物飯

「わたしがいて助かったでしょ？」

「ほんとにな……」

　人面草を一撃で仕留めた塩浦は落ちた剣を拾って真澄に手渡した。

「ダンジョン用の武器は刃部分が潰れてるから根っこが斬れずに絡まるのよね」

「攻撃を受け止める時点で対応が間違ってるのか」

「もしくは実力が足りてないと言えるのかしら」

――さっき言ってたフラグは今のを見越してか……。

　真澄は初めから教えておいてくれと文句は言わず、剣を握って考える。

「避けるしか方法はなさそうだけど向こうが仕掛けてくる前にとか？」

「やられる前にやれはどんな魔物にも通用するわね」

「確かに。だったら攻撃をさせない形だよなぁ……」

　答えはお預けでダンジョンを進むが出てくるのはクサウサギばかり。そして、やっと出てきた二体目の人面草はすぐさま氷の塊に撃ち抜かれた。

「菊姫さん……」

「手間取るかと思って」

「魔法で対処するのも正解よね」

――魔法の発動もすっかり手慣れたな。

「感覚はちゃんとあるんですか？」

「これが魔力なのかな、っていうぐらい。集中するとその形が変わっていくのがわかるよ」

「難しいことはしてないはずなのよねぇ……」

　塩浦は自らが履くブーツで地面を蹴った。

「そういえばブーツのジェムリアはずっと使わずか」

「普段は緊急の離脱用に置いてあるのよ。ジェムリアを使って倒せる相手は使わずに倒せるんだし。動画映えはするんだけどね」

「風を起こす魔法も魔力のコントロールができれば他の用途に使えそうだな」

「魔物を吹き飛ばすのに使っていたのを見たわよ」

　考えられることは色々あるが現状、ジェムリアを所持していない真澄ができるのは武器に魔力をまとわせることだけ。

――集中、集中か……。

　せめてそれぐらいはと身体の違和感を探す。昨日まではスケルトンの状態で訓練中だった時間帯。そのため、いつもより人間の姿でいる時間が長くなっていた。

――スケルトンに変身するのが日常になってたんだな。

　真澄は改めて自分が特異な状況に置かれていると再確認し、進行方向に現れた人面草へ意識を向ける。

「よし……」

　空気を震わす鳴き声を発して近づく人面草と同じように真澄も駆けだす。途中、手の部分にある根が振るわれるのを構わず剣で受け止めた。

　剣に絡まる根は距離が詰まれば詰まるほど引っ張る力が弱くなる。自由に動く剣でもう一本の根を受け止めてもそれは同じで、そのまま人面草に攻撃を叩き込んだ。

　長くムチのようにしなる特性上、引っ張り合わなければどちらかに力が流れる。根元は人面草の身体。あえて近づけば剣の動きを阻害されることはなかった。

　真澄は剣に根を絡ませたまま二撃三撃と追撃を加えて見事に倒し切った。

「ふぅ……」

「実は近づいて対応すれば怖くない魔物なのよ。距離が詰まっていればムチの攻撃も痛い程度で済むし」

――痛いのは痛いのか……。

「魔物の特性を見極める必要があるんだな」

「探索者の資質よね。ＤランクやＣランクの下辺りに位置する魔物の攻撃は致命的なものから遠いのよ。だからこそ、ダンジョンの攻略サイトにもあえてまとめられてないの」

「ある意味優しさか」

　まともに戦える武器の調達や魔物の知識など、探索者になるハードルはダンジョン出現後十年経ってもまだまだ高い。幸運に恵まれているのは重々承知のうえで、ハードルを越えてこの場にいることが自信へつながっていた。

　一度上手くいかなかった魔物に挑戦した緊張感に、思い通り倒せた達成感。庭のダンジョン以外での経験が真澄を不思議な感覚に入らせた。

　会話をしながらダンジョンを進むときも頭の中がクリアで、木の陰に隠れていた人面草を見つけるなり剣を抜く。塩浦がかけた声も内容は入ってこず心地の良いリズムでしかなかった。

　人面草が鳴き声で反応する。本来なら急いで距離を詰めるべきだが真澄は構わず歩く。無駄な体力を使わずに対応できるとどこかでわかっていた。

　真澄は伸びてくる根に対し剣を構える。前の二回と違って動きは緩慢に剣を振り下ろした。その瞬間、襲い来る根が綺麗に切断された。

　一歩ずつ近づくところへ何度もムチのように振るわれるが、その度に根は短く切り刻まれる。そして、最後には人面草が真っ二つになった。

「くやしい……」

　ダンジョン帰りの車内。塩浦が唇を尖らせて窓から外に視線を移した。

「これで塩浦の師匠は俺を含めて三人になったわけだ」

　不完全だが人間の姿で武器に魔力をまとわせることに成功した真澄が得意げにする。

「わたしもすぐ習得するわよ！」

「手取り足取り教えてほしかったらいつでも相談に乗ろう」

「名郷のスケベ！」

　自分で言った言葉に少し気恥ずかしくなった真澄へ、運転中の菊姫がわざとらしく冷めた視線を向けた。

「あー、それにしてもお腹が空いたわね……」

「すぐに作るよ」

「わたしも手伝うわよ」

「いや、大丈夫……パパッと済ませるから」

――なんでもかんでも甘くされては敵わない。

　真澄は家に帰るなり気分良く料理に取り掛かって、遅くなりがちだがボリューム多めな夕食を三人で囲んだ。

「ついに名郷がねぇ……」

「もっと言ってくれ」

　大きく切り分けたハンバーグを頬張りまだ悔しがる塩浦に、真澄は得意気になる。

「ひめちゃんも調子良いし置いて行かれた気分だわ」

「霞には期待してる」

「ぐぬ……でもね、名郷にソゾロ零式とひめちゃんにジェムリアを持ってきたんだから！　そこは評価すべきだと思うの」

「塩浦は優秀だよ」

「うん、偉いね」

「雑にあしらわれると余計に……」

「神様仏様塩浦様だ」

「日々感謝」

「……」

　食事中に散々いじられて拗ねた塩浦へ真澄が作っていたデザートを持ってくる。

「まあ甘いものでも食べて機嫌を直してくれ」

「……これ、魔物飯でしょ」

「そんなにわかりやすかったか？」

　そのデザートはクサウサギを倒した後に残った木の実を割った中身と、人面草の根を甘く炒めたものだった。

「調べて大丈夫かは確認したし、自分でも食べてみたけど結構いけるんだよな」

　真澄は実際に食べて見せ満足気に頷いた。つられて食べた塩浦も美味しいと小さく呟く。

「実はカスミン時代にも魔物飯は食べてたのよね……」

「へぇ、そうだったのか。動画自体が削除されてたから知らなかったな」

「なかにはクセが強いのもあって、そのほうが再生回数は多くなっちゃうのよ……」

　変なスイッチが入り落ち込む姿を見て真澄と菊姫は顔を見合わせ、明日は優しく接しようと頷き合った。