知り合いに会うことを避けたかった幸子は、顔を伏せて大介のマンションに入った。だが、廊下に人の気配はない。幸子は、安堵のため息を漏らして部屋の前に立った。当然、鍵がかかっている。

 かすかな期待を砕かれた洋は、落胆を隠せずに言った。

「鍵は持ってないの?」

 幸子はぼんやりとドアを見つめながら首を横に振る。

「逃げ出したんだもの」

「どこかに鍵を隠していないのか?」

「空き巣を誘うようなことはしない」

「じゃあ、もう一度電話してみて」

 幸子は命じられるままにバッグからiPhoneを出した。マンションへ着くまでに、十回以上発信してきた。やはり電源を切っている。

 洋は幸子の顔色をうかがっただけで溜め息をもらした。

「極秘捜査中なんだろうか……」

「どこに行っちゃったんだろう……」

「仕事が仕事だから、仕方ないかもしれないけど……。でも、こんな非常時に……」

 洋の表情にも焦りが現われていた。美樹も浩一も、依然として居所がつかめない。二人を探すには、大介の知恵と経験、そして警察の捜査力が必要なのだ。

 幸子がiPhoneをしまって尋ねる。

「これからどうする?」

 洋は立ち尽くしたまま考えた。

「万に一つでも可能性があるなら、行ってみるか……」

「どこへ?」

「三枝の部屋。帰っているかもしれない」

 幸子はとっさに思った。

〝それなら電話をくれる〟

 だが、洋には言えない。代わって、もうひとつの恐れが口を突く。

「でも、ヤクザみたいな人が見張ってる……」

「見張っているのがヤクザなら、美樹の父親が雇ったはずだ。僕たちに危害は加えない。話が通じるなら、一緒に部屋に入ってもいい。でも、どうしてヤクザが美樹を捜しているんだろう……」

「ご両親が命令したんでしょう?」

「娘が危険なことを、誰が知らせた? 僕は何も言っていない」

「そうか……」

「まあいい。行ってみるしかない。三枝がどこに消えたのか、手がかりが残っているかもしれない」

「いやよ、そんなの……空き巣みたい……」

 洋は口調を厳しくした。

「他人を部屋に入れたくないのは分かるが、そんな場合じゃない。三枝は殺人犯になるかもしれない。止められるのは、君だけだ」

 反論の余地はない。

「うん……他に探せるところもないし……」

 二人はエレベーターに戻った。

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