第16話 パニールからの帰路

 堕天族は三種類に分かれるんだって。

 ひとつは最初の堕天使の上級と、それ以外。

 上級の天使は完全な存在として、両性体なんだって。

 それ以外の天使には性別がある。

 そして、魔界で生まれた二世代目以降。この堕天使たちはみんな性別がある。

 ナオはここで生まれた。

 体は男、心は女。

 不自由はないそうだ。性別の自覚が違っても、同性で好き合っても誰も咎めないって。

 すごいな魔界。LGBT完全公認。

 おれの傷を治すのに、ナオは何時間もずっと治療を続けてくれた。

 それだけで本当に嬉しかった。

 深夜までかかってやっと脇腹の傷が落ち着いて、二の腕の治療もしてもらった。

 腹の傷に比べたら、腕の傷はかなり楽だった。

 それでも、全部終わるのに明け方までかかった。

「まだ体の疲労は残ってるから、無理しちゃダメだよ? 宿でゆっくり休んで、体力が戻ってから動いてね?」

 そう言って、宿まで付き添ってくれた。

 ナオだって休みなく魔力使い続けて疲れてるだろうに……。

「きみに連絡するにはどうしたらいい?」

 別れ際に訊くと、ナオは一瞬驚いて、すぐに明るい笑顔になった。

「手紙をくれれば」

「どこに?」

「南部方面隊のナオラタン伍長宛に」

「そっか、兵士なんだったね」

「うん、転属するから住所が駐屯地にしかないんだ」

「文字の読み書き苦手だけど……頑張って書くよ」

「うん! サエキは?」

「おれはパパド村のサモサのサエキ」

「サモサ? 葡萄酒の?」

「そう、葡萄酒造りのサモサじいさんのとこに下宿して働いてる」

 お互いに住所交換をして別れた。

 そっか……男の娘だったのか……ショックすぎる。

 時間をおいたら、じわじわきた。痛い。

 でも勝手に女の子だと思ったのはおれだもんな。ナオは普通にしてただけなんだ。

 宿の主に事情を話して、もう一日泊めてもらうことにした。

 本当は早く帰りたいんだけど、実際にダメージが残ってて体が重い。

 部屋でバッタリとベッドに倒れ込んで眠って、目が覚めたら夕方だった。

 ホットドッグを食べ直そう。

 屋台に行って、麦酒二杯に大盛りポテトにホットドッグ二つ、完食した。満腹になった。

 宿に帰って寝た。

 朝ちゃんと起きられた。ダメージは残ってない。

 急いで荷物をまとめて宿を出た。

 もう見つかってたまるもんか、せっかくナオが隠してくれたんだから。

 もう嫌だ、今度こそ戦争なんてごめんだ。

 本気で死ぬと思った。ほんとに痛かった。

 こんりんざい絶対に戦争なんかしない。次は農夫として逃げる!

 一生懸命飛んだ。ひたすら飛んで飛び続けて、野宿して野宿して泊めてもらって野宿して、やっと帝都に着いて宿でぐっすり眠って、またひたすら飛ぶ。

 飛び続けて、行きもお世話になったご主人の家に逃げ込んだ。

「戦火に巻き込まれなかったか? パニールが襲われたそうじゃないか」

 ご主人に心配されたけど、無事だったということで。

「心配してくれてありがと。大丈夫だったよ」

「サエキは家族だ、心配するのは当たり前だ」

 嬉しい。なんか、大切な人がどんどん増えていく。

 サモサじいさん、ダルーばあさん、パパドやサマエル、このご家族もナオも、おれにとってはみんな大切だ。

 パニールのお土産——ささやかだけど——を渡して、晩ご飯をご馳走になって、ゆっくりしてたら扉を叩く音がした。

「この家に客が来ていないか?」

 ……すごく嫌な予感がする……。

 奥さんがドアを開けると、兵士がふたり立ってた。

「ここにサエキという者がいるはずだが」

 はい、おれがそうです……。

「我らは南部方面隊司令官フルーレティ中将閣下の遣いである」

「こたびのパニールでの戦果、まことにめでたいとの閣下の仰せ。ゆえに報奨をとらすと仰せられ、我らが名代として遣わされた」

「閣下よりご下賜の品、謹んで納めるがよい」

 逃げられませんか……逃げられませんね。

 受け取るしかないんですね。

 ペンケースみたいな細長いものを受け取った。

 中には透明な薄青色の小さな石がついたペンダントがあった。

「槍の英雄よ、我らも敬意を持って感謝する」

「我らの到着までパニールを守ってくれた恩、決して忘れん」

 そうして兵士たちは帰って行った。

「やっぱり戦ってきたのか! お前はどれだけ強いんだ!」

「いや、あの、これは、槍と宝石が……」

「祝杯だ、木の槍の英雄を讃えて!」

 いえ、讃えなくていいです。普通に眠れればそれで。

 結局夜半まで酒盛りにつき合って、パニールでの戦のことを根掘り葉掘り訊かれて、疲れてベッドに倒れ込んだ。

 これから先はもう急がない。逃げる理由がない。

 のんびり飛んで、村に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る