第21話 帰国

瑛梨さんとゆかりが帰国したのが1月4日で、車を返却がてら空港まで迎えに行って、二人をピックアップしてから瑛梨さんのマンションに向かう。


流石にもうこの車の運転には慣れていて、行きはゆかりが助手席だったけど、今横に座っているのは当然とでも言うかのように唯依だった。


「そう言えば、瑛梨さんに取っていただいた宿で飯沼さんって人に会ったんです。瑛梨さんの知り合いの方なんですよね?」


その言葉に車内の空気が一瞬で凍り付くのを感じ取る。唯依は瑛梨さんの知り合いと言っていたけど、話してはいけないことだったのかと首を傾げる。


「唯依」


後部座席から飛んで来たのは、瑛梨さんのもので、珍しい、いや、こんなに棘のある瑛梨さんの声は初めてだった。


「偶然会っただけだから。挨拶して別れただけ。そうだよね? 七海」


私に助けを求めてくる唯依も珍しくて、事情は分からないけど挨拶をしただけですと唯依の言葉に同意する。


「そう」


その一言だけで瑛梨さんはそれ以降は口を閉ざす。でも、はっきりと機嫌が悪くなったのは感じ取っていた。


知り合いであることは確かのようだったけど、犬猿の仲というやつだろうか。


瑛梨さんは女性にしか興味がないと公言する人なので、どう見ても女好きそうな飯沼と馬が合わなくて当然かもしれない。


女性を取り合ったとか?


まさかね。


「七海、今年の年末は七海たちも一緒に行かない?」


静まりかえった車内で話題を変えて来たのはゆかりで、行こうと言っているのは、恒例となっているらしい年末年始の海外旅行だろう。今日帰ってきたばかりなのに、もう一年後のことを考えるなんて気が早い。


「私だけでは決められないから、唯依は行きたい?」


「七海と二人の部屋ならいいけど……」


唯依はさっきの瑛梨さんとの会話を引きずっているようで、辛うじて聞こえる声で返事をする。これは飯沼のことを話題に出したことを後で謝っておいた方がよさそうだった。


「じゃあ、瑛梨。次は唯依と七海も一緒でいいよね?」


そこまでつきあいが保つのかと瑛梨さんには揶揄られそうな気がしていたのに、いいんじゃないと瑛梨さんは軽く流しただけだった。


さっきの棘は引っ込めてくれたみたいだけど、まだ機嫌は直りきってない声だった。


「ありがと。七海は行きたい場所ある?」


「なんでゆかりが七海に聞くのよ」


「手配を全部ワタシがしてるから」


ゆかりが珍しく唯依に押し勝っている。ゆかりはいつも唯依には弱いけど、それはわざとな気はしていた。今日は唯依が瑛梨さんに竦んでしまっているので、ゆかりが場を和ませるために言ってくれたのだとはわかっていた。


「唯依一緒に考えて、ゆかりにリクエストすればいいよね?」


「ならいいけど……」


「ゆかり、今までってどこに行ったの?」


参考にさせて貰う意味でゆかりに尋ねて、ゆかりがここ数年で行った場所の話をしてくれたお陰で、車内の雰囲気がようやく元に戻る。でも、瑛梨さんは一切話には加わって来なかった。





唯依には内緒で二人で会えないかとゆかりから個人的な連絡があったのは、それから3日後のことだった。


休日の昼間に会う約束をして、私は唯依にはササと会うと告げて家を出た。水上さんが一緒であればついてくると唯依は言うけど、ササとは根本的に合わないらしくて、ついてくると言うはずがないと踏んでの嘘だった。


待ち合わせで指定された駅前で待っていると、ゆかりは先日借りたSUVに乗って姿を現して、助手席を勧められる。


人目につかない場所でしたい話なのだろうとそれで何となく私は気づいていた。でもゆかりが今更縒りを戻したいなんて言うはずがないし、唯依絡みの話だとは思うものの内容までは見当がつかなかった。


「最近唯依とはいい感じじゃない」


どこに向かっているのかは分からないけど、ゆかりは車を走らせながら口を開く。


この前にこの車を借りたけど、この車の運転手はやっぱりゆかりが似合う。きっと、瑛梨さんはそう思ってこの車を買った気がした。


瑛梨さんってゆかりに似合うものをさらっと選んで与えてしまえる人で、ゆかりがもっとつまらない人を選んだのであれば文句も言えたのに、間違いなく私よりもゆかりを幸せにできる人で、振られて当然だったのかなとは今は思っている。


駄々を捏ねて足掻いても、私は何年も進歩できなかった。ゆかりを取り戻したとしても、ゆかりに甘えるしかできなかっただろう。


「ちょっとは唯依のことは分かるようになってきたとは思ってるけど、唯依と別れろとか、そういう話?」


「まさか。ワタシも瑛梨も唯依が七海とつき合うことには賛成だよ」


ゆかりはともかく、瑛梨さんもであることは意外だった。やってみればいいんじゃない? くらいで、期待はされていないと思っていたのだ。


「唯依が邪魔だから?」


「七海はそう思う?」


「唯依は捻くれているけど淋しがり屋なのは分かってきたけど、瑛梨さんとの関係はまだ見えないままだから」


唯依の性格はかなり掴めてきたけど、唯依は必要最小限しか瑛梨さんのことは話そうとしないので、親子関係までは見えていない。


「でしょうね。瑛梨も表だって態度に出す方じゃないしね。

でも、瑛梨は唯依のことを母親として、愛してはいるわよ。ただ、いろいろ負い目だったり、あと本質的に合わない所があるから、距離を置いてるだけ」


「負い目って?」


「言ってもいいけど、本当に聞く覚悟ある?」


そうか。


ゆかりはそのことを話すために私を呼び出したのだと合点が行った。

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