魔人兄妹は邂逅する

 そもそもの発端は、大陸の北方に突如『魔王』と呼ばれる存在が現れたことだった。


『魔王』はその身に強大な魔力を宿しており、その魔力を用い“魔物”へと変成させた獣の軍勢を率いて大陸の各地へと侵攻を開始し、街や村を次々と滅ぼしていった。


 魔王出現地点に近く、真っ先に攻撃を受けた“ゴルディオール帝国”を始め、事態を重く見た大陸の各国は『魔王』に対抗するために『退魔同盟』を結成し、連合軍を組織して魔物の軍勢に対処した。


 しかしその連合軍も、個々の能力で上回る魔物たちに押され、戦局は一向に好転しなかった。魔物たちは各地で連合軍や、凶暴な獣の討伐を生業とする『ハンター』たちの抵抗を受けながらも、じわじわと勢力を拡大していった。


 連合軍だけでは不十分だと悟った同盟各国は、それぞれ異なる切り札を用いて魔物の侵攻を食い止めようとした。


 大陸西側の広範囲を領土に持つ“アルジェンティリア聖皇せいおう国”は、聖皇以下数百人の聖職者たちによる大規模な儀式魔法により天界から『天使』を呼び出して使役し、魔物の軍勢を帝国との国境付近で押し留めることに成功した。


 東側に位置する“ブロンザルト王国”は、王家に代々伝わる『勇者召喚の秘儀』により異界から1人の戦士を召喚。まさしく一騎当千と呼ぶに相応しいその『異界の勇者』の活躍で魔物を国内から一掃した。


 そして、『退魔同盟』の最前線で日夜魔物との激闘を繰り広げている軍事大国、ゴルディオール帝国。彼らは聖皇国や王国のような一発逆転の隠し玉は持ち合わせていなかったが、最前線であるが故に数多く手に入るとある“モノ”を利用した反撃の一手を考案していた。


 『魔人計画』。


 魔物へと変成した獣が体内に持つ魔力の高密度結晶体、『魔晶』。魔物と化した生物の能力を爆発的に上昇させるその魔晶を人体に取り込み、魔物と同等以上の戦闘能力を発揮する兵士を作り出そうというプロジェクトであった。


 しかし、『魔晶』が内包する魔力は到底人間が耐えきれるようなものではなく、帝国中から死刑囚や浮浪者、孤児など約1000人をかき集めて行われた第一次融合実験の生存率は1%を下回った。その生存者についても、精神に異常を来たして暴走したり、極端に虚弱な体となったりと、そのほとんどが廃人と化してしまった。


 唯一生存したのは、帝都のとある犯罪組織で雑用をさせられていた12歳の少年だった。少年は用意されていたものの中でも一際強力な『クリスタルドラゴン』由来の魔晶と完全に適合し、帝国軍が望んだ通りの強靭な肉体と戦略兵器レベルの魔法を両立した、『魔人第1号』となり、数々の激戦地で多大な戦果を挙げた。


 後に少年自身の肉体の研究と、彼が戦地から回収した魔晶により、『魔晶の内包魔力が一定以上』『融合対象が受精卵から胎児段階である』『融合対象あるいはその親族が魔法を使える』という3つの条件を満たした場合、ほぼ確実に魔人化が成功するということが判明。魔人による対魔王軍の精鋭部隊の編成も現実味を帯び始めていた――




 ■■■■■■




 施設の研究者や教官たちに被験体168番と呼ばれる少女にとって、自室とは厳しい訓練や座学で疲れた身体を休めるための場所であり、同時に、自分はどう足掻いても籠の鳥でしかないのだということを自覚させられる場所でもあった。


 魔法薬と数々の禁術により、人工受精から身体の急激な成長、必要最低限の知識の刷り込みを一週間程度で終えた少女は、そのまま他の被験体の少年少女たちと同様に、魔物との戦闘を想定した訓練プログラムへと組み込まれた。


 プログラムのスケジュールに自由な時間はほとんど無く、娯楽も存在しない。食事も栄養補給のみを目的とした、味など二の次以下のものであり到底楽しめるものではない。


 また被験体の少年少女たちは銀色の首輪を付けられており、それには個体識別機能のみならず、逃走防止の為に研究者たちへ位置情報を送信する機能や、懲罰用に電撃を放つ機能も搭載されていた。彼らはスケジュールと普段の行動の両面において縛られているのだった。


 そして、被験体168番と呼ばれる少女は、他の少年少女たちとは別の問題も抱えていた。


 彼女が適合した魔晶の持ち主は、風を操る高位の人型魔物『シルフィード』。それにより彼女も風を操作する魔法に強い適性を示しているのだが、だからこそこの研究施設が閉じられた空間であるということを強く意識してしまう。


(いくら空気を動かしても、どこかで壁に阻まれる……)


 “魔法”とは術者のイメージを“魔力”に乗せて放出し、一時的に現実を塗り潰す技術だが、彼女の場合は閉塞感が先行して空気が自由に躍動するという光景を想い描くことが出来ず、魔法の出力が低く抑えられてしまっていた。


 成績は下から数えた方が早く、教官や研究者たちからのプレッシャーは日に日に増していく。最近ではいずれ役立たずとして処分されてしまうのでは、という不安感から夜満足に寝付けなくなっていた。


 その日も、少女はベッドの中で暗い天井を見つめていた。部屋の中には座学で使う教科書や訓練用の模擬武器に、替えの手術衣などをしまう棚とベッド、トイレにつながるドアがあるだけだった。


 少女はのし掛かってくるような天井に息苦しさを覚えながら、しかし目を逸らす気力も搾り出せずにいた。日中の訓練はここ最近で一番の激しさで、教官からの叱責もかなりの数飛んできた。心身共に、完全に疲れ果ててしまっていた。


 そんな状態にもかかわらず眠気はいつになってもやって来ない。そして気がつけば夜が明けていて、休んだという実感を持てぬまま訓練に向かわされる、というのがいつものパターンだったため、少女は今回もそうなるだろうと思っていた。


 ところが、その予想は意外な形で外れることとなった。


 突然、少女が眺めていた天井の中央が音もなく正方形に切り取られた。


「え……?」


 呆気に取られる少女の目の前で、切り取られた天井は昇降機のようにゆっくりと降下し、一切の物音を立てることなく床と接触した。


 その天井だったものには、被験体の証である首輪と手術衣を身に付けた、白い髪の青年が乗っていた。


「……むぅ、消音に気を使うと思ったより魔力を持っていかれたな。改良が要るか」


 足元を確認しながらそう呟き、青年が天井の破片から床に降りる。そして、ベッドの上の少女と目が合うと、一瞬体を硬直させた。


「ああ……すまない、起こしてしまったか……?」


 ばつが悪そうに頬を掻く青年を前に、少女はただただまばたきを繰り返すだけだった。

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