弱小冒険者の寄り道店舗は世界を救うカギとなる

九重 まぶた

第1話 弱小冒険者の寄り道店舗は一つの村を救うカギとなる

 都市ビルネツア。周囲の国の中心に位置していたため、貿易の中心地として栄えた商人の街。様々な物資が流れ着けば自然と人も集まってくる。

 街が栄えれば人のいざこざもキリがなく治安維持も兼ねて冒険者ギルドが立ち上がる。結果、クエスト求めに多くの冒険者たちでごった返す。

 治安は更に悪化を辿り今は自他共に認める混沌街。

 そんなことには気にもせず掲示板にクエストが張り出される。クエスト求める冒険者のおかげでギルドは今日も大いににぎわっていた。


『呪いの村』……村に何者かが呪いをかけ村人たちが謎の病に伏している。誰か呪いの謎を解ける者求む。


『古城に棲みつく鳥王』……古城に鳥王であるグリフィンが棲みつき、近辺の農村に作物の被害を出ている。どなたか退治できる猛者を求む。


『迷いネコ』……愛猫のミーコが五日も姿を見せないの。きっと帰り道が分からなくなったのよ。今頃どこかでお腹を空かせて脅えているわ。このザアマの助けを待っているの。誰かミーコを見つけてきてちょうだい!


 ギルドの掲示板に貼りだされたクエストを見て、僕は迷わず『迷いネコ』を剥がした。


「おう。ヨルク何取ったんだよ。迷いネコ~? なんだよ今日もしけたクエスト受けんてんなぁ。お前、そろそろ生活費やばいんだろ? そんなみみっちいクエスト受けたって金にならねーだろ」


「何言っているんだ。こういった初心のクエストこそ大事にしなきゃいけないんだ。それにハリスこの僕に呪いの村の謎が解けると? グリフィンを倒せると?」


「いや、まあそこは俺が悪かった。ただお前、その初心のクエストでさえまともにこなせないだけだろ? こないだなんか下水の大ネズミ退治でようやく買った銅の剣失くしちまったじゃねーか」


「どこでその話を」


「いやお前がこないだ俺と飲んでいるときに、泣きながら話してたけど」


「しまった余計なことを口走ったか。とにかくこのクエストで報酬を得ないと今の宿を追い出されるかもしれないんだ。放っといてくれ」


「まあでもこの間、教えてもらったパン屋のことだけどよ。あそこで買ったミルク入りのパンあれ、酒場のマルベルに持ってったら大好評でよおかげで今度デートすることになったんだ。ありがとよ。これお礼、家賃の足しにでもしてくれ」


 そう言うと同じ新人冒険者のハリスは僕の手に三枚の銅貨を握らせ、「じゃな」と立ち去って行った。なんだか知らないがたまに僕はこうして恵んでもらうことがある。

 僕はその銅貨三枚をありがたくポケットに突っ込む。

 銅貨三枚で三百ルノ。家賃の足しにもならないが、お昼ご飯にはなりそうだとありがたくいただく。

 

 その後、ギルドを後にし、クエスト依頼者に詳しい話を聞きに行く。

 ミーコちゃんの特徴と、日常的によく使う道、あとは好物か。それを頭のメモに書き留め、いざ街へ『迷い猫』探しに繰りだした。


 一時間後。

 飼い主のザアマさんに教えてもらったミーコちゃんがよく使っているであろう道をくまなく歩いてみたのだが、姿形も発見できずに途方にくれていた。

 周囲は見慣れない景色になっていた。

 何年も住んでいる街でもここは混沌街ビルネツアいつもと違う路地に入るだけでまったく違う景色に出会う。

 その景色の中には時に心を誘惑してくる所へと行きつくものだ。

 どこかで猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 僕は飛びつくように駆けだした。

 

 すると、植物の蔦に覆われたレンガ壁に木造の扉が見えた。

 扉の上には金属のプレートで作られたツボを象った看板が揺れている。

 ツボの看板が意味するものは道具である。昔からツボは人にとってとても重要な道具であるために、道具の取り扱い店では定番の看板になっている。


「こんな所に道具屋があったのか……。どんな物がおいてるんだろうな」


 悪い癖であることはわかっていたが好奇心が勝ってしまう。

 猫のことは少し置いといて、ちょっとだけ寄り道するかと期待を胸にその扉を開いた。


 カランと鳴る鈴の音と一緒に「いらっしゃいませ」とさわやかな柑橘系を思わせる声が聞こえてくる。金髪ツインテールの店員が猫を思わせる瞳に営業スマイル浮かべる。


 店内には、冒険に必須の道具が所狭しと置かれている。

 一番手に取りやすい戸棚には円錐状の小さなガラス瓶が並ぶ。瓶のなかには水色の液体が淡く輝いている。水色はポーションである。その隣のグリーンの液体が入った球体のガラス瓶は毒消し。その隣に並ぶイエローの液体はマヒ薬。

 いわゆる定番の冒険必須アイテムだ。

 その他にも、たいまつやカンテラに聖水、あとは何が入っているのか分からない革袋。様々なものが並んでいる。


「わりと普通かな。ん……? うわっ、めずらしい。エリクサーじゃん。何故こんな店に……誰の作だ?」


 定番の小瓶が並ぶ隣にひと際目を引く宝箱が置かれている。蓋は開けられており紫の布地が敷かれそこに赤子を扱うごとく一瓶だけ置かれている。

 ゴールドの液体がまぶゆいばかりに輝いている。それだけでこの瓶に内包、凝縮された魔素量が膨大にして精密であることが分かる。


 エリクサーなどの完全回復薬に限らずにポーションなどを精製する者を魔法薬士と呼ぶが、エリクサーを作れるほどの魔法薬士は数えるほどしかいない。

 そのために店頭に並ぶエリクサーにはその魔法薬士の銘が刻まれていることが多い。


「あら、お目が高いですね。こちらのエリクサーは今朝入荷したもので、アルク・ムシールの作です。ほらこれ、ここに銘が刻まれてます」


「え、アルク!?」


 アルク・ムシールと言えば王宮抱えの最上級の魔法薬士として有名である。アルクの銘がつくエリクサーはその中でも上級品と言われかなりの貴重品だ。そして高価である。値札にも六万ルノと書かれている。ポーション一つが三百ルノであるから凡そ二百倍。

 とてもじゃないけど弱小冒険者に手が出る値段でもないし、そもそもエリクサーなんて高価な物ではなくてもポーションで十分、完全回復である。

 なので鼻から必要ないのだけど。いつかはこのエリクサーを装備品の一つとして組み込み、魔王城へと挑む。冒険者であれば誰しも憧れる夢見るアイテムの一つなのである。


「いいなー。僕もいつかこのエリクサーを持てるほどの冒険者に―」


 まあ。ゴブリンにボコボコにされる弱小冒険者には夢のまた夢ではあるけど。

 しかしアルク・ムシールは王宮御用達しなので、いくらビルネツアが貿易都市といえど街に出回るのはめずらしい一品のはず。メインストリートに拠を構える大商店であれば置かれているのを見かけたことはあるけれど。メインからは大分離れ、入り組んだ裏路地を抜けた先にあるちょっと怪しげな店。

 僕は触らないようにじーっと銘を確認する。

 そこには、アルク・ムツールと書かれている。ん? いや、シではなくてツ?


「…これ~。ツ?」


「お気に召されない」


 ツインテールの店員がにこりと微笑む。

 その笑顔の圧に押し切られるように思わず苦笑いを返してしまう。


「そうだ、こちらは如何です?」


 ツインテールがくるんっと揺れ、彼女はカウンター右隣に設えられた棚に置かれたまばゆい物をゆび指す。


「こちら、虹の歯車と呼ばれるレアアイテムです!」


「うわっ。これまた綺麗だな」


 彼女の指の先には、虹色に輝く手のひら大ほどの歯車が置かれていた。

 時計などに使われている歯車よりもサイズは一回りも二回りも大きいだろうか。

 何より虹色というだけあってとても綺麗である。カウンターに近づき見てみるとさっきまでブルーだった箇所がエメラルドグリーンに変わる。そこから金色がかったピンク。

 光の精霊のいたずらか、水面に小石をおとした時にできる波紋のように色が様々に変化していく。

 溜息が出るほどに綺麗だ。


「どうです? とても綺麗でしょう。この歯車は当店の独自のルートで手に入れまして。なんと魔族の国に住んでいるかの高名なエルフ職人によって作られたものでその製造方法は門外不出。どんな素材が使われているのかも謎。ベテラン冒険者をもってしてもわからないんです」


「ベテラン冒険者でも? なんだかすごい歯車ですね。もしかしてこれはものすごく重要なアイテムなのでは!!」


「お客様するどい」


 店員さんは僕が素直に驚いているのがうれしいのか満足気に頷く。

 自慢するだけあって、歯車にはその淡い輝きから魔力を帯びていることがこんな弱小冒険者の僕でさえ分かる。直観的にこれはとんでもないアイテムだと察した。

 古の天空城の伝説を聞いたことがあるが、もしかしてその城を復活させる為のアイテムだとか?


「それで一体これは何の歯車なんですか?」


「さあ、何の歯車でしょうね?」


「……」


 たっぷり十秒ほどは沈黙が続いただろうか。


「んっふっふ。お客さん運がいい。特別ですよ?」


(え、何が?)


 ツインテールの店員さんがカウンターの奥へと入っていき、屈んでごそごそなにやらやっている。「よいっしょっと。ああっ、もう重いなあ。こんなの引き取らなきゃよかった場所とるからさっさと売っちゃいたいんだよね」


(あのー。聞こえてますけど? ん? ああ、なるほど心の声、隠す気ないのね)


「よいっしょっと」


 ドスンとカウンターに置かれたものはツボである。


「どうです? このツボ」


「どうですと言われても。いたって普通のツボにしか見えませんけど。まあ、干し肉とか保存するのにはいいかもね」


「んっんっん。もちろーん、これは普通のツボじゃないわ。ていうかなんでこの流れで普通のツボをだすのよ。おかしいでしょ。キモはここです。この栓」


 ちょっと得意気に指をチッチッチと動かし、ツボの下部分にある栓をつんつんと押している。

 

「さあ、お立合いここにありますのは今朝、地下下水道でとってきましたいわゆる汚水」


「げっ。く、臭い」


 店員さんの手にはどろどろのドス紫というか黒いというか魔女が悪魔の鍋で煮込んだような液体がコポコポと異音を発している。

 そして笑う店員さん。


「そ、それをいったいどうするんですか?」


「こうするのです」


 店員さんはツボの中にそのドロドロの液体を入れた。


「うわっ……」


「そして、ここにグラスをおいて栓をとります」


 店員さんがツボの下部分にある栓を取る。すると、というか当たり前なんだけど、中にいれた液体がグラスにこぽこぽと注がれていく。

 僕は目を見張る。


「あれっ? あのドス黒い液体が、めちゃくちゃ透明だ! なんで!?」


「ふっふっふぅー。これはですね。なんとも珍しい浄化のツボというものです!」


「浄化のツボ?」


「そうです。このツボは液体であればなんでも浄化してしまうのです。ごらんの通りあの汚水でさえこの通りキラキラの透明。もちろん汚水だけじゃありませんよ? 毒の入った水でも、お酒でも、噂によれば呪いを受けた水でさえ清潔安全なお水に浄化するのです。あ、ちなみにおしっこも」


 店員さんがぽっと頬を染める。そして更に笑う。ん、なんで笑顔? いや目が笑っていない。なんだ? 不穏な空気を感じるぞ? 扉はそこだ。用事を思い出したということでそろそろ出るか?

 店員さんは僕の様子を察したのか、扉に近づき、鍵を取り出しガチャリとロックをかけた。


「ちょっと! なんで鍵閉めるんですか!?」


「まあまあ。もう少しごゆっくりしていってくださいな。ねえ? さあ、召し上がれ」


 召し上がれって何を!? 店員さんが笑顔がでグラスを近づけてくる。ちょっとまって笑顔が怖いよ。飲め? 飲めってこと? 冗談だろ?


「さあ、お試しあれ」


「ぎゃー! ……あれ? なんだろう飲める? いやそれどころか旨い!」


 店員さんが若干驚いた様子で「ほうほう」と頷く。こいつ、僕を実験台にしたな。ま、まあ結果無事ならことなかれ主義というからな。とりあえず無事でよかったよ僕。


「それにしても驚いた。本当にあの汚水なの?」


「ええ、私もまさかとは思いましたけどきちんと浄化されましたね。しかも美味しいときてる。一週間ほど前になんだか胡散臭い老人から買いたたきましたけど案外値打ちものなのかも」


(おい。さらりと言っちゃいけないことが漏れているぞ)


 でも確かにこのツボはすごい品である。


「いやこれはすごい品ですね」


「でしょう? どうです? おおまけにまけて5千ルノ! これ以上はまからないよ!」


「いや、まあすごいですけど。ぼくお金持っていないですし。それに都市にはすでに下水の浄化装置がありますし、まあ確かに汚水だけじゃなくて、毒や呪われた水も浄化するってすごいですけど。今のとこそんな毒水飲む予定ないですしね」


「なんだい金なしかい? お帰りはこちらです」


 店員さんはもはや金にならない客に対して営業スマイルで接客する気はないらしく、先ほどカギをかけ扉のロックをかちゃりとあける。


「そ、そうだ、猫とかに効く何か? ない?」


 自分でも質問の意図がよく分からなかったが、ダメ元で聞いてみた。

 店員さんはしばらく僕を冷めた目で見るとぞんざいに壁にかけられていた革袋を取り上げカウンターにポンっとおいた。

 僕は店員さんの変わり身の速さに戸惑いながらも尋ねた。


「これ、なんですか?」

 

 革袋を掴むとほのかに甘い香りがする。


「中に入っているのは『猫まっしぐら』っていういわゆる媚薬よ。猫だけに効くね」


「猫だけに効く媚薬? おお!」


 革袋の中身を見てみようとすると、店員さんがバシッと手を叩いてきた。


「何するのっ!」


「何って、中見てみようと」


「あけちゃだめよ。あけた瞬間、そこから媚薬が漏れてこの店、猫で埋めつくされちゃうわ。開けるなら、とにかく広い公園でやってちょうだい」


「これ、いくらですか?」


「うーん。これわりと貴重品なんだけど。二千ルノにまけてあげるわ」


「三百ルノしかなくて」


 ――バタンっ。と扉が閉ざされた。


「いやー、中々、いい店だった。……仕事に戻るか」


 気づけば昼下がりになっていた。すっかり腹も減っているし昼ご飯でも食って、それから改めてミーコちゃん探しを再開するかとお天道様を見上げる。

 クエストを受けると自然と普段とは違う場所を歩くことになる。知らない道を歩いていると知らない店を見つける。

 僕の悪い癖であるが、始めての店を見つけるとクエストそっちのけでついつい中へ入ってみたくなるのだ。

 そして扉をひらき入ってみる。すると見たことないものに出会うから面白い。

 そのとき、僕はそれに魅せられすべてを一時忘れる。世の中にはまだまだ僕の知らない『何か』があるということを知るのだ。

 そして僕はいつもの安酒場に立ち寄り、顔見知りの冒険者仲間にこんな店を見つけたんだ聞いてくれよ話をするのが日課になっていた。


「おう。迷いネコ探しはどうだ?」


 ちょうどハリスが一仕事終わったのか飲んでいた。他のテーブルにもまばらだが冒険者達が食事や、少し早い打ち上げをやっていた。隣はクエストの打合せだろうか何やら神妙に顔突き合わせた見慣れない二人組。


「それが、さっぱり」


 僕は肩を竦める。給仕のマルベルに一番安い料理を注文しハリスの隣に腰を下ろす。料理がくると、それをがっつき人心地つく。

 そして先ほど見つけた店の話をいつものようにハリスに話始めた。


「はぁ~。んな所に、そんな店がねえ。さすがは混沌街と呼ばれるだけあるわ」


「そうそう。それでそこで綺麗な歯車あったり。いや、あれは僕の予想だととんでもないレアアイテムだと思うんだけどさ。それに猫の媚薬ってのがあってさ、あれがあれば街中の猫を一か所に集められるかもしれないんだけど二千ルノなんか払ったら赤字だよ」


 などと一頻り、あの店のことで盛り上がりツボの話でハリスが苦笑いを浮かべていたところ、ガタリと隣の席から誰かが立ち上がる音が聞こえた。


「おい! そこのボウズ」


 隣は確か神妙な顔で何事か話していた二人組だったはずだ。

 声が大きかったかなと汗を垂らし見上げる。

 そこには身長二メートルはあるだろうか? 大柄の戦士が立っていた。身に着けている鎧は赤銅色で妙な光彩を放っている。

 何よりこの戦士のもつ威圧感はそんじょそこらの冒険者とは格が違うことが、僕の防衛本能か心臓止まりそうになっていることで悟る。


「あ、あ、ご、ごめ、ごめん、なさ、さな……」


「モルタン。あなたは見た目がサイクロプスなんだから人前にでるなといつも言っているでしょう?」


「人前に出るなって、じゃあ俺は人里におりれねーじゃねえか」


「まあ、そういうことになりますね」


「おい、このやろう」


 大柄の戦士を諭すようにもう一人の純白のローブを着た人物が立ち上がる。フードが取り払われると銀髪がさらりとこぼれ、その人物の人並外れた美貌が露になる。

 瞳は銀に染まり、耳が尖っている。


(エルフだ……)


「私の連れが失礼した。改めて詫びよう。それでな少年。先ほどのツボの話もっと詳しく教えていただけぬか?」


「……、つ、ツボ?」


 僕は二人組に今日訪れた店においてあったツボの話を詳しく話した。店の場所も教えると二人組は酒場を後にした。


「いや、ビビったぜ。ありゃ相当な手練れにちげーねぇ」


「だ、だね。エルフなんて僕始めて見たよ。それにしても怖かった。あの大柄な人、モルタンっていったけ」


「んー、モルタン? どっかで聞いた名だな」


 ハリスが首を捻る。今度はの謎の二人組の冒険者のことであーでもないこーでもないと盛り上がり始める。

 気づけばすっかり夜の帳が落ち、店のランタンに火が灯され、赤ら顔の冒険者たちが酒場を埋め尽くしていた。

 迷いネコ探しは明日でいいかと僕は給仕のマルベルに一番安いエールを更に水で薄めたエールもどきを注文した。

 そして、夜は更けていく。


 チッチッチと小鳥のさえずる声に目を覚ました。

 安宿の天井裏を格安で借りた自室に朝の新鮮な空気が板壁の隙間から流れ込んでくる。


「朝か……。あ~頭いてー。飲みすぎたかな。水を。……起きるか。今日こそミーコちゃん見つけないとな」


 階段を降りていくと、バッタリと宿の女将さんに出くわす。


「あら、おはようヨルクさん」


「お、おはよう、ございます。女将さん。タハハっ」


 女将さんは笑顔であるが、その目は笑っていない。たまたま出くわしたのかと思ったが、これは女将さん僕が降りてくるのを待っていたなと察した。

 その笑顔が、滞納している家賃いつ払ってくれるのかしら? と暗に伝えてくる。


「ヨルクさん。家賃――」


「ごめんなさーーーい必ず家賃は払いますからー!」


 と、逃げ出すように外にでた。

 逃げ切れたかな? と背後をちらりと振り向くと、女将さんの「来週までだからねー!」の声が聞こえてくる。


 すっかり日が昇り街に少しずつにぎわいが生まれていく。いつもと同じ坂を上がり、顔見知りと挨拶を交わす。荷馬車が石畳を通っていくのを脇によけ、露店で売っているリンゴを一つ朝ごはんに買っていく。財布の中にはハリスに貰った銅貨が三枚から二枚に。

 まあなんとかなるさとギルドの扉を開く。


「おはよーございまーす」


 ギルドに来たのは昨夜酒場で、顔見知りの冒険者たちにミーコちゃんの特徴を伝え、見かけたら教えてくれと頼んでいたからだ。何かしら手がかりがあれば掲示板に貼り付けておいてくれる手筈になっている。

 

「えーっと……、ミーコちゃんの情報は……、無し、か」


 ついでに他のクエストも見てみる。すでに別のクエストが張り出されている。


『村に現れたゴブリン退治』 『街道に出る山賊退治』


「あれ? 『呪いの村』も『古城の鳥王』を無くなってる。誰か受けたのか? あんなの最上級ランクの冒険者しか無理だろ。例えば昨日出会ったあの二人組とか……、まさかね」


「ヨルクさん!」


「ん? ああ、アリシャさんおはよう。昨日言ってたさ迷いネコのミーコちゃんなんだけどさ、何か情報来てない? 今回のクエストで報酬貰えないと安宿の天井裏さえ追い出されちゃうよ。家賃滞納しすぎてそろそろ女将さんの目が怖いんだよね。タハハっ」


「タハハって、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」


 アリシャさんは何にイラついているのか激昂してくる。なんだろ? 以前のギルドクエストで薬草採集請け負ったとき、別の雑草でかさまししたのバレたかな? だとしたらまずいな。どうしよう。


「これ、今朝早くにあなたに渡しておいてちょうだいって、「おかげで助かったわ」って置いてったの」


 アリシャさんはテーブルに革袋を置く。


「??。僕に? 誰が?」


 僕はテーブルに置かれた革袋を手に取る。すごく軽い。ちょっとお金を期待したけどそうじゃないみたいだ。なんだろ? と中身を覗く。

 中には綿のような物が入っている。ついでにほのかに香る甘い匂い。


「スンスン……。あっ、これもしかして」


「どういうことですか! なぜヨルクさんが勇者様のご一行の方からっ」


「……!? え? 勇者様!? どういうこと」


 アリシャさんによれば今朝、赤銅色の鎧の男と純白のローブをきたエルフが訪れ、この革袋をカミュ・ロシニョルの名ととも僕に渡してくれと頼まれたというのだ。


「カミュ・ロシニョルって勇者の名前じゃないか!? 僕でも知っているよ。……え? 勇者様がなんで、僕に? あっ、赤銅色の鎧をきた大柄の人と、純白のローブのエルフ。昨日酒場で会った二人組、あっ! モルタンって、もしかしてモルタン・ノア! じゃあ隣のエルフはヴィーネ・フォログロア……。勇者のパーティじゃないか! ど、どうしよう、アリシャさん僕二人に会っちゃったよ」


 僕は勇者のパーティと会話を交わした事実に興奮してきた。ま、まじかよ。もっと早く気づいていれば、サインとか貰えたかもしれなかったのに!

 僕は興奮とともに千載一遇のチャンスをふいにしてしまっていたことにくやしさに悶えた。


「もしかして、これってあの店のことを教えたお礼?」


 ちなみに革袋の中身は、たぶんだけど『猫まっしぐら』である。きっとモルタンさんたちは僕の話を覚えていて店に立ち寄ったついでに買ってくれたに違いない。

 アリシャさんは勇者パーティの訪れに僕以上に興奮しているようで今も僕と勇者の関係はいったい何なんだと騒ぎ立てている。


「あ。そういや店員さん開けると時は広い公園とかでって言ってたっけ?」


 ふわふわの感触が気持ちよくて更に綿毛をぐりぐりと擦り合わせてしまい、中の種子が割れたのか甘い香りがギルド内に充満していく。

 猫はこの匂いに釣られ集まってくるのだそうだ。


 ――街中の猫が。


「にゃあ~」「ニャー」「にゃあああ」「ニャぁぁぁぁぁ」「ァァァァァァァァ」


「……」


「え? 何々? あれ猫ちゃんじゃない今日は余りものないのよ」


 ああ、まずい入口から猫が顔を覗かせている。それにしてもモルタンさん達も人が悪い。お礼だったら金貨の一枚でもくれればいいのにと愚痴る。ただこれはモルタンさん達なりのエールなのだろうと察していた。わざわざこんな回りくどいお礼をしたのはきっと冒険者であればクエストを受け、その報酬によって成り上がれと。暗に言っているのだ。

 そんなことを考えていると目の前は猫で埋め尽くされていた。

 よし、やってやるぞ。僕だって一人の冒険者だ。


「さあ来い! ミーコちゃんを見つけるぞ!」


「え!? 何々何? 猫ちゃん達? 今日はご飯ないのよ? そんないきり立ってどうしたの?」


 ギルド内でたむろしていた冒険者はことを察しいつの間にか避難している。猫の鳴き声に狂喜が混じり、弱小冒険者は腕まくりをする。

 襲い来る猫たちに飛び掛かられアリシャの悲鳴と僕の叫びがギルドをにぎわした。


「ミーコちゃん見つけたー!」


 

 その後、風の噂で『呪われた村』は無事に救われたと耳に入ってきた。なんでも呪いの原因は村の生活用水として張り巡らせた川に呪いが含まれていたとのことだった。上流には湖がありそこから村に流れていた。その湖の底に何者かの仕業により、飲んだ者が病に伏せる呪いがかけられていたそうだ。

 そしてある冒険者が『浄化のツボ』というものを湖の底に安置するととたんに呪いは消え去り、村人たちを蝕む病も綺麗に消え去ったという。

 それどころかその水の品質がとてもいいと評判になり、村は経済的な潤いも取り戻していったということだった。


 混沌街の冒険者ギルドに所属する弱小冒険者。そんな彼の寄り道が一つの村を救うカギとなったことは、世界を救う英雄達しか知らない。


 ちなみに弱小冒険者のヨルクは傷だらけになりながらも『迷いネコ』のクエストを成功させ、無事、滞納していた家賃の支払いを済ませることに成功した。

 そして、今日もクエストを請け負い混沌街をぶらつく。

 目の前には赤いレンガ壁に紫の扉。弱小冒険者は金色のノブを回し扉を開く。その店に、まだ見ぬ『アイテム』があることを期待して。

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