第2話 なんで私なの?

春香! な、なんで?


思わず彼女の姿を目にして、持っていた本を落としそうに……バサ。……落とした。

「あ、やっぱりいた」

春香はにっこりとした笑みを浮かべて言う。


「あのさぁ、優奈」

「は、はい!!」

思わず立ち上がってしまった。


どうしよう、心臓バクバク言っているよ。


ああ、その笑顔、わ、私に向けないで。今朝のあの言葉がまた耳の奥からわき上がる「好きだよ」って。

「どうしたのさ、そんなに緊張しちゃって」

「緊張してないよ……してないよ」

挙動不審だ! 絶対変だと思われてる。


春香はちょっと真面目な顔をして「優奈、まだだろ」と言った。

き、来た! 返事を求められている。


「えっと……そのね。」

「うん、何だい? もしかしてまだ分からないの?」

「―――――わ、わからない訳じゃないんだけど。でも、私だけなの?」

「そうなんだよ、優奈だけなんだよ。だからさ、早くして」


早くしてって言われたって、どうすればいいの?

そりゃ、私、春香の事嫌いじゃないし。――――どちらかと言えば……す、好きかな。

理解と言うかさ、憧れはあるんだよ。女子同士の恋愛って。

妄想しているときだって、春香とそうなれればいいなって想うこと、どこかで望んだ世界を創っているんだもん。


でも、本当に私でいいの?


「なぁ、優奈。そりゃさ、将来に関わることだからさ、慎重になるのはわかるんだけど。でもさ、そんなに深刻になるほどのことじゃないんじゃない。今の優奈の素直な気持ちが大切だと思うんだよ」


「す、素直な気持ち?」

「そう素直な気持ち」


そうだよね。素直な気持ちが必要なんだよね。

うん、私春香のこと嫌いじゃない。ううん、本当はもっと春香と仲良くなりたい。

でも本当にこんな私でいいんだろうか?


「だからさ、早く!」

んっもう、そんなにせかさないでよ。ものすごく勇気いるんだからね。


春香がスッと私の前に近づいてきた。

春香の瞳が私を映し出している。

ゆっくりと、その瞳が顔のすぐ前にある。

「もしかして優奈まだだった?」

そっとその声が耳に届いたとき、私の心臓は激しく脈打。

ふんわりと柑橘系の香りが漂う。春香の香り。

いい香り。


まだだったていうのは何のことを言っているんだろう。

まだ……。そう、私は現実の恋に落ちたことはない。妄想の中だけ、妄想恋にはいつも落ちてはいるんだけど。

本当の恋というものを私はまだ知らない。


自分勝手な恋。自分の好きなように奏でられる妄想と言う中での恋しか経験がないのだ。

だ、だからって、知識がないというか。幼いという訳ではないぞぉ!


ちゃんと知っているんだから、――――――赤ちゃんの作り方くらいは。


でも女同士だと、どうやってつくるんだろう。どうやったら出来るんだろう……そこまでの知識はもっていない。

雄蕊おしべ雌蕊めしべ

めす同士だと、どうやればいいんだ!


「―――――ふぅ、わからない? まだわからないのか優奈。それじゃどっちかに決めようか。それくらいなら出来るだろ。なぁ優奈」

「どっちかって?」

それってイエスかノーかていうこと?

だからそんなにせかさないでよ。


私の中ではイエスでもいいんだよ。でもね、その言葉が出てこないんだよ。春香の前だと声に出したくても声に出ないんだよ。


「でもさぁ、優奈の場合誰がどう見たってもう決まっているようなもんじゃないのか?」

「えっ、そ、そうなの? そんなに私って表に出しているの。出していたの?」

「出していたのってさぁ、みんな多分同じ答え帰ってくると思うんだけど」


マジ! そこまで私は春香の事好きだって表に出まくっていたの? だから春香の方から言ってくれたんだ。

てことはもう両想いなんだよ。……あははは、いや、今朝「好きだよ」って告られたこと自体もう両想いなんだよね。しかもみんなの公認ていうことなんだよ。


あうううううう……。でも私から春香に「好き」ていう言葉がどうしても出せない。もう少し私に 勇気があればすっと言えるんだろうけど。

でも、もう逃げることなんかできない。


言うしかない。

私の想いを―――――春香に。

―――――よ、よし!!


「は、春香」


じっと春香の瞳を見つめ私は意を決して彼女の想いに答える。


「うん、ようやく出してくれるんだ。よかったよ、『進路希望』」


へぇっ!


何? いま、春香なんて言ったの? 進路希望って……。

「いやぁ優奈だけだったんだよ。まだ出していなかったの。担任に早く渡さないといけなくてさぁ。ささ、早く出してよ優奈」


「あ、え、え、え、……進路希望ね」

「そう進路希望」

春香はニまぁーとした顔つきで言う。


なんだ。なんだったんだろう。

一気に地の底に落とされたような感じだ。


意識はぶっ飛んでいたんだろう。それでも体は動いていたみたいだ。カバンから、一枚のプリント用紙を取り出し春香に手渡した。

それを見て春香は「ほぉら、やっぱり優香は進学、文系志望じゃない。当たってた」と、にっこりとした顔で私を見つめていた。


あっそ……。


「何よいきなり白けた顔しちゃって。どうかした?」


どうかしたって、こんなに私を悩ませた張本人が言うのか!!


プンプン!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る