第二章 月齢25.5

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「おや?これは……」

 そのスープを一口すすり、最初にオーガストが気付いた。

「……これ、朝と同じ材料?」

 スティーブが、ユキに聞く。

「チョイ足ししてます。ジュモーに、手伝ってもらって」

 三つ目の器をチャックに渡しながら、ユキは答え、視線をユモに向ける。

「あたしが摘んだ野草を入れたのよ。美味しくなってるでしょ?」

 堅パンをボウイナイフで切りながら、ユモが得意げに言う。

「まあ、あとは肉を煮る前に焼き目付けたり、アクを取ったり、それくらいですけどね」

 自分達用の器にスープをよそいながら、ユキは付け足す。

「野草か……よくこの時期に見つけたものだ、ガーリックか何かか?」

 一口啜ったチャックが、ユモとユキを見ながら、聞く。

「野ニラの仲間、かな?地上部分は冬は枯れてるけど、根っこの所をジュモーが見つけてくれて」

「食べられるなんて、あたしも知らなかったけど。あたしの家の近くでも似たの見たことあるから」

 野ビル、野ニラの類いはアジアでは食用としてポピュラーだが、欧米の近隣種はあまり利用されていない。主に食用とするのは葉で、しかし葉が枯れる冬期に見つけるのも至難の業だが、そこはユモが精霊を使役して探し出し、栄養を貯め込んだ根球と、あまり食用に利用されない根の部分をユキが刻んで煮込んでいた。旬を外し、本来食用になじみのない部分であっても、あると無いとでは風味が違う。

「いや、二人とも大したもんだ。これは、お二人をちゃんと大人レディとして扱わないといけないね」

 スティーブが、笑顔で言った。


「それで、調査は上手く行ったんですか?」

 場が和んだのを感じたユキが、誰にとはなく話の水を向ける。

「……ああ、多分、あそこが目的地で間違いないと思う。明日から、早起きして本格調査しないと」

 左右の男達の顔を伺ってから、スティーブが答える。

「もう少し近くにテント張れれば楽だったな。まあ、正確な場所が分からなかったから、コレでも近かった方だと思うけど」

「聞いても良いですか?一体、何を調べてるんですか?」

 重ねて聞くユキに、一瞬、スープをすくうスプーンが停まったスティーブが、答える。

「……そうだな、君たちに関係があるのかも知れない。話しておくべきだろう」

 左右の男達の了解を目で受けたスティーブは、話し出す。

「僕たちは、ある怪奇現象の原因を調査している」


「朝、モーリー大尉が話したとおり、この付近で『ウェンディゴ症候群』と思われる患者、あるいは犯罪者が増えている。増えていると言っても、月に一人二人の話なんだが、元々は数年に一人出るか出ないかの症状だったらしいから、こりゃ大変だって事になって、早まったカウンティの誰かが陸軍アーミーに治安要請をした、というのが事の発端らしい。結局、陸軍が出るほどの事ではないという事になったんだが、放っても置けないから、カウンティは僕みたいな日雇いの何でも屋に調査を命令したんだ。たまたま、陸軍も小規模ながら調査隊を派遣することに決めていて、モーリー大尉がその先遣隊としていらした、ここまでは良いかな?」

 スープを飲む手を休めて聞いていたユモとユキは、頷いて話の先を促す。

「ああ、食べながらで良いよ……調査と言っても、このベイフィールド郡の大半はまだ人手が入っていない森林地帯、そこを手がかりなしで探したら、はかが行かなくて大変だろうけど、実は手がかりはあったんだ。比較的症状の軽い逮捕者が、森の中で『不思議な光』や『調子っ外れの笛の音』を聞いたって言っていて、それがこの周辺なんだ。それで、チャックに頼んでこのあたりのネイティブの伝承を尋ねてもらったら、イタクァの話が出てきてね。ずっと昔、今はもう残っていない部族が、そんな名前の神様を崇めていたらしい、その祭壇の洞窟がここら辺にあるらしい、って所までは下調べがついていたのさ」

 話を一区切りして、スープを掻き込んだスティーブが続ける。

「それで、あてずっぽうでここにテント張って、さてこれからどこを探そう、って思ってた所に君たちが現れた、という事なんだが、実は、朝、君たちに言わなかった事がある」

 話ながらスープに浸した堅パンを口に放り込んで、飲み込み、スティーブは話を続ける。

「僕たちも、夕べ、その『音楽』とやらを聞いてるんだ」


 スティーブは言葉を切り、一旦食事に集中する。焚き火の、薪の爆ぜる音が響く。

「あれは、確かに笛の音だ。ただ、音楽とはとても呼べない」

 スプーンを休めたチャックが、ぼそりと言う。

「フルートの音に似ていると思いました。誰か、音楽の素養のないものが、見よう見まねでフルートを吹いたら、あんな感じかも知れません。ただ、何しろ遠くから微かに聞こえるだけだったので、昨夜の時点ではそれ以上のことは分かりませんでした」

 オーガストが、話を装飾する。

「ですが、今日、それらしき洞窟は発見しました。1日目で発見出来たことを神に感謝します」

「間違い、ないの?」

 話を聞いて少し怯えているのか、硬い声と表情で、ユモが聞いた。

「それは、これからの調査次第です。ですが、意味不明な、しかしかなり古い落書きのようなものや、そしてこれが決め手になったのですが」

 小食なのだろう、スープ一杯で食事を終えたオーガストが、パイプを取り出しながら、言う。

「誰かが、あるいは何かが洞窟かその周囲に住んでいる、その痕跡がありました」


「……痕跡?」

 さらに表情を硬くするユモに替わり、ユキが聞く。

「何者かが、獲物を喰った、その痕跡だ。洞窟の入り口のすぐ奥にあった」

「……動物、熊とか、そういう肉食獣ではなく?」

「獣は、ナイフを使わない」

 重ねて聞いたユキに、チャックが短く答えた。

「ナイフとは限らないけど、鋭利な刃物を使った痕跡が、食べ残しの骨に残っていたんだ」

 お替わりをよそいながら、スティーブが付け足す。

「じゃあ、人間……」

 即座に、ユモが希望的観測を述べようとするが、

「人間なら、火を使う」

 チャックが、それを無碍むげに否定する。

「火を点けるものを持ってなかったんじゃ……」

 それでもユモは食い下がるが、

「残念だけど、ここらをうろつくような僕たちなら、誰でも、道具なしで火くらいおこせる。都会育ちの誰か、って事も考えたけど、だとしたら、獲物捕まえて生肉囓る前に、自分が獲物になっているよ、多分」

 それくらいのことが出来なければ、荒野では生きていけない。そして、荒野で生きることを知るものなら、生肉を食う危険性も承知のはず。言外に、スティーブがそう口を挟んだことを、ユモは理解した。切羽詰まっての一回こっきりではなく、何度も何度も習慣的に、生のまま肉を喰らった、その痕跡があったのだ、と。

「ウェンディゴ憑きは、獲物の生き血を好んで啜る、とも聞きます。つまりは、そういう事なのだろう、と言うのが、我々の合意した見解です」

 紫煙を吹き出しながら、オーガストが付け加えた。

 すっかり暗くなった周囲の雪原はしんしんと冷え込みを増し、唯一、焚き火を囲む五人の周囲だけが、人の居る温もりを維持し、そして焚き火は、その温もりに縋る弱き者達を、その暖気で温かく包み込んでいた。

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