第31話 未来へ
お泊り会の会場セッティングが終わると、調理班が作った夕飯が持ち込まれてきた。今日だけはと、みんなで円を描いて床にあぐらをかいて座り込む。回ってきたシチューを食べると暖かくてとても幸せな気持ちになれた。
「私たち、どこに向かうんだろう」
楽団が中央で演奏を始める中、ぽつりとつぶやくと、隣に居たツクロイがその独り言を拾ってくれた。お茶のカップを両手で包み込むようにしてこちらを向く。
「どこってそりゃ、ポーラスターでしょ?」
「ううんそうじゃなくて、なんていったら良いんだろう……これからどうなるのかなぁって」
それに答えたのはツクロイのさらに向こうにいたナツハだった。身を乗り出してこちらを軽く指さしてくる。
「あ、わかるわかる。将来に対する漠然とした不安っつーの? なんかさー、そういうのって結局学校に通ってた頃とおんなじだよな。こんな世界になったっつぅのに」
「ん-、わからなくもない、けど。なるようにしかならないでしょ?」
「まっ、そうだよな」
ツクロイの言葉を聞いてパッと立ち上がったナツハは、晴れやかに笑いながら己の胸をドンと叩いた。
「オレさ、これから向かうポーラスターがどんなとこかは分かんないけど、どんな場所だったとしてもみんなを満足させる料理を作るからな! 腹いっぱいに満たせばなんとかなるもんだ」
単純バカ、と小さく罵るツクロイだったが、微笑みながらの言い方にはどこか愛情がこもっているように聞こえた。
「そんでさ、いつかオレらも大人になって子供ができるかもしんないじゃい? で、家を作って、街を作って、そしたら過去にあった世界を再現できたらいいなぁって思うわけよ」
ニカッと笑った彼に、いつの間にか多くの者が注目していた。
「忘れないで語り継いでいくことが大事だと思うからさ!」
ピーピーと囃し立てる周囲に、ナツハは「どもども」と手を上げて返事をする。いい演説だったなぁと笑っていたヤコは、隣にいたツクロイが心底幸せそうに頬を染めて彼を見つめていることに気づいた。きっと彼女も幸せな未来を信じているに違いない。
やがて就寝時間となり、見張り番を残して皆が眠りに着く。
最初は興奮でさざめき合っていた暗闇だったが、次第にボリュームを絞る様に声は少なく静かになっていった。ヤコも機体が風を切る風切り音を聞きながら横になる。明日はいよいよポーラスターに着くのかと思うとドキドキするが、何が待ち構えていようとも、この仲間たちが居れば大丈夫。そう思いながら目をつむった。
夢は見なかった。次に目を開けると、夜明けはまだ世界の裏側だった。とはいえ地平線の彼方はうっすらと明るくなり始めていて、辺りで寝ている誰かの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。静かな寝息と寝言が時おり聞こえてくる平和な光景だ。
目をこすりながら立ち上がったヤコは、寝ぼけまなこのまま何となく指令室へ向かった。そっとドアを開けて入ると先客が窓枠に手を着いて進行方向を見ていた。長い黒髪を流したリーダーは振り向かずにつぶやく。
「夜明けだ」
夜の彼方から今日がやってくる。船は西に向かっているらしく、斜め右後ろの方から空が少しずつ明るくなっていく。
その昇り始めた朝日が遥か彼方に照らしているのは、砂漠の中に残る朽ちた工場地帯だった。大きな鉄塔や階段が複雑に入り組み、赤白に塗り分けられた煙突がここからでも微かに見えた。ヤコは彼女の横に立ちながらそれを眺める。
「あれが、ポーラスターですか?」
「わからない。だが船はまっすぐをあそこを目指しているようだ」
意外な目的地の姿に驚く。最終目的地と言うからには、もっと荘厳な神殿や美しい場所を想像していたのだが……。二人でじっとその光景に見入っていると、だいぶ辺りも明るくなってきた。朝日を浴びながらレイはぽつりとこんな事を打ち明ける。
「実をいうと、私もあそこへ行くのに賛成票を入れた」
「え?」
「よい事が待ち受けてるにしても、あるいは取返しが付かない事態になろうとも、この船旅が一区切りつくことを期待したんだ」
そっと伺うと、遠くを見つめるレイの横顔には疲労が色濃くにじみ出ていた。
「リーダー失格かな。私も、少し疲れたのかもしれない」
「……」
軽く笑いながら言う彼女に何も言えなくなる。責める気持ちは微塵も湧かなかった。レイだって超人ではない普通の女の子なのだ。ただそれを隠して勇敢に振る舞う事ができるだけの。
誰一人死なせないと決めた決意は、ヤコには計り知れないくらいの重責だったろう。それでも彼女はここまでやり通して来たのだ。
「私は、正しくやれただろうか」
「っ、もちろんです」
ぽそりと独り言のように呟いた声に、ヤコはすぐさま反応する。身を乗り出しながら早口で言った。
「みんな感謝してます。レイさんが居てくれなかったら私たちもっと大変なことになってました。あの……っ、レイさんは私の憧れです!」
この船に乗った頃は自分の意見一つも言えなかったヤコが、こうして想いを伝えられるまでに成長している。それを見て少し驚いたような顔をしていたレイだったが、破顔すると頬を染めた。
「嬉しい」
それに微笑み返そうとした、その時だった。
「きゃあ!?」
「何だ!」
何の前触れもなく後方からすさまじい爆発音が起こる。一拍置いて船全体が何かにぶつかったかのような衝撃がヤコたちを襲った。悲鳴を上げながら踏ん張ろうとした少女は、足場が90度傾いている事に気づいて空中で目を見張る。受け身も取れずに背中から壁に叩きつけられ、肺の中の空気が全て押し出された。
「うっ、ぐ!」
「ヤコっ!」
止まった息を吹き返し盛大にむせる。レイに引き寄せられた次の瞬間、再びすさまじい轟音と衝撃が襲いかかった。
「……う……」
永遠にも思えた災厄がようやく収まる。体をおそるおそる起こしたヤコの周囲は悲惨な事になっていた。会議室全体が微妙に傾いていて、皆で座っていた椅子は全て吹き飛び、割れた窓の外は土煙がもうもうと巻き上がり暗くなっている。ぬるりと額を伝う生暖かい液体に驚いて拭うと、指先には血が付着していた。
「れ、レイさん、どこですか、無事ですか」
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