第15話 過呼吸

 何とか仲良くなりたい。そう心に決めたヤコだったが、これがなかなか難しかった。タイミングを伺ってはいるのだが、ミミカはヤコを避けて行動してばかりだ。たまに訓練などで顔を合わせても、まるでそこに居ないかのように無視される。挨拶をしてもガン無視だ。

(つ、ツラい)

 なぜここまで嫌われているのだろう? 確かに失言はしてしまったが、それにしてもつれない態度だ。人見知りなりに頑張っていたヤコだったが、そろそろ心が折れそうになっていた。

「あぁ、あのっ、ミミカさん、アシストありがとうございましたっ」

「……」

「ミミカさんの一撃って重いから、すっごいコアが光るんですよ、それでほんと見つけやすくて」

「……」

 今日もまた、出現した小型の敵を撃破した後に話しかけてみるのだが、うっとおしそうに金髪をかき上げた彼女は手にしていた重火器を近くの者に預けてさっさと行ってしまった。残されたヤコはしょぼんと立ち尽くす。その横にムジカが着地した。

「マジで塩対応だなアイツ。新入り嫌われすぎじゃね?」

「うぅ、ムジカさん」

 初対面では彼の方が怖かったのだが、ミミカのあまりにつっけんどんな様子に憐れに思われたらしい。意外と面倒見が良い兄貴分の彼は、肩をポンと叩いてきた。

「まぁ、無理して仲良くなることもないだろ、オレもあのおしゃべりクソ眼鏡は苦手だしな」

 誰にだって相性の合わない奴は居るもんだと諭され、そういう物なのかと考え込む。視界に入るだけで癪に障るとかそういう話だろうか? 自分がそうなのだとしたらとても悲しい。

「……あの、ミミカさんの弟さんの事って、聞いてもいいですか?」

 あの会議後も何となく聞くのが躊躇われていた件を尋ねてみる。その問いに、ムジカはあぁ、と小さく呟いて空を見上げた。

「シノが喰われたのはほんとに最初期だよ。ミミカを庇ってやられたんだ」

 告げられた事実に、ズキンと胸の奥が痛む。同時になぜか視界がぼんやりして、意識の焦点が記憶の彼方へと飛ぶ。……自分はこの痛みを知っている。

「素直ないい奴だったよ。そんなに話したわけじゃねぇけど、ガードになれた事を誰よりも喜んでた」

 続くムジカの言葉で、ようやく意識が戻ってくる。しばらくミミカとその弟の事を考えていたヤコは、ぽつりと正直な気持ちをつぶやいた。

「私、やっぱりミミカさんとちゃんと話してみたいです」

 抑え気味な、だけどしっかりと響く声にムジカはそちらを見下ろす。ヤコは胸を押さえながら、まっすぐにミミカの消えた扉を見ていた。苦笑を浮かべたムジカは、ひとつ頭を掻くとベルトに付けたポーチから何かを取り出した。

「ったく、しょーがねーなぁ。ほら」

「え? わっ!?」

 放られたそれをギリギリのところでキャッチする。手のひらで握りこむには少し大きいそれは、ハンドガンだった。想像していたより軽いせいか、おもちゃのようにも感じる。

「それな、武器開発班からの試作品。試してくれって言われたけど新入りの方が役回りはあってるだろ」

「役回り?」

 ヤコは見よう見まねで両手を添えてみる。その銃口の先に指を添わせたムジカは説明をした。

「コイツが打ち出すのは、マーカーとか呼ばれる信号弾だって話だ。着弾すると色付きの煙幕が噴き出て目印になる。お前がコアの目測に打ち込みゃ、別の誰かでも破壊ができるかもしれない」

 なるほど、それは確かに便利そうだ。自分の機動力はまだまだ未熟で、目標にたどり着くまでに時間が掛かることも多い。

「撃ち方はミミカに教えて貰え」

「!」

 ここでようやく、ムジカの意図するところに気づいたヤコはパッと顔を上げる。ガラの悪そうな彼は、腕を組んでふふんと笑っていた。

「ま、せいぜいガンバレ」

「ムジカさん、ありがとうございますっ」

 やはりガードは彼のようないい人ばかりなのだ。そう考えたヤコは一つ頭を下げるとミミカの後を追った。きっと彼女もそうなのだと信じながら。


 ***


 ところが勇んで駆け出したまではよかったが、ミミカがどこに行ったかなど検討がつかない。

(どこに行っちゃったんだろう)

 戦闘で汚れたしシャワーを浴びに自室に戻ったのだろうか? 誰かに彼女の部屋はどこか聞いてみようかと思ったその時、どこからか声が聞こえた。


 ――……んでっ……どうして……!!


 折り返し階段の影になっているところからのようだ。ダンボールが雑多に積まれた奥から震える声が聞こえてくる。

「止まれ……消えろ……!」

 こちらに背を向け、まるでかくれんぼのようにうずくまっていたのは派手な金髪の少女だった。物資の少ないこの船でわざわざ髪をそんな風に染めている人なんて一人しかいない。

「ミミカさん?」

 そっと呼びかけるのだが、彼女はこちらの声が聞こえていないのかブツブツと呟き続けている。もう少し近寄って覗き込むと、瞳孔がおかしな具合に開き、喉を押さえているのが分かった。

「っ……はっ……あぅ……ぅ、あ!」

「ミミカさん!」

 呼吸がおかしい。バタンと横倒しになった彼女の元に駆け寄ったヤコは、その身体を抱き起こしながらしっかりとした声で話しかけた。

「落ち着いて下さい、焦らなくていいです。まず息を吐けますか? ゆーっくりでいいですからね。はい、私に合わせて。ふーっ、ふーっ」

 恐怖に引きつった顔をしていたミミカだったが、ヤコの呼吸に合わせて限界まで吸い込んでいた息をようやく吐きだしていく。少しずつ呼吸のペースを取り戻した彼女は、涙目を上げてようやく助けてくれた人物に気づいたようだ。気まずそうに腕を押しやって小さく言う。

「……離して、もう平気」

「よかった、過呼吸って苦しいですよね」

 一瞬、怪訝な顔をしたミミカだったが、いつものようにぷいっとそっぽを向くと立ち上がった。

「あの砂人形と対峙するといつもこうなの。気にしないで良いから」

 そのまま立ち去ろうとした彼女に向かって、ヤコはためらいがちに手を伸ばす。それを引っ込めてしばし悩んでいたが、おそるおそる静かに問いかけた。

「……それ、は、弟さんのこと、思い出してしまうからですか?」

 ピタリと足を止めたミミカから、一拍おいて赤いオーラがぶわりと立ち上がる。それに怯みながらも、ヤコは必死に謝ろうとした。

「ご、ごめんなさい、私ずっと謝りたくて。知らなかったとは言え、みんなの前で思い出させるようなこと言ってしまって……」

 振り返ったミミカは、元からキツい目元をさらに吊り上げながら涙を滲ませていた。能力を身にまとったままの両手で思い切りヤコを突き飛ばす。

「憐れむなっていったでしょ!!」

「っ!!」

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