第13話 決意
「か、ハッ」
小さな体では受け止めきれなかった衝撃が彼女の口から赤く吐き出される。ズルズルと落ちてきた体にとどめを刺すため、敵は追撃を繰り出した。
「しまっ……」
間に合わない。大多数が次に起こりうる悲劇から目を背ける。場の空気が絶望に満たされたその時、ナナとの間に飛び込む影があった。
ドゴォ!と凄まじい音が響く。濛々とした土煙が晴れた時、そこには信じられない光景があった。
「ぅうああああ!!!」
まだ見慣れない新入りの少女が、敵の巨大な拳を全身で受け止めていた。その事に気が付いたクルーたちはあっけに取られその光景に見入る。衝撃が来ないことに気づいたナナはうっすらと目を開けた。
「ヤコちゃ……?」
「わあああああ!!!!」
ヤコは泣いていた。恐怖でガクガクと震えそうになる足を叫ぶことで何とか保っている。やぶれかぶれな叫びにナナは信じられないような顔で問いかけた。
「どうして……」
「わ、わたし、戦う!」
震えるヤコの声から迷いは消えていなかった。それでも己の内に燃え上がった感情は間違いようがないほど本心だった。
「この世界でっ、優しくしてくれたみんなを、居場所をっ、守りたい! ぜんぜん役に立たないかもしれないけど、でもっ、ちょっとでもみんなの助けになれるならっ」
グググと押し込まれるのを踏ん張っていたヤコの全身から、赤いオーラがぶわりと立ち上る。
「それがガードだと思うからぁッ!!」
「よく言った!」
レイの刀が煌めき、敵の手首をザンッと切り裂いた。砂が舞い散る中、刀を振り払ったリーダーはこちらに背を向けたまま高らかに言う。
「君のその選択は誰かを救う! 誇れ、君は立派なガードだ!」
不思議と、その声を聴いているだけで勇気が湧き上がってきた。目のふちに残っていた涙を一払いしたヤコはすっくと立ちあがる。もうその足は震えていなかった。レイが油断なく構えながら問いかけてくる。
「コアの位置を割り出せるか? 回復速度の差異から観測はしているのだが大まかな位置しか絞り込めていない」
「やってみます!」
深呼吸を一つして、巨大な砂の化け物を正面から見据える。他のメンバーは状況を察して戦いを続けていた。左側部にぼんやりとした青い光が集まっているようにも見える。
と、その時。金髪をなびかせた女性のガードが、手にした銃器で敵の腹部を打ち抜いた。一瞬だけ向こう側が見えるのだが立ちどころに塞がってしまう。しかし、ヤコにはそのタイミングで肩の辺りで青い光が強まったように見えた。
「あ……見えそう、攻撃を続けて下さいっ」
「わかった、コアは頼んだ!」
レイも加勢しガードたちは総攻撃に移る。確かめに行こうと構えた時、背後から声を掛けられた。
「ゲホッ……ナナも行く!」
振り向けば、口の端に赤い物をつけたナナがよろめきながら立ち上がったところだった。左手を腹部にあて内臓のダメージを回復しているようだ。
押し問答する時間も惜しかった。一つ頷いたヤコは手を差し伸べた。それを力強く握り返したナナと共に、デッキのふちに立つ。
「行こうっ」
ヤコは手を引かれ外周リングから飛び出した。ナナは着地点を正確に見定めてトンッと蹴る。動きの軽い彼女についていくので精いっぱいだったが、それでも自分の動きとは思えないほど身体が軽い。ナナに導かれるままどんどん上部を目指して駆けあがっていく。
仲間たちが戦う脇をすり抜けて腕を駆け上がり、ヤコは勢い余って肩から飛び出した。空中でくるりと反転し、背中側に視線を走らせる。
「見つけた! あそこ!」
砂人形の右肩――よりは少し背面寄りの一部が青いうずめ火のようにぼんやりと光っている。ナナが投げたロープをパシッと捕らえたヤコは、そのすぐ間際までぶら下がることに成功する。
「ヤコちゃん、ナイフ!」
上で支えてくれているナナが、腰のベルトごとナイフを外して投げてくれる。それをパシッと受け取ったヤコは鞘から引き抜いた。ギラついた凶器の光に少しだけ臆する。だが、キュッと歯を食いしばると逆手に構えた。
「うわっ!」
だがその時、急に激しく揺さぶられる。敵がコアを狙われている事に気づいたらしい。激しく暴れ出した砂人形は肩に手をやろうとする。伸ばされた手が振り下ろされる前に、ハジメが飛び込んできて切断してくれた。
「早くしろ! もう持たないっ」
「そう、言われても……っ!!」
振り子のように大きく揺さぶられたヤコはナイフを取り落としそうになる。見かねたナナが精いっぱいの声を張り上げて指示を出した。
「思いっきり尖ってるイメージをナイフの先から伸ばして!!」
「!」
言われた通り意識を集中させると、ナイフの先端から赤いオーラが飛び出した。ぶっつけ本番だがやるしかない! ロープを左手首にしっかり巻き付けたヤコは、乾いた砂の背中をコアめがけて走り出した。
「わあああああ!!!」
ロープが届かない。覚悟を決めたヤコは命綱から手を離して大きくジャンプした。そのままの勢いで、一番光が強くなっている箇所目掛けて力の限りナイフをドスッと突き込む。一瞬動きを止めた敵は、次の瞬間すさまじい咆哮を上げた。頭が割れてしまいそうな音に歯を食いしばりながら、さらに深く、深く刺さる様にと念じる。
大きく揺さぶられ、もう振り落とされると覚悟していたのだが、やがて敵の動きは徐々に鈍くなっていった。やがて完全に動かなくなった砂人形は、サラサラと崩れていく。
「倒し……た?」
足場が溶けていくように崩れ視点が下りていく。見上げればデッキから身を乗り出したクルーたちが大歓声を上げていた。信じられない思いでそれを見上げていたヤコの傍らにナナが下りてくる。
「やったあああ!! ヤコちゃんすごいすごいすごいっ!! 大勝利だよぉ~!!」
「わっ」
飛びつかれるのを受け止めると、他のガードたちも次々に降りてきた。
彼らに導かれるままデッキへ戻ると、熱気の中に迎え入れられる。鮮烈なガードデビューをしてしまったヤコは、たくさんの期待に満ちた眼差しを向けられてもう後戻りはできないのだと理解した。それでも照れくさそうにはにかみながら、この笑顔を守るために戦おうと決意を固めたのだった。
***
「――と、言うわけで」
その日の夕飯時、ヤコは食堂の椅子に座りながら苦笑いを浮かべていた。ジト目でにらみつけてくる中二メンツに囲まれ、針のむしろという単語が頭をよぎる。
「隠しててごめんなさい。8番です……」
自分の正体を明かしたところで、示し合わせたように彼らが「だはぁ」と脱力して前後にのけぞる。
「言~え~よぉぉ~」
「もう、ほんっとビックリしたんだからね! ばか!」
とりわけナツハとツクロイはベシベシと肩を叩いてきては文句を言った。言い方はアレだが本気で心配してくれているのが伝わってきて、ヤコは小さく微笑んだ。そんな中、年上の集団に一人混ざっていたナナがニコニコしながら抱き着いてくる。
「ヤコちゃんはねぇ、ナナが見つけたんだよ。これからいっしょにがんばろーねーっ」
ご機嫌で隣に座った彼女に毒気を抜かれたのか、皆も苦笑を浮かべてこれからのことを応援してくれた。そんな中、ツクロイが何かをひらめいたようで、紙と鉛筆を取り出して何かのスケッチを始める。
「どうしたの?」
「んふ、いいこと思いついちゃった~」
したり顔でほくそ笑むのだが、いくら聞いても内容は教えてくれなかった。それは完成してからのお楽しみだと言う。
その夜、ヤコはこれまでにない満ち足りた気分でベッドに入ることができた。今までコソコソと隠し事を抱えていたのが解放されたのだ。やはり嘘は自分には難しいなと思いながら布団をかぶったところで眠りに落ちていた。
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