第11話 メインコンソール室

 自分のダメにさらに追い打ちを掛けてしまい、いっそ乾いた笑いしか出てこない。誰かに道を尋ねようにも、辺りに人影は見当たらなかった。

「うぅ、私のバカ……」

 立ち止まっていても仕方ないので、勘だけを頼りに歩き出す。

 見覚えがあるような……こっちの道の方が広そうな……と、完全にあてずっぽうで突き進んでいると、やがて銀色の両開き扉に突き当たった。かまぼこ型をしている扉の表面には角ばったフォントで『main console』と表記されている。

「メイン、こんそーる?」

 よく分からないが、メインと書いてあるからには重要な施設なのだろう。誰か居ることを期待して扉にそっと手をかざす。自室と同じく、プシュウという音を立てて扉は両脇にスライドした。

「お、おじゃまします。どなたか、いませんか?」

 中は真っ暗な空間だった。おそるおそる足を踏み入れ呼びかけると、背後の扉が音を立てて閉まった。ヤコが小さな悲鳴を上げて飛び上がると、内部にポツポツと明かりがともり始める。

「わ……」

 それはまるでプラネタリウムのようで、ドーム状の天井の至る所に赤や黄色の光が瞬いている。口を開けて見とれながら進むと、ちょうど部屋の真ん中辺りに椅子のシルエットが浮いていることに気づいた。

 気配に気づいたのか、そこに座っていた人物が身を乗り出してこちらを見下ろす。ヘッドホンを外しながら軽い調子で手を振ったのは、見覚えのある人物だった。

「あれぇ、ヤコちゃんだ。元気?」

「……ニアさん?」

 会議室でレイのふりをしたお騒がせ男は、何やら空中をタップする。すると、椅子は回転しながらスルスルと地上に降りてきた。そちらに寄りながらヤコは勝手に入ってしまったことを詫びた。

「すみません、私、道に迷っちゃって……ここって?」

「ここはメインコンソール室。この船を動かしてる頭脳部分だよ」

 その頃になると、ようやく部屋の暗さに目が慣れてきた。言われてみればなるほど、壁にはモニターがずらりと並べられている。星だと思ったのはそれらの計器に表示されていた光だったらしい。

「動かしてる……そういえばこの船って、どこに向かってるんですか?」

 今まで気にも留めていなかったことを聞くと、ニアは苦笑いをしながら頬を掻いた。

「ごめん、語弊があった。この船がどこに向かってるかは分かんない。僕らはたまたま通りがかった『超技術の無人船』に転がり込んだだけだからね」

 椅子から立ち上がった彼は、計器を撫でながら続けた。

「僕はここで、この船について解析しているんだ。この船は現代文明よりも遥かに上のオーバーテクノロジーで作られてる。まだまだ未知数だけど、この船に秘められた機能を解放できれば、この世界で生き延びるために少しは役に立つんじゃないかってね」

 感心したヤコは、変わった人だとばかり思っていたニアの評価を改めた。それと同時に訓練中にハジメがこぼしていた愚痴をふと思い出す。アイツニアはガードのくせして替えの効かない能力持ちなので、戦闘も免除されているのだと。

「ところで、この時間はハジメっちとの訓練じゃなかったっけ? サボりでもした?」

「……」

 答えづらい質問にヤコは服のすそを握りしめて俯く。その様子で察してくれたのか、ニアは唐突に手を叩いて明るく言った。

「よし、お茶にしよう!」

「え」



 数分後、床にペタンと座るヤコの手には、粉末ミルクと砂糖をたっぷりと入れたカフェオレのカップが収まっていた。日常生活でもよく見た魔法瓶から自分の分をドポドポと注ぎながらニアは言う。

「これ全部、街から拾ってきた物なんだ。インスタントコーヒーも捨てたものじゃないよね」

「街? この船から降りることがあるんですか?」

「あるある、『宝さがし』はみんな楽しみにしてるよ」

 椅子に腰かけたニアは、手元のパネルを操作しながら頭上のモニターに大きな赤い光を一つ表示させた。

「見える? あれが僕らがいま乗ってる船の現在地。この船の進路は自動運転になってて舵取りすることはできないんだけど、だいたいの進路は予測することができる」

 そうして、朽ち果てた街の残骸に近づくのを見計らって回収班が下りるのだとか。

「まず斥候としてガードが確かめに行く。安全を確認したら、船の出力をギリギリまで絞って速度を最低まで落とす。そんでもって一般クルーの中から選抜した回収部隊50人弱が出発する。滞在できるのはせいぜい2時間かな? それでも結構いろんなものを拾えるよ」

「だから船のあちこちに見慣れたものがあるんですね」

 さすが半年間この世界で生き抜いているだけの事はある。この船の者たちは、そうやって生活に必要な物を揃えてきたのだろう。

(私も、そういう仕事の方が合ってるんじゃ……)

 カップで揺れる水面を見つめていると、ニアが優しい声で尋ねてきた。

「ハジメっちに何か言われた?」

 核心を突かれてドクと鼓動が跳ねる。しばらく黙り込んでいたヤコは、ぽつりぽつりと胸の内を明かし始めた。

「私が悪いんです。私があんまりにもヘタレだから、呆れられちゃいました。今日の訓練もいいって」

「あーあー、あのカタブツ君はすぐ結論を急ぐー」

 選択肢を与えてくれたのはあっちじゃんねぇと、ニアはボヤく。それに対してヤコは首を振った。

「いえ、答えをズルズル引き延ばしてしまったのは私ですから」

「……真面目だなぁ」

 苦笑しながらニアはカップを傾ける。そちらを向こうともせず、ヤコは眉を寄せながら、自分でも気づかなかった己の本心と向き合おうとしていた。

「私、自分がどうしたいのか分からないんです。やっぱりムリって言ってしまうのは簡単だけど、でも訓練をする内に「もしかしたら私にもできるかも」って思えてきちゃって……でも一歩踏み出すには勇気が出せない臆病者なんです。優柔不断すぎます」

 ため息と共に落とした言葉が、自分に突き刺さる。

 ずぞぞ、と、コーヒーをすする音が聞こえる。その後に聞こえてきた声は、この張り詰めた気持ちとは真逆のゆるい声だった。

「僕は、ヤコちゃんが臆病者だとは思わないけどなぁ」

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