第2話

 16歳になる年の、春1番。平々凡々に生きていた俺に、ひとつの奇跡が舞い降りた。


 前世の想い人との再会。


 明日からはかつての憧れの人、密かに恋していた人と、同じ学校、同じ世界で過ごせる。

 それだけで俺のこの平凡な2度目の人生は、薔薇色に輝いてくれるような気がする。


 ──と、数日前までは思ってたんだが。

 そして確かにそれは、ある意味、間違ってはいなかったのだけれど。


「なにしてんの、貴由」

「あ……いえ、お気になさらず…」

 学校の屋上で莉愛さん──異世界『ラース』で竜騎兵『暁の師団』副団長であったナイトーリア・アルヌ──と昼飯を食ってた『貴由』こと俺──同じく異世界で竜騎兵やってたティド・クオン──は、今、非常に困った状態で膝を抱えて丸まっていた。


 なんでかっていうと、まあ、その…足の間に見られちゃまずいモノが元気ハツラツだったからだ。


「ふーん………」

 どうでもよさげに問い掛けてきた莉愛さんは、俺の返答にすぐ視線を逸らしてしまう。たぶん俺のことにたいして関心ないんだろうなー。まあ、そういうとこが彼…というか、彼女らしいけれども。

『それにしても少しは意識して欲しい…』

 ここ数日で散々思い知らされた莉愛さんの奔放さと危うさは、当初の俺の想像をはるかに超えていた。つーか、こんなんで良く今まで、普通に暮らしてこられたなぁ、この人!?ほんと、考えれば考えるほど謎が深まり呆れるばかりだ。


 前世の記憶を持ったままの転生。

 …だけならまだしも、前世まんまの性格で『女の子』になんか生まれ変わったものだから、莉愛さんはとにかく自身の性別に無頓着で無関心で無警戒だった。

 しかも最悪なことに今の彼女は、セックスアピール満点の容姿とスタイルを持っている。おかげで案の定、同クラスの男子のほとんどが、莉愛さんを特別な目で見てしまっていた。

 前世の頃から人を気安く寄せ付けない雰囲気を纏っていたから、今の所、表立って彼女にアタックする勇者はいない。が、前世繋がりで何かと側に居ることが多くなってる俺は、常に嫉妬と羨望の目で見られてしまっていた。


 新高校生の新学期だってのに、友達出来ねぇ。

 いや、別のクラスに中学の時からの友人いるけど。


 そして莉愛さんの最大危険ポイントは、無意識ゆえの邪気なき無敵お色気攻撃だ。

 これがドラゴンの尻尾でぶん殴られる勢いでヤバイ。マジでヤバイ。


「………莉愛さん、見えてます」

「は?………なにが」

 今も彼女は制服の短いスカートのまま、屋上に備え付けのベンチの上で寝転んでいた。しかも行儀悪く肘かけに足を乗せているので、少し離れた場所で床に直座りしていた俺から、スカートの中身がバッチリ見えてしまっている。

 細いけどそれなりに肉の付いた白い足と、可愛いお尻を覆った小さなパンティ。それは、そこに刻まれた細かな皺のひとつひとつが、男の妄想と欲望を掻き立てる魔法の布きれだった。世の男は、その布地に包まれた部分を想像するだけで勝手に身体が熱くなる。と思う。


 もちろん例外なく、俺も。


 いや、誤解の無いよう言っとくけど、俺がこんなとこに座ってたのは、別に最初から覗き見を狙ってのこととかじゃねえよ??

 だって莉愛さん、初めは普通にベンチへ座ってたし。それが、あんまりいい陽気だからって、眠くなったらしい彼女が『少し寝るから起こして』とか言って、俺の居る方へ足向けて寝始めたのだ。だからこれは不可抗力。いわゆるラッキースケベだ!!(断言)

「パンツ見えてますって……」

「ふーん……じゃ、こっち見ないで」

 馬鹿正直に注意してもこれだ。

まるで気にする素振りも見せずに、莉愛さんは仰向けのまま、無防備に寝息を立て始めた。

「…………はあ」

 そよそよと小さく風に揺らぐスカートの影から、白い太腿と薄い桜色のパンティが見え隠れする。目を逸らそうとしても、気が付くと視線は釘付けになっていた。下半身だけでなく、仰向けで寝てもふくらみを失くさない胸元や、可愛らしく無防備な彼女の寝顔に。


 ああ、やっぱ、可愛いな。

 ティーアロット師団長が羨ましい。


 こんな素敵で魅力的な莉愛さんを、前世でも今世でも独り占めできるだなんて。

 

 俺の秘めた羨望と嫉妬を一身に受ける男、ティーアロット・フォル・シュローデ。

 それは前世で俺の所属していた竜騎兵『暁の師団』の師団長であった男の名前だ。

 身長180センチの俺よりもデカくて、ムカつくぐらいのイケメン。能力も容姿も一流、性格も良く、部下に慕われ、当然、女にもモテモテ。その上しかも、傍流ではあるが皇家の血を引いてるという、まさに一部の隙もない完璧すぎる男だった。

 そんな彼と莉愛さんの前世ナイトーリアは、まるで魂の兄弟のような関係だった。

 ナイトーリアはひたすらティーアロットを信じ、彼の望むことは己が命を投げ打ってまで成し遂げようとした。そんなナイトーリアをティーアロットもまた心から信頼し、戦場では彼にその背中を常に預けていたのである。


 しかもたぶん、それだけじゃない。

 2人の間には、目に見えない絆があった。

 彼らの間に何があったかは知らない。

 けれど、2人は他の誰にも決して立ち入れない、強く固い絆で結ばれていたと思うのだ。


 そんな2人を遠くから見ていた過去の俺。

 憧れ、恋していたナイトーリアに、決して振り向いては貰えないと諦めていながら、彼を慕う気持ちは最後まで捨て去ることができなかった。


 そして情けないことに、転生した今もそれは変わらない。


『可愛いなぁ…莉愛さん…』

 諦めていたつもりでも、考える度に溜息が溢れ、胸の奥が痛くなった。やっぱり自分は内心、莉愛さんのことを諦め切れていないんだろうな、とつくづく思う。

 まあ、考えてみれば当り前だ。

そんな簡単に吹っ切れるくらいなら、再び巡り会った瞬間にもう1度彼女に恋したりしない。

 ティーアロット師団長が居なければな。そうしたら俺にも少しくらいチャンスというか、入り込める隙間があったかもしれないのに。

 そんな女々しいことを考えてるから、俺は、未だに今世のティーアロット師団長と顔を合わせていなかった。

「一緒に来る?」

 莉愛さんにも度々、そう言って誘われるけども、俺はなんのかんのと言い訳してティーアロット師団長や、その周辺に居るらしい転生組の竜騎兵仲間らとは会っていない。

 もちろん懐かしい面々と再会したい気持ちは俺にもあったが、それより何よりティーアロット師団長と一緒に居る莉愛さんの姿を見たくなかったのだ。好きな男の側で幸せそうに微笑む莉愛さんの姿とか、ちょっと想像するだけでも心臓が引き裂かれそうに痛むから。


 そんな自分を我ながら度量というか、肝の小さい男だと情けなく思うけれども。


 しかし、いつまでもそうやって顔を合わせないのも変な話だし、莉愛さんにも不審がられてしまうだろうから、いずれ彼には会いに行かなきゃならないだろう。

 けど、それはまあ、ともかくとして、だ。


『やべえ…昼休み終わんのに間に合わねえ……ッ』

 予鈴がなったというのに莉愛さんは起きる気配がないし、起こしてやろうにも色々妄想して元気になっちまった俺の息子は大暴れ中で、目を覚ました彼女に見られる訳にはいかないしで、かなり切羽詰って絶望的な状況に頭を抱えた俺だった。


 うう。素直な俺の身体が恨めしい…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る