3-1

 翌朝、それは唐突だった。私たちは呆気にとられ庭にいるそれを見た。咲ちゃんは真っ先に庭に出ていった。そこにいた猫を抱きかかえて泣いた。

 今日こそ見つけようと起き上がった矢先、猫が庭でのほほんとしていた。それはまさしく探していた栗であった。

「もう、どこいってたんだよぉ」

咲ちゃんが栗に泣きついて叱っている。

「お姉さん、これが栗だよ」

「うん、栗だ」

栗は呑気だった。どれだけ咲ちゃんが泣いて、必死で探していたのかを知らない。デコピンくらいしてやりたくなるくらいに、平和を漂わせていた。

「よかった」

咲ちゃんが笑っているのをみて、そう思った。

「小山さん、朝ごはんどうぞ」

「あ、すみません。ありがとうございます」

咲ちゃんは朝ごはんに手をつけずにずっと栗を追いかけまわしていた。

「なんか、あんな探した時間返せって感じね」

佐々木さんはそんな二人を眺めながらそう言った。

「よかった、栗が戻ってきてくれて」

「はい。私も嬉しいです」

「せっかく探してくれるって言ったのに、ごめんね」

「いえ、そんな」

いなくなっていた間、猫はどこで何をしていたんだろう。すました顔をして、本当は大きな試練を越えて旅をしたのかもしれない。そう思ったらなんだか可笑しかった。私の必死さが栗という存在に弾かれたようだ。

「実はね、うちはお父さんがいないの。亡くなってね」

佐々木さんの突然の告白に私は驚いて栗たちを追いかける視線が停止した。

「そうなんですか」と口が空振りして動く。

「お父さんもいなくなって、栗までいなくなったら咲は寂しさで死んじゃうところだった」

そうかもしれない。

「佐々木さんは?」

「え?」

「佐々木さんは、旦那さんいなくなって、大丈夫なんですか」

失礼すぎただろうか。私の直球な言葉は槍と化していないだろうか。大丈夫なわけないのは知っているのに。

「小山さんも、大切な人を亡くしたの?」

佐々木さんは顔色一つ変えずに、何か納得したかの様な表情で私にそう問うた。じっと佐々木さんの瞳を見つめながら、鼻の奥がツンとしてまた視界が歪み始めた。

「はい」

出した声は震えていた。

「事故で、彼を亡くしました」

「だから、こっちの街に来たんだね」

溢れてしまわないように必死に涙をのみ込む。

「大切な人を亡くすって、大丈夫じゃないよ。それだけは時間も解決してくれない」

「どうしたらいいんでしょうか。苦しいんです毎日」

「わかるよ」

佐々木さんは立ちあがって私をぎゅっと抱きしめた。大切な人を失ったはずの佐々木さんは強い人だった。


 折角だからと、佐々木さんの仕事が終わるまで家にいてと言われ咲ちゃんの面倒を見ることになったが、面倒をみるまでもなく咲ちゃんは一人で自分のことをして栗と遊んでいた。

「あのね、栗ってもともとこんな小さかったんだよ!」

そういってアルバムを引っ張り出して私に見せてくれた。そこには栗の面影を残す小さな猫が眠っていた。

「かわいいね」

「うん!」

他にも栗の写真があって、そこには今よりも幼い咲ちゃんや佐々木さんや、もう一人男の人も映り込んでいた。

「あ、それはお父さんだよ!」

見ているのに気づかれたのか、咲ちゃんはいった。

「そうなんだ」

「うん。お父さん死んじゃったけどね」

「そっか。寂しい?」

「寂しい!」

咲ちゃんはそうは言ったが元気だった。寂しいのにどうしてそんな笑っていられるのだろう。単に子どもだからか、それとも佐々木さんの子だからか、咲ちゃんも強い子だった。

 アルバムを片した後栗との遊びに夢中になっていた咲ちゃんが、ちらりとこちらに顔を向けた。私はどきりとして一瞬目を背けた。怪訝に思ったようで咲ちゃんは栗をだっこしてこちらにやってきた。

「栗と遊びたいんでしょ?」

飛んできた言葉は予想の枠を外れたところからやってきて子どもってこうなんだと思い知らされて、同時に私の心は大人になって曇ってしまったのだなと切なさを感じた。栗と遊びたかったわけではなかったけれど小さな身体で持ち上げられる栗がびよーんとだらしなく身体が伸びているのは笑えてしまった。

「栗、かわいいね」

咲ちゃんは嬉しそうにそう笑った。栗が何を思っているのか分かるはずもないけれど栗は栗なりに咲ちゃんが好きなのだろうと、その伸びた腹を見て思う。

「そういえば咲ちゃんっていくつなの?」

「小学四年!」相応。

「学校は?」

「祝日だよ! 昨日は休日だし!」

咲ちゃんが指さした先には黄に色付いた銀杏の写真つきカレンダーだった。今日が何日であるかわからなかったが休日が三日連なっているところをみつけ今日の日付をしる。

「秋だね」

「お姉さんも秋好き?」

咲ちゃんは猫じゃらしを握ったままそう問うた。

 冬だ、と思った。違うのに。私の好きよりも彼の好きが先に浮かんでしまう。私の好きはなんだっただろう。私は彼と永遠を誓った十月が、銀杏並木を一緒に歩いた秋が好きに変わりないけれどきっとどの季節も彼がいたのだから愛おしい。

「秋も、好きだよ。全部好きなんだ」

咲ちゃんはにこにこを微笑みを返した。

 私はどうしたって彼の面影を追ってしまう。私が彼といたのだからどこにいったって彼はいる。あぁそうか。いるのか。私はその時そう思ってどこか納得した。

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