第15話 クールな挑戦者

 夜になってシティ・モンスターズを起動する。いつもと変わらない近未来な街並みを見ながら、私はあの男の言葉を思い出した。その上で首を傾げる。こんなゲームの中に人が入り込むだなんてファンタジーなことが本当に起こり得るのだろうか。


そもそもゲームとはプログラム通りにコンピュータに作業をさせて作り出した偽りの世界。言ってしまえばそれはフィクションの世界だ。存在しない世界に実体のある人間が入り込めるだなんてどう考えても不可能な話であり、それを可能にできる技術なんて世界中探してもあるわけがない。


「クララ嬢〜、そんな浮かない顔してどうしたでやんすか?」

「ああ……」


心配そうな顔でアーノンはこちらを見つめている。近くを飛行していた電光掲示板に表示された時間を見ると、どうやら私は無言で考え事を15分も続けてしまっていた。これにはアーノンも不安になってしまうだろう。


「ううん、なんでもないの。今日もソロバトルタワー頑張ろう!」

「誤魔化さないでほしいでやんす。流石のワチキもこんなクララ嬢を見てしまったら放っておけないでやんすよ。何かあったんでやんしょ?」


この日のアーノンはどこか鋭く、私が話を逸らそうとしてもそれを許さなかった。


「……うん、まぁ。でも、信じられないというか、馬鹿げているというか。普段は馬鹿なのにゲーム関係の知識だけは無駄にあるから、こういう突飛な話は受け入れられないのよね」

「話してみるでやんす。悩みは話せば軽くなるでやんすよ」

「ん、ありがと」


アーノンは無理やりでもなく、母親が子供をなだめるような優しい聞き方をした。私が話しやすい空気を保ってくれているのだろう。こういうときのアーノンの存在は嬉しいし、力になる。


私はアーノンの頭を数回撫でた後、今日あった事を全て話した。七瀬が家に帰っていないこと、謎の男に協力を依頼されたこと、黒の財団のこと、その全てを事細かく説明する。信じられない話だろう。それでもアーノンは「ありえない」と一蹴することは決してなかった。


「……そうだったんでやんすね」

「もしかすると、このゲームの中に七瀬がいるみたいなんだ。アーノン、前は七瀬と行動してたみたいだし、行きそうなところとかわからない?」

「わからないでやんすけど、それならいい案があるでやんすよ」

「いい案?」


私が訊き返すと、アーノンは自信ありげに鼻を鳴らして答える。


「Aランクに昇級した瞬間、最高潮にクララ嬢が注目されるときにメイア嬢の捜索を呼びかけるでやんす。そうすれば、目の数が圧倒的に増えるでやんす」

「確かに、それいい作戦かも!」


一日中私が探し回るよりも、大勢がなんとなくでも七瀬のことを考えながら歩き回った方が効率的で合理的だ。


「それじゃあ、早速ソロバトルタワーでバトルするでやんす!」


しかし、結局ソロバトルタワーを進めるのか。こんな事態にただ遊んでいるだけのようにも感じるが、ここはアーノンの言う通りにしておくことにしよう。


 受付を済まし、イガラシさんに案内された私たちは程なくしてコートに立つ。Bランク帯の戦いだが、『コロッセオで行われるBランクの試合』というのが人目を集めるようで、昨日と同様に沢山の観客でコートは賑わっていた。 


『Bランクプレイヤー、アオイ。現在94連勝中。対するは同じくBランクプレイヤー、クララ。現在80連勝中です』


アナウンスが流れると、歓声はますます大きくなる。格上との戦いだが、ここに集まっている観客の目的は私のようで、なんだか対戦相手に申し訳なくなってくる。


「クララー! 今日も頼むぞー!」

「凄い試合を見せてくれー!」


入場するとそんな声援が飛び交う。苦笑しつつも前を向くと、向こうから対戦相手が歩いてきていた。黒髪ツインテールが青いシュシュでまとめられているジト目でクールな女の子。パジャマのようなモコモコでゆたゆたな服を揺らしながら右手には物騒に拳銃が握られている。対面すると、その子は柔らかな笑みを浮かべながら私に話しかけてきた。


「随分と人気者なんだね。初めまして、アオイです。アウェイな空気感だけど、アタシ頑張るから。よろしく」

「うん、いい試合にしようね!」


私がそう言うと、アオイは軽く会釈をして戦闘開始の合図を待った。そして、その時は来る。


『戦闘開始』


合図がして、私はいつものようにアーノンを放り投げる。


「先手必勝! アノマロカリスッ!!」

「知ってるよ。昨日の戦いを見て、君とマッチしたときのためにしっかり予習してきたから」


アオイも同時にパワーリングにアカウントキーを挿し込む。今までのプレイヤーは大体がアノマロカリスのイレギュラーな登場に怯んで、すぐに倒すことができたが、彼女は少数派のようだ。こうやって対抗して必殺技を出してきたプレイヤーは中々いない。やはりBランク帯になって、プレイヤーの質も上がってきているのか。


「REST・WORLD」


雷に打たれたような感覚。一瞬何が起こったのかわからなかった。次の瞬間には私の体は吹っ飛んでいて、コロッセオの壁に打ちつけられる。

 

「かはっ! 痛たたた……」

「ビックリした? アタシはね、色々なものをズラすのが得意なんだよね♪」


私がレートバトルで初めてダメージを受けた。その衝撃は大きく、会場でもザワザワと騒然とした空気感になる。


「なるほど……。どうやら、今回は一筋縄ではいかないようだ」

「ふふ。実はね、アタシがレートに初めて潜ったときも少し話題になったんだよ。まあ、流石にクララちゃん程ではなかったけどね」


アオイはさらにパワーリングを発光させ、必殺技を放つ。


「REST・BARRETT」


右手の拳銃を天高く上げ、銃口を上に向けて撃つ。しかし、撃っただけでダメージは入らない。


「痛っ……くない? でも、パワーリングは光ってたから必殺技は使ったんだよな? あれ?」

「うん。もう使ったよ。何をしたのかはヒミツだけどね」


壁際の私を追い詰めるようにアオイは拳銃を私に向ける。表情こそ薄いが、試合の主導権を握っているのは間違いなく彼女だ。何とかしないと、このまま流れに呑まれて負けてしまう。


「なんかよくわからないけど、トリッキーな技を使うってことはわかった!」

「そうだね。アタシの必殺技を見極めないと勝つのは厳しいかもね」

「いいね、楽しくなってきた!」


私は会話中の隙を突いてアオイと距離を置くために走る。後ろから放たれる弾丸に注意しつつもフィールド中央にいるアーノンとアイコンタクトを取り、それに合わせてアーノンも動かせる。


「させないよっ!」


アオイは走る私の跡を追い、腕を掴むと綺麗な背負い投げを決める。倒れた私はすぐに押さえつけられ、身動きを封じられた。これにはアーノンも予想外だったようで驚きの声を上げる。


「ソナタ、拳銃を持っておいて武道の心得もあるのか!?」

「勉強していてわかったんだよね。アノマロカリス。あなたの攻撃は確かに強力だけど、見た感じクララちゃんの指示がないと動けないよね?」 

「……!」


そう。基本的にアーノンは私の指示に忠実に動く。それが【操獣】のルールだからだ。強力なスキルに隠された穴を、彼女は的確に突いた攻め方をしてくる。


「でも、指示役のクララちゃんは私が取り押さえた。あなたはこれで何もできない」

「くっ……」


観客の期待通りに試合が進まなかったからか、その辺りからブーイングやアオイの方を応援する声も聞こえ始めた。今の私は誰が見てもピンチと言うだろう。最強のクララというブランドが崩れ始める、そんな局面だ。


「さあ、どうするクララちゃん? この危機的状況をあなたならどう打開する?」


私は動けないし、アオイは抜かりなく私の首を強く抑えているせいでアーノンに指示もできない。ならば、彼女自らが拘束を解くように促すしかない。辛うじて動く右手をアオイの腰に回してくすぐる。


「ひ、ひゃっ!?」


なんて古典的な手法だろう。だが効果はあるようだ。一瞬アオイの力が弱まったところに私の力を全てぶつける。すると今度はアオイが転倒し、私がその馬乗りになる形になった。これだけ敵が密着していれば、繰り出す技はひとつだけ。


「刹那・オルドビスランスッ!!」


パワーリングからカメロケラスランスを取り出し、アオイの胴体を目掛けて突き刺す。確定急所の大技だ。


「今だよ、アーノン! オーシャンズレイ!」

「満を辞して、だな。承知ッ!」


瀕死のアオイにアーノンのオーシャンズレイが炸裂した。ゼロ距離の刹那・オルドビスランスだけでも充分キルできるだけのダメージはあるはずだが、保険でオーシャンズレイも浴びせてやる。完全にオーバーキルだ。流石にこれで決着かと思ったが、爆煙が晴れてくると、その中にまだHPの残ったアオイを見る。


「嘘!? オーシャンズレイを耐えたっていうの!?」

「これはワタシも驚きだ。彼女のDFEには賞賛するほかないな」


彼女はゾンビか何かか? 防具もボロボロ、髪もボサボサになり、大ダメージを受けているはずなのに、アオイはなぜか平気そうで、それに少し……笑っている?


「へへ、効いたよ。REST・DAMAGEがなければ負けちゃってたね」


フラフラになりながらもアオイはその場に立ち続け、ゴキブリのようにしぶとく私たちに狙いを定めている。


「REST・DAMAGE……休息するダメージ? ズラすのが得意って言ってたけど……まさか」


直感的に私はパワーリングにアカウントキーを差し込む。


「オパビニア・アイ」


オパビニア・アイを使用すると、すぐに私は上空を見上げた。


「……!」


私の危惧したまんまその通りの光景に体が震える。上空には数えきれないほどの弾丸の雨が広がっていた。無数の弾丸は遅いスピードだが、確実にこちらへ向かって落ちてきている。これを全て受けるとすれば恐ろしいダメージが入っていたはずだ。早くに気づけて本当によかった。今日ほど自分の直感に感謝した日はないだろう。


「……どうした、クララ嬢。ニヤけているぞ?」

「なんでもないよ、アーノン。今回ばかりはあなたよりも活躍できそうで少し嬉しかっただけ」

「ほう。ついにゲーマーの腕が光る瞬間が来たのか」

「まあね。とりあえず、今はアオイに勘付かれないようにじっとしていて」

「承知」


アオイの言っていた『ズラす』の意味が今やっとわかった。最初のREST・WORLDは世界の時間をズラす技だったんだ。アオイと私に流れる時間の速さが変わることであの不意打ちが成功していた。


次に放ったREST・BARRETTはダメージがないわけじゃない。攻撃をズラしていた。これだけの透明な弾丸を放って、ゆっくりゆっくりと着弾する技。故に相手が忘れた頃にダメージを与えることができる。


最後のREST・DAMAGEは自分がダメージを受けるタイミングをズラす技だ。だから私たちの怒涛の攻撃を受けても、まだ攻撃を受けた判定になっていないから耐えることができた。そして、その効果はきっとこの弾丸の雨を受けても継続して続く計算だったのだろう。


あのREST・BARRETTの弾丸の量は異常だ。大ダメージを与えられる代わりに私たちだけじゃなくアオイ自身も攻撃を受けてしまう。しかしそこでREST・DAMAGEを発動することで私たちだけが倒れ、アオイは上手いこと耐えるという寸法になっているのか。よくできている。


「ハルキゲニア・リバース」


私は一言呟いてから、アオイの前まで歩み寄る。警戒されないように笑顔で近づき、「少し休憩しよう」といった雰囲気で話しかける。


「アオイ、強いね。まさか、オーシャンズレイを耐えられるだなんて思わなかった」

「アタシもビックリした。あなたの必殺技ってここまでの火力が出るんだね」

「今日はあなたと戦えてよかった。握手しましょう」


自然な流れで私はアオイに触れる。どんなバフを使って優位に立とうとしても、それは私たちの前では無意味。全てを覆し、一発逆転を狙えるチート技。それがハルキゲニア・リバース。これでアオイの方にオパビニア・アイの効果が移ったのだろう。アオイの顔色が変わった。


——え?


間もなくして銃弾の雨がコロッセオへ突き刺さる。とんでもないダメージだ。それを直に受けたアオイは当然耐え切ることができない。


『K.O! 勝者、クララ!』


一方でアオイのREST・DAMAGEを盗み取った私は無事にダメージを遅らして勝利を掴む。なんとか勝つことはできたが、一瞬ヒヤッとした。これではこの先が思いやられるな。


安心したからか、額からドッと汗が噴き出る。それを拭いながら、私たちは控室へと戻った。


「クララ嬢、よくあの弾丸が降ってくると見抜けたな」


椅子に座って水を飲んでいるところに開口一番でアーノンが訊く。SD体型に戻ることも忘れていて、とても気になっていた様子。


「だって彼女、94連勝もしているんだよ? それはもうゲーマーって言っていいレベルだと思う。それなのに、私を拘束したときに必殺技を撃たなかった」


普通のゲーマーならあのチャンスを絶対に逃さない。ゼロ距離での必殺技ほど大ダメージを狙える場面はないからだ。


「私はあれは撃たなかったんじゃなくて、撃てなかったんだと思ったんだ。すぐに撃てる必殺技を持っていなかった。じゃなきゃ、あの場所で何もしないなんて選択肢はありえない。もっと違うベクトルの大技があるんだって感じたんだ」

「成程……。それを聞いて納得した」

「なんか照れくさいけど、アオイのゲーマーとしてのセンスを信じたからこそ勝てたんだろうね」

「とにかく、今回の勝利はクララ嬢の力で掴んだ勝利だ。おめでとう」

「うん、この後もじゃんじゃん勝ち星上げるよ!」

「ふっ。承知した」


私たちは普段よりもより集中してその後も戦いを続け、86連勝まで記録を伸ばしたところで続く87戦目へと向かった。

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