第11話 期待の新人

 ソロバトルタワーの内装はセントラル・シティのイメージと同じく、近未来な雰囲気。青緑に光る床や、宙に浮く電光掲示板がお洒落な空間だ。現在夜の9時過ぎということもあってか、プレイヤーは多く、ロビーからでも試合の歓声が聞こえてくる。


「クエストのときと同じで、カウンターで受付するでやんす」


アーノンに教えられながら、私は1on1バトルの申し込みをする。


「初めまして。ワタクシ、ここの受付を担当しますイガラシと申します」

「あ、私はクララだよ。よろしくね」


イガラシさんはシェリーさんとは真逆のタイプで常に無表情で淡々と話を続ける。表情豊かなシェリーさんを見た後だからか、とても怖い人に感じた。


「それでは当館の詳しい説明をさせていただきます。まず、ここでは2種類の1on1バトルを楽しんでいただけます。一つ目はレートバトル。個人のランク昇格に直結する公式戦です。二つ目はフリーバトル。別名アンダーグラウンドカップとも呼ばれています。ルール無制限で、どんな攻撃をしても許される非公式戦です。故に力の限り存分に戦えますので、総力戦が見どころとなっております」

「なるほど。これは他のゲームと大体同じだね。ランクを上げたかったらレートで、純粋にバトルがしたければフリーか」


となると、私が参加するのは当然レートバトルだ。


「ランクは連勝数に応じて決定します。連勝が途絶えると、1からのスタートとなりますが、ランクが降格することはありませんのでご安心ください」

「わかった!」

「それでは、参加する場合は私にお声掛けください」

「あ、もう今すぐにでもやりたいです!」

「承知しました。それではこちらの選手控室でお待ちください」


イガラシさんに案内され、私たちは控室の椅子に座る。見渡した感じ、控室の設備はかなり整っていた。防具を着替えるための更衣室や軽食を取るための簡易キッチン、仮眠の為のベッドもある。私はベッドの上の枕を掴むとそれをアーノンへ投げつけた。


「とりゃああ!!」

「痛っ! な、何するでやんすか!?」

「えへへ。こういう交流も大事かなあって」

「クララ嬢は野蛮人でやんすね。ヤ・バ・ン・ジィィィン」

「!? は、はははははッ!! やめてええええ!!」


アーノンは二本の触手で私を腰を悪戯にまさぐった。あまりのくすぐったさに、私はベッドに倒れて悶える。これが終わる頃には涙が溢れたが、一方で体が軽くなった気もする。


「試合を控えているでやんすから、ストレッチをしておいたでやんすよ」

「も~。それでももう少し優しくしてよ。これでも女の子なんだからさ」

「ごめんなさいでやんす……」


私はベッドに座り直すと控室に据え置かれたモニターに流れるレートバトルの中継放送を鑑賞する。アーノンも私の腕の中に潜って一緒になって中継を見た。


『さあ、次の試合は見ごたえがありそうだゼィ! なんたって最高ランクS帯の戦いだぁ! まず登場するのは最近特に勢いのあるロック・エレキ・バトラー!! ストリングゥゥゥゥ!!』


実況の人がストリングというプレーヤーを紹介した途端、会場に大きな歓声が沸き起こる。アーノンが言っていた通り、ランクの高さがそのまま有名度、人気度に繋がるようだ。エレキギターを担いだいかにもバンドマンのような男が入場する。


『対するは、シティ・モンスターズ発売当初からの古株! 和をこよなく愛し、和にこよなく愛されたスーパー・ベテランプレイヤー!! 暁之ォォォォッ! 影道ィィィィッ!!』


暁之影道。この名前に私の耳が反応する。彼は私が最初に話したプレイヤーだ。自分で自分のことを有名だと言っていたが、それははったりでもなんでもなく本当に事実のようだ。モニター越しでも伝わる歓声の大きさがそれを物語っていた。


『勝つのはロックか!? 和の力か!? 今、緊張の一戦が始まろうとしてるゼィ!!』


両者ともバトルコートに上がり握手をする。お互いリスペクトしているようで、その握手だけでまた大きな歓声が生まれる。最早アイドル並みの人気だな。たかがゲームと言ったら聞こえが悪いかもしれないが、これだけのファンが付いて会場が埋まるのは純粋に凄い。いつかは私も……なんて憧れを抱いてしまう。


『ストリング。最近頑張ってるみたいやな。胸貸してやるさかい、思う存分かかって来ぃや』

『へっ、影っさん。言われなくても見せてやるっすよ。ずっとアンタに憧れてここまで戦ってきたんだ。シビれる勝負を頼みます!!』


握手を終えた二人は互いに距離を取り、定位置でゴングが鳴るのを待つ。


少ししてゴングが鳴ると、眩い閃光が走り巨大な爆発が起こる。たちまち会場は爆煙で充満し、モニターの画面からは試合の内容が全く見えなくなった。


「……何、これ。あの2人、他のプレイヤーとはレベルが違いすぎる……」


私が受付をする前に、ロビーでもチラッと他のランク帯の試合を見ていたが、これほどまでに激しいものではなかった。これがSランク帯の世界か。トップランカーの実力の片鱗を知れたことで私の胸が最高潮に高まる。


二人の試合はそこまで長引くことなく終了する。結果は影道くんの勝利で終わった。


「クララさん、出番です。戦闘の準備ができたら3番コートでお待ちください」


控室のドアが開き、スタッフの人がそう告げる。いよいよ私が戦う番だ。私は抱いていたアーノンを離して、ベッドから立ち上がる。


「行くよ、アーノン」

「はいぃ、でやんす!」

「初戦は大切にね。緊張するけど、勝てば一気に勢いづくから」

「任せろでやんす!」


モニターで見た戦いには度肝を抜かれたが、Eランク帯なら私たちでも充分に通用するだろう。本番に何が起こっても、弱腰にならないよう気を付けつつ、リラックスして臨むことが大切だ。


 3番コートへ向かっていると、反対側から試合を終えた影道くんが帰ってくる。影道くんも私に気が付いたようで、手を軽く上げて挨拶をする。


「おう、こないだの……確か名前はクララだっけか。レート戦、デビューするんか?」

「もちろん! ずっとEランクではいられないからね」

「ほう。それじゃあ、お手並み拝見っちゅうことやな。試合はどこや?」

「3番コートだけど……」

「そうか。ほんじゃ、頑張れよ! 俺もお前さんの試合見させてもらうわ」


影道くんはそう言って笑う。気に入られてしまったのか、嬉しくも見られることで余計に緊張してしまう。


「わ、わざわざ見るの!?」

「お前さん、昔の俺に似てるから気になってしまうんや。俺も最初は楽しくゲームをやっていたっけ……。まあ、この話は今はどうでもいい話。とにかく、応援してるで!!」

「ありがとう。期待に応えられるよう、頑張るね!」


影道くんは親指を立てて私にエールを送ると観戦席の方へ歩いていく。


「余計に負けられないなあ」


そんな影道くんの背中を見て元気を分けて貰うと、3番コートまでの残りの道を私は歩き始めた。


 3番コートの選手入場口に来る。ここに立って最初に思ったことは観客がSランク帯と比べて圧倒的に少ないこと。歓声らしい歓声が一つも聞こえない。


「お客さん、ほとんどいないんだね」

「そりゃそうでやんすよ。Eランクの底辺プレイヤーの試合なんて誰が見たいでやんすか」

「確かにそうだけどさ」


少なくとも、影道くんは見てくれているんだ。私らしい、恥じない戦いをしよう。私は自分に言い聞かせる。


間もなくしてアナウンスが流れるが、これもSランク帯のときのようなド派手な選手紹介の実況ではなく、テンプレートの放送で、選手の名前の部分だけ担当者が読み上げるというものだった。当然、全く盛り上がることはなかった。


「冷たい、アウェーな空気感ね。やりずらそう」

「自分に自信を持つでやんす。この空気感をひっくり返すくらいの意気込みでなきゃ勝てないでやんすよ」

「アーノン……。そうだ、そうだよね」


アーノンに背中を押されて、私はフィールドへ最初の一歩を踏み入れた。


「勝とうね! アーノン!!」

「やんすっ!!」


この圧倒的アウェーな会場の中、私はあえて自分を棚に上げてみる。


Eランクの底辺プレイヤーだって一日でそのランクを駆け上がったら、一躍ヒーローになるかもよ?



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