第4話 アノマロカリス

 気高き騎士のような、誇り高き王家の人間のような、アノマロカリスの歪な姿からは想像もつかないそんな声が発せられる。私の指示を待つアノマロカリスは胴体に並べられたヒレを不規則に動かしながら宙に浮く。声のギャップもそうだが、それよりもまず驚くべきことはモンスターが私に語りかけてくるこの現状だろう。


「し、喋ったぁぁぁ!?」

「どこぞのハンバーガー店を連想させる発狂はするな。ソナタのスキル、【対話】によってワタシは人間の言語を理解し、口にしている」

「【対話】……? 確かに、そんなスキル持ってたかも」


突然喋りだすアノマロカリスに一時は動揺してしまったが、やはりスキルの説明通り私の言うことを聞いてくれるらしい。なら、お手並み拝見といこうか。


「じゃあ、とりあえずそこのミイラ男やっつけて!」

「承知」


アノマロカリスは口元にある2本の触手でミイラ男を拘束すると、天高く舞い上がる。次の瞬間、アノマロカリスの口から高威力の光線が放たれ、ミイラ男は逃げることができずにそれを至近距離から直接浴びて吹っ飛んでいった。


「冷たっ」


空から降ってきた小粒の水滴が私の肌を軽く濡らす。どうやらあの光線は単なる水鉄砲のようだ。その証拠に空には小さな虹ができている。水滴を払って前を向くと、丁度仕事を終えたアノマロカリスが空から帰ってくるところだった。


「これで良いか?」

「うん、ありがと!」


感謝を伝えてもアノマロカリスは少しも嬉しそうにせず、格式高く粛然としている。


「ソナタ、名は何と言う?」

「クララよ」

「クララ嬢、ワタシにはプレイヤーと同じように4つの必殺技がある。今放ったものもその内の一つだ。次にワタシを使役する際、使いたい必殺技があればその旨の指示をお願いしたい」


口を開いたと思ったら業務連絡。せっかく会話ができるのに、これでは何か壁を感じて面白くない。アノマロカリスは腐っても私の所有物であり、仲間としてのコミュニケーションや信頼関係のような、スキルとしての役割以上のことは何もしないといった態度を貫いていた。


「あ、そうなんだ! ってことは、私は【操獣】で必殺技スロットを一つ使っちゃうけど結果的には7個も必殺技が使えるのね」

「その解釈で間違いはない。では、次回の戦闘でもよろしく頼む」


アノマロカリスは召喚されたゲートの方へ移動し、元の世界へ帰ろうとする。本当に愛想のない、マニュアル通りのそんな行動に少しだけ寂しさを覚えた。大好きなアノマロカリスに会えたのに、こんな冷たい対応をされてしまった七瀬の気持ちを想像すると、とても気の毒で居た堪れない。


「待ってっ!」

「……まだワタシに何か用か?」

「お願い、一緒にこのマップの最深部まで行きましょう? スキルとしてじゃなくて、ひとりの友達としてあなたと付き合いたいの!」


お互いの距離を埋めるためには長く一緒にいて、お互いを理解するしかない。無意識に叫んでいた私の本心だが、アノマロカリスの返答は無情だった。


「必要ない。ワタシとソナタの関係はあくまで力とその所持者だ。そこに友情なんて物はない。ワタシの力が必要ならば、その時に呼び出せば良い。なぜ四六時中ソナタと無意味な談笑に付き合い、無意味な労力を使わなければならないのか、理解に苦しむ」


アノマロカリスは私のパワーリングに何かメッセージを送信すると、ゲートの中へと入っていった。私の声は彼には届かなかった。


「所詮はモンスター、か」


メッセージを見るとそこにはアノマロカリスのパラメータが記されていた。


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名前:アノマロカリス 

属性:ボスモンスター HP:500/500

ATK:198

INT:142

DEF:150

AGI:78

LUK:0

モンスターランク:A

・オーシャンズレイ

・バージェスランペイジ

・捕食

・太古の牙

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今こんなステータスを見ても何とも思わない。この無機質な力とどう向き合っていくのか。今の私にはアノマロカリスとうまくやれる自信が持てなかった。しかしアノマロカリスにも自我は見受けられた。それはつまり、仲良くなることもきっとできるということ。その可能性を信じて、今は進むしか無いだろうな。


「アノマロカリスが丸くなれば、七瀬もやりやすいと思うんだけどなぁ」


アノマロカリスと心を通じ合わせられた瞬間、私たちはもっと強くなれる。私はそう直感した。

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