第2話 強くてニューゲーム

 いつの間にか寝てしまっていたようだ。目を覚まし起き上がると、何もない白い空間の中にいた。


「ここ、どこ?」


私の声で反応したのか、口を開いたと同時に目の前にウィンドウが表示される。


『ようこそ、シティ・モンスターズへ』


これを見て私は察する。どうやら、七瀬は設定を間違えたようだ。行き詰まったところを私にやらせたいのなら、当然七瀬のデータをプレイさせないといけない。だが、このウィンドウと場所からするに、これはゲームの初期設定画面。七瀬のデータではなく、別のアカウントでログインしたようだ。


「ってことは、アバターも私がイチから作っちゃっていいのか」


アバターの初期設定画面に変わり、私は自分の顔をベースに好みの容姿へと少しずつ調整する。あくまでもアバターなので、自分の顔とかけ離れすぎた容姿にはできないようだ。


「えぇ〜、これ以上の肌艶は設定できないの? まぁ、いっか。こんなもんでしょ」


アバターを決めた私は次にパワーリングとアカウントキーというアイテムを入手する。説明文によると必殺技を発動したり、他プレイヤーとチャットをするときに使用するものらしい。中々万能なアイテムだが、できることが多いので使いこなすのには時間がかかりそうだ。


『これから戦闘のチュートリアルへと移ります』


パワーリングを弄っている最中。そのウィンドウが表示されると、単調の白い空間が見る見るうちに景色を変え、壮大な草原のフィールドが生成される。急に空気が澄んで美味しく感じた。風も心地いいし、本当に外へ出てきたような感覚。みんな口を揃えて言っていたが、やはりこの臨場感こそ、VRMMOの真骨頂なのだろう。初めてこの手のゲームをする私にも、その素晴らしさはすぐに実感できた。


『まず、自由に動き回ってみてください』


アナウンスの指示に従いながら私は適当に歩いてみる。コントローラーのグリップを倒して動かすこともできるが、頭でイメージをしても動かすことができた。どういう仕組みかはわからないが、的確に私の考えをトレースしてアバターに反映することができるらしい。


『目の前にモンスター、ウサギが現れました』


草むらからくりんくりんの目をした可愛らしいウサギが飛び出す。一応これでもモンスターということで、私を見つけ次第体に突進してきた。


「痛いっ! 痛覚もちゃんとある!」


『モンスターには殴る、蹴る、あらゆる攻撃が有効です。モンスターのHPを0にした時点でプレイヤーの勝利となり、経験値等の報酬が加算されます』


この辺りは普通のゲームのさほど変わらない。私は一度ウサギの頭をコツンと叩いて反応を見た後は、さーっと説明を聞き流した。


『これで戦闘に関してのチュートリアルを終了します』


綺麗な草原から再び白い空間へ戻されると、私は引き続き残りの設定を処理していった。


 全てのチュートリアルを終え、最後の設定画面へ移行する。


『初期パラメータ設定を行ってください』


細かい能力値を振り分ける工程になったが、私はウィンドウの右下に小さな選択肢が表示されているのを見つける。


『別アカウント メイアのデータをコピーしますか?』


メイアとは、恐らく七瀬のゲーム内の名前だろう。それをコピーということは単純に今までの七瀬が得てきた経験値や必殺技を私に移植するということになる。


「へぇ〜、そんなこともできるんだ。序盤はさっさと進めていきたいしいいかもね」


私は迷わずにメイアのデータをコピーした。俗に言う強くてニューゲームというやつだが、丁度いい。間違って新しいアカウントを作ってしまっても七瀬と同じ能力値でグランド・オロチと戦えば、結果的にいいアドバイスができそうだ。


『それでは、楽しいシティ・モンスターズの世界をご堪能ください』


そのウィンドウと一緒に、私の前に拠点となる街、セントラル・シティへと続く扉が現れ、私はその扉を開く。すると視界が暗転し、ウィンドウと文字を打つキーボードが出る。


『あなたのユーザーネームを登録してください』


ユーザーネームの設定。普通に自分の名前を使う人もいれば、変なコードネームをつける人もいる。私はどうしよっか。


「佐倉蘭だし……クララとかでいいかな?」


無難に自分の名前を元に設定をした私は大きな光に呑まれ、次に目を開くとセントラル・シティの広場に立っていた。




 近未来な都市、セントラル・シティには多くの人が行き交っていた。軽く動き回ってみると、ホテル、デパート、連なるビルが視界に飛び込む。中でも、街の中心にそびえ立つタワーが目立っていた。見上げながら私は言葉を漏らす。


「すっごい……。今までやってきたどのゲームよりも画質がいいしリアルだ。あのタワー、大きくて目が奪われちゃう」

「あれはソロバトルタワーっちゅうんや。1on1で己の実力を示す場所で、一定の人気を集めたプレイヤーはギルドを立ち上げるんやで」


後ろから癖のある関西弁で話しかけられる。振り返ると、狐のお面をつけた着物の男が腕を組んで立っていた。


「もっとも、俺もギルドを立ち上げたギルドマスターの1人やけどな」

「狐さん、そのお面取れないの? 私、相手とはきちんと顔を見て話したいな」


ずっと狐の顔を見ながら話すのも違和感が大きくて疲れる。それに、隠されるとその姿を余計に見たくなってしまう。私が言うと男の人は前屈みになり、まじまじと私のことを見つめてきた。


「お前さん、見たところ初心者やな? ソロバトルタワー見て驚いとったし、何より俺のことを知らないことがいい証拠や」


狐のお面をつけた男はお面を横にずらし、私にその素顔を見せた。爽やかで整った顔立ち。黒髪でこれといった特徴もなく、記憶に残りにくい顔だが確かにイケメンで、影に埋もれるタイプの美男子だ。メガネをかけていたので、メガネキャラとしてなら覚えられるかもしれない。


「君って有名な人なの?」

「夜桜倶楽部ギルドマスターの暁之影道あかつきのかげみち。みんなからは影道と呼ばれている」

「夜桜倶楽部?」

「簡単にゆうたら、このゲームのトップランカーやと思ってくれ」


そう言われて、私はパワーリングを見る。ギルドランキングを確認すると、夜桜倶楽部は3位に位置していた。プレイヤーランキングでは影道くんは2位。疑いようのないトップランカーだ。


「ほんとだ! 影道くん、凄いんだね!」

「せや。ここまでくるのに相当な時間このゲームに費やしたんや。報われんとやってられんわ」


影道くんは私の言葉を素直に受け取り、嬉しそうに笑った。笑うと、彼の優しい部分が感じられてさらにイケメンに見える。七瀬が言っていたイケメンって影道くんのことなのかな? 私はグランド・オロチの討伐以前に、私自身の目的である彼氏探しを優先させた。


「ねえ、七……じゃなかった。メイアってプレイヤー知ってる?」

「メイア? 知らんけど、どないした?」


違うのかよ、と心の中でツッコミつつ、それならば先を越そうとアプローチをかける。


「ううん、それならいいの! もしよかったら一緒にお茶とかどう? もっと仲良くなりたいな」

「気持ちは嬉しいんやけど、この後大切な人と約束があるんや。今度でええか?」

「大切な人? ……それって女の子だよね?」

「お、ようわかったな。その通りや」


大切な人×女の人=恋愛対象だろうな。見事に玉砕した私は静かに肩を落とす。


「男の人ってね、好きな人のことを話すと頰が赤くなるんだよ。影道くんもわかりやすかった」

「お、そんなあこぅなっとったか?」


影道くんは両手を頬に当てて体温を調べる。そうして初めて自分が赤面していることに気づき、照れ臭そうに顔を私から遠ざけた。


「これは参ったな。気に入った、お前さん名前はなんてゆうんや? よかったらウチのギルドに入らへんか? 面倒見るで」

「ありがと、私はクララよ。お誘いは嬉しいけど、私やることがあるから。入るのはもう少し考えさせて」

「クララか。ただの馬鹿思ってたら、意外に慎重なタイプなんやな。なら、俺はこの辺でおいとまするわ」


このゲームをプレイしてから初めて他のプレイヤーと話したが、いろいろと教えてくれて、気立てのいい人だったな。影道くんの背中を見送りながら、パワーリングを操作し、クエストの受け方を調べる。クエストを受けるにはギルド集会ビルに向かう必要があるらしい。


「なら、ひとまずそこを目指そうか」


どこに何があるかもまだよくわかっていないが、私はグランド・オロチと戦うために慣れない近未来な街を本格的に歩き始める。

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