第29話 引継ぎの時

「よし、これでいこう……」


 その手には、屑鉄で作った8分の1サイズフルプレート。

 スキル構成を含めていくつも試作品を作り、デザインまでを追及し続けた結果、ようやくたどり着いたのがこの一体だ。

 なにせ高級素材のミスリルとダマスカスを使うのだから、失敗は許されない。


「さて、行くか」


 計算では今夜で、『次』の鎧づくりに必要な額を貯えることができる。

 そして間違いなく、新たな魔装鎧は強力だろう。

 ただ、これで終わりではない。

 行商人に頼んでいる『アレ』の情報も、数年前のものを最後に更新されていない。

 それは、いつ現れてもおかしくないということだ。

 直接戦うことになるのか、買い取りに名乗りを挙げられるようになるまで稼ぎ続けるのか。

 大事なのはあくまで、強化された装備を使ってどう戦うかだ。


「……待っててくれよ、トリーシャ」


 一言そうつぶやいて、ルカは鍛冶場を出た。



   ◆



 ウインディア王国ダンジョン42階層。

 それはまごうことなき上級者たちの領域。

 比類するもの無き化物たちの巣窟は、並みの冒険者ではたどり着くことすらかなわない。

 まさに選ばれた者だけがたどり着ける、別格の世界だ。

 42階層は、見慣れた岩肌に高い天井。

 血管のように細い無数の魔石鉱脈の光が、幻想的な雰囲気を作り出している。

 装備はまた、メインを鉄に戻しての打ち直しとなった。



【――――魔装鍛冶LEVELⅩ.耐火耐熱】



【――このスキルによって作られた防具は、燃え盛る紅蓮の炎にも焼かれることはない】

 覚えた新スキル。

 意外だったのは、魔法で生まれる炎と自然の炎を別物として捉えていることだ。

 確かに、燃料を燃やすことで生まれる火を【耐魔法】で防ぐというのは無理がある。

 そんなわけで今回はこの【耐火耐熱】を織り込んで装備を製作した。



 全身(鉄)    :【耐衝撃2】【耐魔法1】【パワーレイズ2】【滑走跳躍1】

 右腕(ダマスカス):【耐衝撃3】【耐魔法2】【パワーレイズ3】【耐火耐熱】



 右腕に【耐火耐熱】スキルを載せた形だ。

 また防御スキルは載っていないが、高い威力を誇る【魔力開放】や【拡散】の使える青銅のガントレットに左腕を換えることで、剣を持ったまま敵へ魔力開放を放つことも可能。

 前回の銅装備に比べると、衝撃に強く魔法に少し弱い。

 そんな装備。

 だがその着用も、今夜で最後になる。


「一応、投擲用に廃斧を三つほど持って来てみたけど……どうかなるかな」


 ルカは一人、42層を進んで行く。


「来たっ!」


 この階における初の接敵は、悪魔のような外見をした有翼の魔物だった。

 ガーゴイル。

 身体の大きさは人間に迫るほど。

 しかし五体もの魔物が、空中から隊列を組んで攻撃してくるというのはやっかいだ。

 その手に持った槍で、ルカ目掛けて突撃を仕掛けてくる。


「オラァッ!」


 インベントリから取り出したキングオーガの剣で、先頭の一匹を両断する。

 すると二匹目と三匹目はルカを避けるように左右に分かれた。

 その背後から現れた四匹目が吐き出すのは、魔力弾。

 肩に当たって起きた爆発は、予想通り避けるほどのものでもない。

 しかし爆破によって起きたわずかな姿勢の乱れに乗じて、四匹目の後ろにぴったりつけていた五匹目が飛び込んでくる。


「させるかっ!」


 距離はすでに間近。近すぎるという意味で射程外だ。

 インベントリにキングオーガの剣を戻したルカは、正面から飛び掛かって来た五匹目の槍をかわし、ダマスカスの右手で角をつかんだ。

 そのまま、力任せにぶん投げる。

 五匹目のガーゴイルは、壁に激突して地に落ちた。


「ッ!!」


 しかし五匹目が稼いだ時間を使い、二匹目と三匹目が左右から同時に襲い掛かってくる。

 さらに若干の距離を置いて着地した四匹目は、再び魔力をため出して――。


「それならッ!!」


 ルカは即座にキングオーガの剣を呼び戻し、左右の二匹を――。

 突然。

 三匹のガーゴイルがビクリと動きを止めた。

 戦いの最中、しかも勝負どころといった状況にも関わらず、視線を周りに走らせ出す。

 戦闘中に、動きを止めた……?

 まさに剣を振ろうとしていたルカは、突然始まったその行動に困惑する。

 忙しなく辺りを警戒していたガーゴイルはやがて、一目散にこの場を離れ出した。

 あれだけ綺麗にそろっていた隊列も乱れたまま、我先にと争うように。


「……良くない、感じだな」


 この層まで来ると、ギルド作成の地図も内容がかなり薄くなっている。

 ガーゴイルが出てくることは知っていた。

 その強さ、やっかいさも知識として持ち合わせていた。

 しかし、ガーゴイルが慌てて逃げていくような事態についての情報はどこにもなかった。

 静まり返る42層。

 息を飲み、ルカは辺りに視線を走らせる。


「ッ!?」


 わずかに聞こえた風の音に視線をあげる。

 魔石鉱脈の支脈に彩られた、高い天井。

 そこには、大きな身体を持った四足獣がその翼を羽ばたかせていた。

 通常の数倍はある体躯を持つ獅子。

 しかしその顔は三つ。一つは獅子、一つは山羊、そして最後の一つは竜。

 上半身は獅子で、下半身は山羊。

 そして背に生えた翼と、見るからに硬質な尾は竜のもの。

 三匹の魔物が一つの身体に集まった、その不気味な化け物は――。


「……キマイラ」

「「「ギャオオオオオオオオ――――ッ!!」」」


 ルカがその名を口にした瞬間、三つの獣が同時に雄たけびを上げた。

 全身を震わせるほどの咆哮。

 大きな羽ばたきで近づいてきたキマイラの竜顔が、いきなり上空から炎を吐いた。


「なっ!?」


 飛び下がるルカ、生まれる炎の海。

 キマイラはそのまま空中を旋回して滑空に切り替えると、猛烈な勢いで飛び掛かって来る。


「おおおおお――――ッ!!」


 とっさの防御態勢。

 鉄鎧が火花を散らす。硬質な爪の一撃は、その表面に深い爪痕を残していった。

 それは敵対した冒険者を、初手で死のふちへと追いやるコンビネーション。

 しかし衝撃のほとんどを【耐衝撃】によって防いだルカは、滑走でその背を追いかけていく。

 キングオーガの剣を手に、振り返ったキマイラの首元を狙う!

 するとキマイラは小さく早いステップで、わずかに後退する。

 剣は獅子の鼻先を通り過ぎ、たてがみを散らすにとどまった。

 かわされた!?

 巨躯に見合わない俊敏さに驚愕するルカ。

 そのかすかな動揺を感じ取り、キマイラは喰らいつきにくる!

 ルカはとっさに短いバックステップでかわし……飛び掛かりだ!

 キマイラがさらにもう一歩迫って来ることを予期。先行して突きを放ちに――。


「ッ!?」


 とっさに左腕で頭を守る。

 キマイラが反転と同時に繰り出したのは、竜の尾だった。

 ガリガリと鉄を削る嫌な音が、鉄兜の中に響き渡る。

【耐衝撃】の載ったガントレットと鉄兜に、たった一撃で深いささくれの様な傷が刻み込まれた。

 さらに追い打ちをかけるように、山羊の頭部が吠える。

 するとルカの頭上に魔力光が収束し、痛烈な衝撃波を巻き起こした。


「くっ!」


 その勢いに大きく弾き飛ばされたルカに、トドメとばかりに竜口から放たれる紅蓮の炎弾。


「それは効かないっ!!」


 剣を戻し、【耐火耐熱】のガントレットで振り払う。

 舞い散る火の粉。

 ここでようやく、両者の間にインターバルが生まれる。

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