第19話 バリエーション

「驚くだろうなぁ。まさか俺たちがこっそり先に宝をいただいてるとは思うまい。へっへっへ」


 修理が済んだばかりのバックラーを腕にした男が、意地の悪い笑みを浮かべる。


「そのうえ不死の王はそのまま放置ってのがヤバいよな」

「はは、あんなところで不用意に宝の情報を話しちまうんだから、自業自得だけどな」


 同調する剣士風の男。


「ようやく勝ったと思ったら宝がないなんて、さぞ慌てるでしょうね」


 ししし。と特徴的な笑い方をするのは、姐さん風の女性付術師。


「見つけたのはアイツらが先。でも取りに行ったのは俺たちが先だった。それだけの話だ」

「ああ、不死の王の相手は不運な誰かに任せよう。そもそもアレとまともに戦って勝とうなんて考えない方がいい。やっかいが過ぎるからな」

「それ以外にも、この階層には面倒なのがいるものね」

「そういうこったな。さあ、お宝はもうすぐだ。毒消しポーションもまとめ買いしてきたし、準備に金はかかったが、その分実入りもデケえぞ!」


 そこは、ウインディア王国ダンジョンの30層。

 中級者の中でも、慣れた者たちが主戦場とする一帯だ。

 すでに十年を超えた冒険歴を持つ者たちで組まれたこのチームは、意気揚々と足を進めていく。

 ――一方。


「さて、今夜の狙いは…………」


 同じ階層でそんなことが起きているとは知らず、ラミニウム兜をペカペカ光らせる銀色の甲冑。

 天井や幅員の狭くなっている箇所では少し速度を落として、柔らか頭部に気を使う。

 ルカは今夜も一人、新たな宝を目指していた。


「できれば新スキルを実戦で試したいところだけど……」


【解毒】を覚えた際に、もう一つ起きた予想外の変化。

 それは、今までの新スキルとは少し様子が違っていた。



【――――魔装鍛冶LEVELⅤ-Ⅱ.魔力開放・拡散】



 どうやらこのスキルは、【LEVELⅤ.魔力開放】のバリエーションとして登場したようだった。

 現状、武器による攻撃が有用でない敵に対して【魔力開放】を使っているが、威力が高い分とにかく消耗が激しい。

 よって、武器による攻撃があまり効果的ではない小型の敵が現れた場合の対処に難がある。

 新たなスキルは、そこを埋めてくれるようなものだとルカは把握していた。


「でもこのバリエーション、防具を打ち直さなくていいってのが助かるよなぁ」


【拡散】はあくまで【魔力開放】の拡張スキル。

 新たに装備を打たなくてもいい。

 とはいえここ最近のルカは、嬉々としながらその面倒な打ち直しを繰り返しているのだが……。


「何より、この階層に出る魔物に効果的っぽいんだよな……ッ!」


 突撃してきた影を、とっさに回避する。


「噂をすればなんとやらだな!」


 ルカを急襲したのは一匹の黒い蜂。通称デモンビー。

 地上にいる通常の蜂が持つイメージとは逆に、その身体は黒地に黄色の線が走っている。

 その体躯は八~十センチという魔物にしては小さく、蜂にしては大きなサイズ。

 素早い動きで敵をほんろうし、回りの早い毒を刺す。そして動けなくなった敵を一斉に叩くという恐ろしい魔物だ。

 先行して来た一匹が、群れに戻って行く。

 そこには、百をゆうに超える漆黒の蜂の群れ。


「インベントリ! 青銅のガントレット!」


 一斉に襲い掛かって来るデモンビーたち。

 とっさに青銅のガントレットを装着し、その手を伸ばす。


「いくぞ、魔力開放――――ショット!!」


 左手から一斉に放出される魔力の弾丸たち。

 その一発で、二十匹ほどのデモンビーが消し飛んだ。


「いいぞ、こいつも使える!」


 感じる確かな手ごたえ。威力も程よいし燃費もいい。

 対して突然の範囲攻撃を喰らったデモンビーは、分隊化して特攻を仕掛けてくる。


「オラァッ!」


 ルカはキングオーガの剣の峰で、接近するデモンビーたちを振り払う。

 だがやはり剣による攻撃では、滞空、回避を得意とする魔物には効きが弱い。

 返す刃で第二分隊を叩くと、その隙間をすり抜けて来た一匹を滑走で回転してかわす。

 全体鎧ゆえに、針自体はそう問題ではない。

 マズいのは、デモンビーに取りつかれることだ。

 たった一匹でも鎧の内側へ侵入させることになれば、一気に勝負をつけられてしまう。

 当然デモンビーはそんな展開こそを狙う。

 先行した二つの分隊をオトリにして、三つの隊が同時にルカ目掛けて突撃して――。


「ショットォ!!」


 振り返り様の一撃に、さらに数十匹が弾け飛ぶ。

 新スキル、まさに効果覿面だ。

 ついさっきまで絶妙な連携を見せていたデモンビーたちが、あっという間に隊を崩し始めた。


「よし、このまま一気に行くぞ!」


 勝機を感じたルカは勝負を付けにいこうとして――踏みとどまる。


「……いや、違う」


 その動きは一見、統制が取れなくなったかのように見える。

 しかしデモンビーは各個で散開し、ルカを取り囲むような位置取りをしていた。

 これは拡散型魔力開放の被害を、最小限に抑えるための陣形だ。


「これはやっかいだな……」


 ここまでバラバラになると拡散型の【魔力開放】では効果が薄い。

 とはいえ魔力砲型の【魔力開放】を使うにしても、この散開具合ではムダ撃ちになりかねない。

 各個撃破するには数が多いし、何せ手にしている武器は大剣だ。

 デモンビーたちが別々のタイミングで攻撃を仕掛けてきたら、その全てに対応するのはあまりに難しい。


「賢い戦い方しやがるな」


 器用な立ち回りに感心するルカ。

 そこへさらに追い打ちをかけるような事態が起きる。


「ん……?」


 聞こえて来る、怒声のような羽音。


「おいおい増援かよ!」


 戦いの喧騒を聞きつけたのか、百匹に及ぼうかというデモンビーの軍団が猛烈な速度でやって来る。

 こうなるといよいよ、数で押し切られてしまう。


「ああもう仕方ない! そういうことなら!」


 ルカはそのまま滑走で後退を開始する。

 もちろん背を向ける者を逃がすほど、デモンビーは甘くない。

 怒りを羽音に変えて、一斉に襲い掛かってくる。

 ルカはそのままダンジョン内を逃げ続け、たどり着いた先は一本道。

 やがて頭上の高さに気をつけなければならない地点まで『戻って』来たところで急停止。

 観念したかのように振り返る。

 獲物がようやく動きを止めた。

 そう判断して、怒涛の勢いで殺到してくるデモンビーたち。

 ルカはただ静かに、迫る黒蜂たちに左手を突き出した。


「この狭さなら、避けようがないだろ?」


 青銅のガントレットを着けた左手が閃く。


「魔力開放――――ショット! ショット! ショットー!!」


 拡散型【魔力開放】の連発。

 連続で発射される無数の魔力の弾丸で、殺到して来たデモンビーたちを一網打尽にする!

 魔力光が輝くたびに、弾け飛んでいく多量のデモンビー。

 そして八発目の散弾攻撃が見事、最後の一団を消し飛ばした。

 ルカは「ふう」と大きく息を吐く。


「……でも、この蜂たちってどこから出てきてるんだろ」


 魔石からこの大きさのハチが、たくさんわいてくる感じはない。


「そうなると、どこかにデモンビーの女王でもいるのかね?」


 数にして二百を超える黒蜂の軍団を、一人で制圧。

 そんな『とんでも』を成し遂げてなお、ルカは息を切らすでもない。

 再びラミニウム兜で宝の方向を確認しながら、30階層の奥へと進んで行くのだった。

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