第9話 本人は偉業に気づかない

 そのまま始まる、文字通りの力勝負。

 ……いける!

 やはり力負けはしていない。

 ルカは滑走で一気に後方へ下がると、今度は全力の低空跳躍で最短距離を行く。

 弾丸の様な勢いで迫るルカが【パワーレイズ】と共に放つは、強烈な掌底!


「グァガッ!!」


 弾き飛ばされた悪鬼の王へ、さらに追い迫っていく。

 一直線に距離を詰め、急加速。


「ッ!?」


 突然の加速で再び虚を突かれたキングオーガに、右拳が突き刺さった。

 大きくたたらを踏んだところにもう一撃、左の拳を叩き込んだところで旋回するように距離を取る。

 するとキングオーガが力任せに振り回した大剣は、むなしく空を薙いだ。

 ルカは再び前方へ。

 迫る剣をかわし、短い跳躍によるタックルでキングオーガを弾き飛ばす。


「このままたたみ掛ける!」


 地を滑り、真正面から追い込んでいくルカ。

 そんな敵手を前に、キングオーガは地面に剣を突き刺した。


「……なんだ?」


 まるで勝負をあきらめたかのような素振り。

 しかしその直後、ふくれあがる圧倒的な気迫に悪寒が走り抜ける。

 突き出したキングオーガの両手に、強烈な深紅の炎が燃え盛り始めた。


「炎! ファイアボルトってやつか!?」


 否。それはオーガのファイアボルトではなく、悪鬼の王が誇る最終奥義。

 敵を一発で灰にする灼熱の魔法・クリムゾンフレア。


「グルアァァァァァァァァ――――ッ!!」


 咆哮と共に放たれる、灼熱の豪炎。

 その禍々しい業火は、直撃すれば一瞬で敵を焼き尽くし、消し炭にする。

 自らの勘違いに気づかないルカは、真正面から灼熱の業火へと突っ込んでいく!

 そして、激突。

 赤熱の閃光が駆け抜け、弾けた炎が一気に燃え上がる。

 夜空は一瞬で焼き尽くされ、付近一帯は炭と灰に変えられた。

 直撃だった。

 それは魔法による支援があったとて、直撃すれば王国の騎士ですら焼き尽くす無情の焔。

 普通に考えれば、生き残るどころか人の姿を保つことすら不可能だ。

 ――――しかし。


「ッ!?」


 勝利を確信していたキングオーガは、我が目を疑う。

 今だ燃え盛る深紅の獄炎。

 そのど真ん中を突っ切って来る、一体の甲冑に。


「耐魔法……最高だっ!!」


 黒く煤けてこそいるが、その表面に大きな損傷はなし。

 あり得ない事態に、驚愕するキングオーガ。

 その隙を突くように、ルカは滑走の速度を上げていく。


「オラァァァァッ!!」


 腹部に叩き込む全力の鉄拳。

 体勢を崩したキングオーガは、慌てて後方へ大きく跳躍。

 もう一発! ここで勝負を決めるような『何か』があれば……っ!

 圧倒しているとはいえ、相手はその鋼の肉体を武器とするオーガの王。

 ハンマーを失ったルカには、決め手がない。


「何か、何かないか……ッ!!」


 するとその視界に、地面に突き立ったままの大剣が入ってきた。


「こいつだっ!」


 キングオーガの剣を手に取ったルカは、滑走の勢いのままに跳躍。

 今だ足をふらつかせている鬼の王に、全力で大剣を振り降ろす!


「これで……終わりだああああああああ――――ッ!!」


 一刀両断。

 あまりに重い一撃が悪鬼の王を、その無敵の肉体を斬り裂いた。


「グギャアアアアアアアア――――!!」


 凄絶な断末魔をあげながら、ヒザを突くキングオーガ。

 その巨躯が、音を当てて倒れ伏す。


「と、とんでもない緊張感だったな……」


 全身を痺れさせる激しい高揚感の中、大きく息を吐く。

 すると森にも、静寂が戻ってきた。


「……この剣、使えそうだな」


 キングオーガの残した銀色の大剣は、『王』の持ち物らしい瀟洒な文様が刻まれていて、なかなかの風格を感じさせる。


「インベントリ」


 武器として『キングオーガの剣』を収納。

 あらためて息をつくと、ルカは自作の鎧を見下ろしてみる。


「でも、一人でオーガに勝てるなんて……この鎧、本当に強いのかもしれない」


 ルカは冒険者ではない。

 だからまだ気づかない。その『鎧』の異常なまでの強さに。

 そして知らない。

 たった一人で、キングオーガ相手に無傷の勝利を飾る。

 これだけの奇跡を起こしてなお、この時点では基礎が完成しただけ。


【魔装鍛冶】のスキルはまだ、始まったばかりなのだということを。



   ◆



「間違いない、みたいだな」

「うん、キングオーガの首飾りだよ」

「でも、それならどうして討伐者は誰にも報告していないんだ? キングオーガを倒したとなれば報酬も出るし、ランク査定にも大きく影響するんだろ?」


 冒険者に連れられてやって来た、二人の騎士が悩む。

 なんてことはない。

 ギルドに連絡がないのは、キングオーガ討伐をなした人物が冒険者ではないためだ。

 ルカは、冒険者のシステムをよく知らない。


「おい、この燃えあとを見てくれ……相打ちだったんじゃないか?」


 昇り始めた太陽を背に、ベテラン冒険者が焦土と化した一帯を指さした。


「だとすれば、素晴らしい戦士を失ったことになるな。優秀な者が一人でも欲しい状況だというのに……」

「王国の方も大変なんだな」

「ああ。これほどの力を持つのなら、ぜひとも力を貸してもらいたかったのだが……」


 騎士は、悔しそうに唇をかむ。

 ――――一方その頃。


「んん……」


 当のルカはすでに宿舎へ帰還。

 さらなる鎧の進化を夢見ながら、寝返りを打っていたのだった。

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