第3話 拾った男の娘が可愛すぎてヤバい

 翌日。

 週の一番最初、月曜日が始まった。


 蓮と雑談しながらのんびり学校に向かう。

 教室の前で別れて、それぞれのクラスに入る。

 いつものように授業が始まって、いつものように寝ていたらあっという間に昼になった。


「蓮、一緒にメシ食おーぜ!」


 隣のクラスに顔を出して大きな声で呼べば、蓮は弁当箱を手にパタパタやって来た。

 小動物みたいで可愛い。


「うん!」


 嬉しそうに顔をほころばせた蓮と一緒に、誰もいない屋上に移動。

 ベンチに並んで腰かけてから、一緒に弁当箱を開いた。


「お~、今日もうまそう!」

「栄養バランスも味もばっちりだよ」

「さすが蓮! 将来いいお嫁さんになれるぜ!」

「そうかな? ……なれるといいな」

「絶対になれるさ。なんなら私のところにお嫁さんとしてくるか?」

「ふぇ!? ぼ、ボクが九条さんのお、おおおおお嫁さんに!?」


 からかってみたら、顔を真っ赤にしてあたふたしだした。

 反応がいちいち可愛すぎんか?


 ……それはそうとして、もしも蓮が私の嫁になったら。

 きっと、さぞかし楽しいのだろうな。


「早くご飯食べようよ!」


 私の思考は、照れ隠しに急かしてきた蓮の声によって中断された。


「そうだな。腹が減ってしょうがないぜ」


 私も食材を口に運ぶ。

 相変わらずどれもおいしくて、あっという間に食べきってしまった。


 ちらりと隣を見れば、蓮はまだ食べ途中のよう。

 私はニヤリと笑って、蓮の弁当箱から食べかけの玉子焼きをひょいっとかっさらう。

 そのまま口に放り込んだ。


「あっ! ちょっと!」

「ん~うまい!」

「む~」


 蓮が恨みがましく頬をふくらませる。

 待って、その表情も可愛すぎる……!


「間接キスしてやったぜ。どや?」

「え? あ……」


 軽く煽ったら、蓮は赤面して顔を手で覆い隠してしまった。


 ホントに反応が尊い。

 もっとからかいたくなっちゃうじゃんか。


「れ~ん~」

「な、何……?」


 少しばかり赤みが引いた顔をこちらに向けてきた蓮に、具材をつまんだ箸を差し出す。


「ほら、あーん」

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと! それは恥ずかしいよ!」

「嫌なのか……?」


 ウルっとした感じの瞳で見つめながら分かりやすく肩をすぼめてみせたら、蓮は髪の毛をいじったり天をあおいだり顔を赤くしたりした末に、意を決して口を大きく開いた。

 リアクションがいちいち可愛すぎる……!


 恥ずかしさを紛らわすためか、蓮は目をつむっている。

 それをいいことに、私は尊すぎるその表情をじっくり鑑賞させてもらいながら、箸でつまんだ具材を自分の口に運んだ。


「……って、ちょっと! なんで食べちゃってるの!」

「蓮が可愛すぎてつい」

「つい、じゃないよ! 恥ずかしかったんだからね!」


 蓮が私の肩をぽかぽか叩いてくる。

 言動がもう可愛すぎてヤバいね。丼ぶり百杯は余裕でいけるわ。


「すまんすまん。ほら、あーん」


 もう一度あーんすれば、今度は目を瞑らずにパクリと食べてくれた。


「間接キスした感想は?」

「……恥ずかしかったけど、悪くはないかな。ものすごく恥ずかしかったけど」

「可愛いなぁ、このやろ~!」


 顔を逸らしながら控えめに言ってきた蓮が可愛すぎて、思わず抱きしめてしまう。

 身長の関係で、私の巨乳がむにゅっと蓮の顔に触れた。


「きゃっ!?」


 可愛らしい悲鳴が聞こえたと思ったら、蓮が耳の先まで真っ赤にしてプルプル震えだした。

 あらやだ超絶可愛い。


「いきなりはダメだよいきなりは……」

「おっぱいが当たって恥ずかしがるなんて蓮くんは初心うぶですなぁ」

「は、恥ずかしがってないし!」

「お、ツンデレか? なら、もう一回だな」

「ひゃあ!?」


 もう一度ギュってしたら、蓮は今度こそ俯いてしまった。

 顔を隠す手の、指先まで赤く染まっている。


 尊さのバロメーターが限界突破しててヤバい。


「蓮、膝枕して」


 頭をナデナデして蓮が落ち着くなり、私はそう切り出した。


「メシ食ったら眠くなってきた」

「……もう。九条さんはワガママなんだから」


 蓮は渋々といった感じで、自分の太ももをポンポンと叩く。


 ちなみにウチの学校は、男だろうが女だろうがスカートとズボンのどちらをはくかは自由に選べる。

 蓮はスカートをはいているから、生の太ももで膝枕してもらえるぜひゃっほう!


「それじゃあ、お言葉に甘えまして」


 絹のように滑らかな乳白色の太ももに、ゆっくりと頭を下ろす。

 むにっとした柔らかくて気持ちいい感触が、後頭部に伝わってきた。


 見上げれば、蓮の可愛らしい顔が視界にでかでかと映った。

 新手の拷問かな? 余裕で恥ずか死ねるよ?


「……どうかな?」

「一生このままでいたい」

「九条さんのそういうところズルいよ」


 蓮は小さな声でそう言うと、おずおずと私の頭に触れてきた。

 そのまま優しく撫でられる。


「……九条さんに頭撫でられた分の仕返し」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、頑張って仕返ししようとする蓮。

 その姿が最高に尊くて、私は思わず目を閉じた。


 じゃないと、心臓が破裂しそうだった。






◇◇◇◇



 人生で一番恥ずかしかったであろう屋上でのひと時を過ごした後、ボクは教室に戻って授業を受けていた。

 だけど、先生の話が一向に頭に入ってこない。

 ずっと九条さんのことばかり考えていた。


 正直に言うと、ボクはクラスに馴染めていない。

 容姿とかいろいろを受け入れてもらえなかったから。


 だからだろうか?

 ボクは、かなり前から九条さんのことを羨ましく思っていた。

 ボクと同じ一人ぼっちなのに、いつもどこか楽しそうだったから。

 その明るさに憧れていたのかもね。


 そんな中、家族といろいろあってボクは家出した。


 その時だ。

 九条さんと出会ったのは。


 九条さんは相変わらず威圧感があってすごく怖かったし、かなり強引だった。

 けど、感謝してる。


 行き場のなかったボクを家に泊めてくれて、そして何よりもボクのことを受け入れてくれた。

 そんな九条さんは、怖い見た目に反してすごく面白い人だった。


 一緒にいるだけで楽しい。

 たくさんからかわれてすぐ悶え死にそうになっちゃうけど。


 とにかく、家に帰りたくない理由が増えるくらいには九条さんともっと一緒にいたいって思ってる。


 カッコよくて、笑顔が眩しくて、すごく優しい。

 たった三日の短い付き合いだけど、ボクは九条さんのことが気になっていた。


「それでは、今日の授業はここまで」


 チャイムが鳴って、先生が教室を出る。


 最後の授業が終わったことで、クラス内が騒がしくなる。

 ボクもまた、内心では喜んでいた。

 すぐにでも九条さんがやってきて、「蓮、一緒に帰ろーぜ!」と元気に声をかけてくるはずだ。


 ──九条さんではなかった。


浅桐あさぎりくんだっけ? アンタ調子に乗ってるわよね?」


 ボクに話しかけてきたのは、派手に髪を染めて制服を着崩した女の子。

 いわゆるギャルってやつの、遠野とおのさんだった。


「……調子に乗ってるってどういうこと?」

「その格好のことに決まってるでしょ。夏休みが終わって学校に来てみれば、なんでアンタが私よりも可愛くなってるのよ? ホントに目障りだわ。不愉快。すぐにやめてくれないかしら?」


 だいたい察してたけど、予想通りだった。


「これはボクがやりたくてやってるの。文句を言わないで」

「そもそも、アンタは男でしょ。なんでスカートとか堂々と着てるのよ? ホントに気持ち悪いんですけど」

「自分の格好くらい自分で決めさせて──」

「おい、遠野さんに口答えしてんじゃねぇよ」


 ガラの悪い数人の男子生徒が、ボクの机の周りを取り囲んだ。

 彼らは遠野さんの取り巻きみたいな存在だ。


「調子に乗んじゃねぇぞ?」

「お前は黙って遠野さんの言うことを聞いてればいいんだよ」


 取り巻きたちがまくし立ててくる。


 ボクには逆らうだけの勇気なんてなかった。

 体格差も人数差も歴然なんだ。

 怖くて震えるに決まってるよ。


 クラスメイトも一人孤立したボクをかばってくれるような人はいない。

 巻き込まれないように遠目から見ているか、そそこくさと教室を出るかの二択だ。


「黙ってねぇでなんか言えよ!」


 取り巻きの一人が拳を握りながら近づいてきた。


 助けて!


 心の中で叫んだ、その時。



「テメェら蓮に何してるんだ?」



 額に青筋を浮かべた九条さんが、ボクのほうに向かってきた。

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