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一階の診察室に潜んだサオリの耳には、相変わらずイヤフォンが差し込まれていた。仁科の身体に取り付けた盗聴器はとっくに音を拾わなくなっている。ヘリコプターが通信範囲の外に出たのだ。
代わりに聞いているのは、スマホのインターネットラジオだ。仁科に預けていた、自分のiPhone7だ。ヘリの後を追跡する報道各社が、テレビとの同時実況を行っている。
『――ヘリコプターは、現在ウトナイ湖上空に近づきつつあります。新千歳空港までは、ほんの数分の場所です――』サオリは、ためらわずにの起爆装置を作動させた。『あ、大変です! ヘリコプターが爆発を――』
閉じたドアの隙間からのばした内視鏡のモニターで、玄関の様子が確認できる。
最上階で火災を起こす起爆装置は、すでに点火している。人質の部屋の大爆発も間近だ。
爆発が起これば、警察や救急隊員が大量に押し寄せる。一階のフロアが病院関係者で溢れれば、紛れ込むのは容易い。
サオリは、警察が玄関を突破するのをじっと待った。
*
2本めの消火器はずっしりと重かった。まだ中身が残っているようだ。
頼む、足りてくれ……。これ以上は時間をかけたら間に合わない……。
体の動かせる部分を使って、なんとか消火器を抑え込む。グリップを握ると、勢いよく白い粉が噴出する。
これならいける!
と、テレビが実況するかすかな声が、耳に――いや、心臓に突き刺さった……。
『あ、大変です! ヘリコプターが爆発を……』
間に合わなかったのだ……。多恵を……守れなかった……。
私は、やはり無力だったのだ……。
それでも、消火剤を炎に向け続ける。
『いや、お待ち下さい! 爆発は、ヘリコプターの真下で起こったようです。ご覧になれますでしょうか? ヘリコプターは爆発と同時に激しく揺らぎましたが、飛行を続けています! あ、機体の下部からうっすら白煙が出ています! 爆発の損傷によるものでしょうか⁉ しかし現在は、安定を取り戻しています! どうやらウトナイ湖の湖畔に着陸するようです!』
消火器の勢いが急激に弱まる。
機体は、無事……? ならば、多恵も生きている……。本当に無事なのか?
消火器のグリップを抑えてけていたあごを、ぐったりと離した。二本目の消火器を使い切った。タンクは空になった……。
もう、押さえる力など残ってはいない。
そしておそらく、火も完全に消えている……また燃え広がることは、ないと思う……人質は、無事だ……
意識が遠のく。
多恵……お願いだ……生きていてくれ……。
私には……あと、一つ……一つだけ……やるべき……ことがある……
目の前に、点滴のチューブの端がある……血液が少しずつ漏れ出ている……手を伸ばす……右手が届く……血溜まりを手のひらで広げた……そこに、警察への伝言を残した……。
『か・ね・は・く・う……』
読めれば、いいのだが……
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