第20話 新たな料理を求めて

 ――翌日、トレの村での名物を十分に堪能した俺たちは、ツリーハウスの宿をチェックアウトして次の目的地へと向かうことにした。


 相変わらずどういう理屈かは不明だが、深い木々を突き抜けて優しく降り注ぐ陽の光に心地良さを感じながら村の出口へと向かって歩きはじめる。



 すると、


「ハルトさん、エレンディーナ様……」


 ツリーハウスから出てくる俺たちを待っていたのか、テッドさんとソフィアさんの二人が俺たちに話しかけてくる。


「おはようございます」

「昨日は、大変お世話になりました」

「テッドさん、ソフィアさん、おはようございます」

「おはようなのじゃ……ところでエレンディーナって誰じゃ? ワシはただの可愛いエレナちゃんじゃぞ」


 あくまで銀の賢者と認めないつもりなのか、素知らぬ顔をするエレナを見て、俺とテッドさんは顔を見合わせて互いに苦笑する。


 だが、すぐに表情を引き締めたテッドさんは、俺たちの装いを見て察したのか、少し寂しそうな顔をする。


「……お二人共、もう出発してしまうんですね?」

「はい、この村での名物は思う存分味わいましたから。それに、お土産も充分いただきましたしね」


 そう言って俺は、昨日の夜にテッドさんからもらった沢山のモルボーアの肉を掲げてみせる。


「これ以外にもリコも買いましたから、次の街に向かう道中も充分に楽しめそうです」

「フフッ、そうでしたね。それがあなたたちの旅の目的でしたね」


 俺たちが食べ歩きの旅をしているのを知っているテッドさんは、状況を察してソフィアさんと顔を見合わせて小さく頷く。


「実は、お二人が今日の朝早く出発するのではという予感はありました」

「ですから、ハルトさんにこれをお返ししようと思いまして……」


 そう言ってソフィアさんが取り出したのは、俺がミートローフを作るためにテッドさんに貸した金属製のエンゼル型だ。


「テッドのために料理を考案していただいただけでなく、調理道具まで貸していただきありがとうございました。ハルトさんの料理のお蔭で、私たちの結婚式はとても素晴らしいものになりました」

「いえいえ、喜んでいただけたのなら何よりでした」


 俺はゆっくりとかぶりを振りながら、二人に向かって笑いかける。


「それに、そのエンゼル型はテッドさんに差し上げますよ」

「えっ? で、ですが……」

「気にしないで下さい。それは俺からお二人への結婚のお祝いと思って下さい」


 それに、


「そのエンゼル型があれば、いつでもミートローフを作れますし、何かと今後の役に立つんじゃないんですか?」

「えっ?」

「ハンバーグや焼肉でもいいですが、それがあれば、モルボーアの肉を使ってのとっておきのおもてなしができるじゃないですか」

「「あっ……」」


 俺の意見を聞いたテッドさんたちは、何かに気が付いたかのように互いに顔を見合わせる。



 トレの村の主な収入源は観光業であり、リコやモルボーアをはじめとする名産品であるが、その内の一つ、モルボーアは癖が強い所為で人の好みがハッキリと別れる。


 だが、その問題が解決した今、モルボーアもトレの村の名物として多くの人を喜ばせることだろう。

 そこにもう一つ、リースミートローフという見栄えする一品を特別な日を迎える人に出すことができれば、この村の観光事業に新たな彩りを添えることができるのではないだろうか。


「ハルトさん、何から何までありがとうございます」

「早速ですが、すぐにでも村長に提案してみます」

「はい、お二人の頑張りで、この村がさらに発展することを祈っていますよ」


 もう早速あれこれと施策を考えているのか、やる気に満ちた目をした二人を見て、俺はこの村の将来は明るいと思った。



 その後、簡単に出来そうなハンバーグと焼き肉のソースをいくつかソフィアさんに伝授して、俺たちはトレの村を後にした。




 トレの村を後にして、数日前に歩いた長閑な土の道を歩きながら、俺は元の大人の女性の姿へと戻ったエレナへと質問する


「エレナ、次の目的地はもう決まっているの?」

「そうじゃな、この度は肉を思うさま喰らったからのぅ……くぁ…………」


 エレナは豊かな胸を強調するように大きく伸びをして欠伸を一つすると、口の端を吊り上げてニヤリと笑う。


「そうじゃの……山と来たら次は海……魚介類とかどうじゃ?」

「おっ、いいね。この世界の魚も凄い興味あるな……モルボーアみたいに面白い魚とかいたりするの?」

「どうじゃったかの……じゃが、ここからそう遠くない場所にあるフロッセという港町まで行けば、何かしら面白い食材に出会えると思うぞ」

「オッケー、じゃあ次はその港町を目指そう」


 俺が指をパチン、と鳴らして了承すると、


「決まりじゃな」


 エレナも白い歯を見せて嬉しそうに頷く。



 数奇な出会いではあったが、エレナと出会えたことは本当に幸運だった。


 エレナのお蔭で改めて旅をすることの楽しみと、喜びを再認識することができた。


 知らない街で知らない人と出会い、知らないものを見て、触れ、体験する。

 それこそが旅の醍醐味であり、俺が求めていたものだ。



 果たして次の目的地であるフロッセという港町では、どんな料理との出会いがまっているのだろう。


 それに港町というくらいだから、きっと色んな国からの交易品とかもあるのかもしれない。

 魚介以外にも、色んな面白い食材や料理に出会えるかもと思うと、今から楽しみでしょうがなかった。



 これも全て、銀の賢者と呼ばれるエレナが俺をこの世界へと招いてくれたお蔭だ。

 俺は双眸を細めて猫のように伸びをしているエレナを見る。


「ん? なんじゃ?」

「いや、ありがとうって思ってさ」


 今更こんなことを言うのもどうかと思ったが、俺は改めてエレナに感謝の意を伝える。


「エレナがいなかったら俺、きっと日本で腐ったまま日々を無駄に過ごしていたと思う。それがこんなに充実した毎日を送らせてくれて……本当にありがとう」

「……フ、フン、なんじゃ藪から棒に」


 エレナはまるでツンデレヒロインのように腕を組み、少しでも威厳を出すためか顎を上に向けながら話す。


「別に礼を言われることなど何もないわ。ワシとハルトの関係は対等じゃ。そうじゃろ?」

「……うん、そうだね」


 どうやら銀の賢者様は礼を言われるのが苦手なようなので、俺は少し気持ちの伝え方を変えることにする。


「じゃあ、改めてこれかもよろしく。この世界の美味しいものを食べ尽くそう」

「無論じゃ。これからもハルトの料理、期待しておるぞ」

「うん、そっちは任せてよ」


 そうしてエレナから差し出された手を、俺は手を伸ばしてしっかりと握り返す。



 こうして気持ちを新たに互いの立場を確認し合った俺たちは、肩を並べて一本しかない道を歩きはじめた。

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