第121話 ディーニャのポーション その1

「――ここが自分の店ッス!」


 俺の店から歩くこと約十五分、『薬屋ディーニャ』に到着した。


「へえ、これが……」


 店の外観は素朴な木造建築で、区外にあった頃の『グルメの家』に少し近い。


 街の薬屋という感じで、個人的に好きな雰囲気だ。


「ささ、入ってくださいッス!」

「ああ、お邪魔するよ。ディーニャ」


 俺はそう言って、店内に足を踏み入れる。


 道中の会話で打ち解けたので、今はタメ口を使っている。


 名前の呼び方についても、本人の希望でディーニャさんからディーニャになった。


「おお、草? の匂いが」

「あ、すみません、臭いッスよね……」

「いや、嫌いな匂いじゃないよ」


 店内には、薬草のような不思議な匂いが充満している。


 以前にもポーションの購入で薬屋に入ったことはあるが、その時よりも匂いが強い。


 とはいえ、自然味の強いハーブ系統の香りなので、臭いわけではなくどこか落ち着く感じがする。



「キュキュ!」

「お、ツキネも嫌いじゃないか?」


 一緒に連れてきたツキネも、俺の肩で賛同するように鳴く。


 ディーニャと話している時は眠そうに丸まっていたのだが、すっかり目が覚めたようだ。


「キュ!」


 肩から床に飛び降りると、店内を物色するように歩き出した。


「商品だから触らないようにな」

「キュウ!」


 前脚を上げるツキネを横目に、俺も店内の様子を見る。


 さすが薬屋なだけあり、ポーションの種類が豊富だ。


 ぱっと見ただけでも十種類以上、商品棚のほとんどがポーション類で埋まっている。


「ディーニャ、これは全部一人で?」

「そうッスね。調合は一人でやってるッス。自分は裏にいることが多いので、接客担当のはいるんスけど……」


 一人だけいる接客担当は、ディーニャが俺の店を訪ねる前に帰したらしい。


 それにしても、全ての商品を一人で調合しているとは……一級薬師の肩書は伊達ではない。


 その後、一頻り店内を見せてもらった俺は、奥の調合室へと案内される。


「これが自慢の調合室ッス!」

「おお、すごいな……」


 十畳ほどの比較的広い空間に、ずらりと並んだ器具の数々。


 フラスコやビーカーのようなガラス器具が多いので、雑多な理科室のような印象だ。


 部屋の一角には薬草用の棚があり、大量の薬草が種類別に詰められている。


「少し散らかってはいるッスけど、設備にはかなり力を入れてるんスよ」

「ああ、なんとなくわかるよ」

「キュウ!」


 たくさんの器具に溢れた空間は、素人目にもプロの部屋という感じがする。


 ツキネも興味を惹かれたらしく、俺の頭に乗って調合室を見回していた。


「それじゃ、さっそくなんスけど……」


 そんな俺達の傍ら、ディーニャは調合台と思わしき机に置かれたポーションの一つを手に取る。


「ポーションの味見をお願いできますか?」

「了解。そのポーションは?」

「通常タイプのライフポーションっス」

「ライフポーション……たしか、体力を回復させるポーションだよな」


 ディーニャから瓶を受け取り、ポーションを観察する俺。


 瓶を少し傾けると、緑色の液体が中で揺れる。


 ライフポーションは以前立ち寄った薬屋で購入したが、その時の物に比べてずいぶん色が濃い気がする。


「通常タイプってことは、それ以外のタイプもあるのか? 前に行った薬屋では、初級、中級、上級タイプがあったと思うんだが……」

「そうッスね。通常タイプと強力タイプの二種類があるッス」


 ディーニャはそう言って、ポーションの説明をしてくれる。


 俺が言ったように初、中、上級の三タイプに分ける店が多いらしいが、『薬屋ディーニャ』では二タイプ制をとっているらしい。


 通常タイプが他の薬屋で言う中級と上級の間、強力タイプが上級のさらに上の効果を誇るそうだ。


「上級より上って……すごいな」

「味の調整を除けば、腕利きの自信があるッスから。上級よりも上のポーションも作れなくはないんスけど、さすがに味が悪すぎて売れる気が……」

「なるほど……」


 しょんぼりした様子のディーニャにそう返し、再び手元のポーションを見る。


 かなり色の濃いポーションだと思ったが、それだけ薬草の成分が溶け出し、薬効が高いということなのだろう。


「強力タイプも味見用に用意してるんで、ぜひあとで味見をお願いしたいッス」

「そうだな。ただ、まずは……」


 俺はそう言って、瓶の栓に手をかける。


 ポン、と軽い音と共に栓が抜けると、ふわりと鼻をつく苦い香りが漂ってきた。


 てっきり、ハーブ系の匂いかと思っていたが、それとは一線を画す薬感の強い香りだ。


「これは……強烈そうだな」

「キュウゥ……」


 頭に乗っていたツキネも肩に降りて匂いを嗅ぐが、ぶるりと体を震わせて逃げるように飛び降りる。


「…………いくぞ」


 ごくりと唾を呑み、瓶を口に近づける俺。


 苦い香りが一層強まるが、息を止めてぐっと液体を飲み込む。


「……んごっ!? がはっ!! げほっ!! げほっ!!」

「ちょ、大丈夫ッスか!?」

「キュウ!?」


 激しく咳き込んだ俺を見て、ディーニャ達が心配そうに声を上げる。


「げほっ……いや……大……丈夫っ!」


 俺はそれを手で制しながら、ゆっくりと呼吸を整える。


 喉の奥のポーションが体に馴染む感覚があり、十秒ほどで落ち着くことができた。


「ふぅ……いや、ごめん。ちょっと変なとこに入って」


 苦いだろうと覚悟はしていたが、その苦みは想像以上。


 不覚にも驚いてしまい、変な飲み込み方をしてしまった。


「……待ってくれ。もう一度」


 俺はディーニャにそう言うと、今度はより慎重に、少量のポーションを口に含んでみる。


 瞬間、強烈な苦みと渋みが口内を刺激したが、わかっていれば飲めないことはない。


 むせることなく飲み下し、「ふぅ」と短い息を吐く。


「……なるほどな」


 たしかにこれは想像以上の難敵だ。


 すぐに体に馴染むため後を引く辛さはないが、口に入れた瞬間のインパクトはすさまじい。


 ポーション監修で有名な料理人が一口飲んで諦めたのも、実際に飲めば納得できる。


「……その、どうにかなりそうッスかね?」

「うーん……まだなんとも言えないかな。とりあえず他のポーションも味見していい?」


 【味覚創造】という心強いスキルがあるのはたしかだが、監修役としてどれくらい調整に関われるかもまだ不明だ。


 そう思いながら答えると、「もちろんッス!」と嬉しそうに笑うディーニャ。


 そうして、計5種類のポーションを飲むことになったが、どのポーションも負けず劣らず個性的な味がするのだった。


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