巨大ロボットに乗りたいが、この世界にはそんなものは無いので、機動鎧を乗りこなす。

AtNamlissen

第1章

第1話 転生

 高校からの帰り道、夕焼けもなく、地面とさして変わらない空を見上げつつ、坂道を下る。


 人類最後の新天地、宇宙に無数に打ち上げられた人造の植民地であるスペースコロニーの一つ、日本所属の「天」の四角四面な区画整備は、なにも教科書を開く必要もなく空を見上げればすぐに見ることが出来る。

 つやのある暗色の屋根の並びと、その隙間を埋めるように塗りたくられた灰色のコンクリート、そこそこの広さを持っているように感じられるコロニー最大の森林公園も、その冷たい格子の中では小さな緑色の点にしか見えない。

 一度中に入ってしまえば永遠に出られないようにも感じられる鬱蒼とした森が、まさか一分のずれもなく直角に交差した道路によって正方形に囲まれているとは、まだ幼かった僕には想像もつかなかっただろう。

 小さいころ、いくら空を見上げてもあの森林公園を見つけることが出来なかったことは、昔を思い出せば当たり前のことのように思える。


 しかし、僕らに不自由を強いているように見えなくもない細かい格子の列にも、両端というものがある。


 僕らが天窓と呼んでいる、唯一本物のソラを見られる場所が、コロニーを四分割する深い溝のように区画を縦断して存在している。

 これを設計した人がどれだけ芸術に長けていたとしても、コロニーの安全を思うならそんな設計にすべきではなかったと、僕は天窓のことを初めて認識した時にそう思った。何もない宇宙を見るためにこんな巨大で丈夫さに欠けた窓を嵌めるなんて、と。

 そう考えたのはいつだったか、…実は人間は殆ど空なんて見ていない、僕がコロニーに天窓というものがあることをはじめて知ったのは、中学一年生の春休みの旅行で天窓に掛かる橋を通りかかった時のことだ。


 人間には思いもよらないような規則性に則っているのだろう、乱雑に散った星が天窓の深い紺色の中に浮かび、数百、数千、あるいは数万年前の光をもって僕の網膜を刺激する。

 

 現在はつまらないが、過去はもっと面白くない。どうせ太陽は数億年間同じように光り続けているし、他の恒星も大体そんな感じだろう。見えるのは代り映えのしない暗闇と光点だけ。天窓なんて見るだけ無駄だと、そう思っていた時期も僕にはあった。


 ふとその代わり映えしない暗闇と光点のうちに一本の赤い線が奔る。


 今日は運がいい。


 あれはモリスと呼ばれる高機能のハルトマンアーマーだ。型式番号は確かHA-4220。

 ハルトマンアーマーはアメリカ製の、陳腐な言い方をすれば「巨大ロボット」で、一応説明すると人と同じ形でだいたい人の十倍くらいの大きさの巨大兵器だ。


 こういった巨大兵器は国によって型や規格が異なり、僕の暮らすコロニーを持つ日本は、アメリカと同じ規格を使っているから呼び方は変わらないが、例えばイスラエルの機体は「ゴレム」、インドの機体は「ラクシャサ」と呼ばれていたりする。

 まあそんなことを知っていても実生活になんの役にも立たないのだが、いわゆるオタク知識である。


 自分で言うのもナンだが、僕はいわゆるロボットオタクというやつであり、決して機械などに詳しいわけではないが、やたら型式番号や「巨大ロボット」に関する知識を持っている。

 将来は是非ハルトマンアーマーのパイロットになりたいと考えていたが、最近の中間考査で数学と理科の成績が芳しくなく、どうしても理系の大学を出ないと難しいパイロットへの就職を諦め、文転しようかと割と本気で考えている今日この頃である。


 今は何かしらの飛行訓練をしているのだろう。訓練でよく使われるルートから考えると、あと一、二回はあの隙間からモリスが見れるだろうと思い、鞄に常備しているカメラを取り出しつつ、この場で立ったまましばらく待とうと決める。

 ずっと立っていると足も疲れてくるだろうと思ったので後ろのコンクリート塀に寄り掛かることにして、ろくに後ろも見ずに体を倒す。


 コンクリート塀があったのかなかったのか、それすら明確ではないが、確かに見積もっていた場所に僕の背を支える何かしらのものはなく、僕はバランスを崩して、地面に倒れ込んだ。


 一時期どこの国でも流行っていた、友達の座ろうとした椅子を引くという犯罪じみた行為は、相手に半身不随の重症を与えるとかいう危険性があったらしいが、それほどに、自分の認識していない事態に対して人間は何の対処もできない。


 僕の頭は何か硬いものにぶつかり、そして僕の意識は一瞬で消え去った。



  ◇◆◇



 目が覚めると、頭ががんがんと痛む一方で、目の前には明らかにさっきまでいた場所と違うような造形に凝ったレンガ造りの家と、短く刈り揃えられた芝と、二階に空いた窓と、そこから顔を覗かせる金髪の美少年と、鋭く尖った槍の穂先と、それを構える鎧の兵士の姿があった。


「ここどこ?」


 僕は、相手から見れば全くふざけているようにしか見えないだろう気の抜けた顔をして、そう呟いた。

 生まれついたコロニーから出たことのない僕は、頭上を燦々と照らす太陽を感じるのも初めてで、その暑さにぼんやりした頭で辛うじて認識できたのは、手に持っていたはずのカメラがいつの間にか無くなっている事だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る