第29話

 部屋の入口に立っていたのは父親の友人『阿部達也』だった。


「何でここに・・・?阿部さん・・・?」


「何でってそら?なあ?」


 阿部は肩を竦めて両手を上げてヤレヤレといったポーズを取る。


「まぁあれやん?あれ?ちょっと調子がよろしない思てな?まだもうちょっと時間やないんや」


 阿部はそう言いながら優に近づいて来る。


「俺の考えやとな?もうちょい先なんや。だから・・・あだっ!」


 いきなりそう言うと阿部は立ち止まった。何が?と思って阿部の顔から視線を下げると、足がローテーブルにぶつかったみたいだった。



(いや・・・ちょっと待て)



 しかし、よく見ると阿部の足はローテーブルにぶつかっていない。というより・・・テーブルを貫通している。


「あ・・・阿部さん?それって・・・」


「ん?ああ、まぁええやん。だから・・・」


 阿部は優の問いには答えず、テーブルに突っかかったまま優に近づいて来ようとする。

 勿論一度つっかえているのでそのまま進める筈もないのだが、阿部はその事を気にしている様子がなかった。


 だがそんな様子を見せられている優が気にならない筈もなく、一体何だ?と考えようとしたのだが、結果は考えるまでもなく見たままだった。


「ま・・・まさか阿部さん、貴方・・・霊なんですか?」


「ん?だからそれはええやん」


「よ・・・よくないですよ!何で阿部さんが!?」


 優にはどうしても理解できなかった。ついこの前も会った筈の阿部が霊だなんて、一体何故?何時から?

 様々な疑問が頭を回りそれらを阿部に問いかける


「阿部さん!一体どうして霊なんかに!?」


「ん?だからええやん」


「だからよくないですよ!何時から何ですか!?この前も会いましたよね!?」


「ん?だからええやん」


「まさかあの時すでに・・・?そうなんですか!?」


「ん?だからええやん」


「だからよくな・・・・




「ん?だからええやん」




 流石に優は薄気味悪さを感じて来た。


 阿部は先程から優の言葉に同じ言葉でしか返してこなかった。更に今もテーブル・・・いや、お札につっかえたまま前に進もうとしていた。


 一旦どうにかして結界にでも閉じ込めてから話を聞いた方がいいかもしれない、そう考えて道具が入った鞄を見るが、それはテーブルの横・・・阿部のすぐ傍にあった。



「ん?なあ優ちゃん」



 優が鞄を見ていることに気付いた阿部がようやく違う言葉を話した。それにより、ようやく対話が出来ると思った優は阿部に話しかけようとするのだが・・・


「あ・・・阿部さん!あの!



「なa・・・ゆうtyaん・・・」



 優は話している途中で割り込んできた阿部の声に話を止めてしまう。

 先ほどの様に声が出ないからではなく、何故か阿部の声に寒気を感じ止めてしまったのだ。


 しかし黙っている訳にもいかないので何とか口を動かし喋ろうとする。


「ぁ・・・ぁの・・・」




「なななああaaaaあaああああ!yuゆゆうuuううuuuu!!!!」




「ひっ!」


 阿部が・・・豹変した。


 突然口を大きく開け大声で叫んだかと思うとそのまま口が大きく裂け始め、大きく開いた目から目玉がぎょろりと飛び出してきた。




「iiiいいまぁあaaああaああああ!お・・・ooおおれのことをoooおおけsoうとおooooおoooしいいたぁaAAaaああNaあああぁ!!!」




 阿部が豹変した瞬間、つっかえていたはずの札がはじけ飛び阿部が一気に肉薄してきた。


 その動きは人に追える様なものではなく、まるでコマ送りの様に一瞬で優の目の前に現れた。




「oおおおiiいいいいい!?DoooおおoおぉぉなaaAnんんnやぁaAAaあああ!?」




 優は恐怖のあまり何もできなかった。瞬きも呼吸も、もしかしたらこの瞬間は心臓の鼓動さえも止まっていたかも知れない。

 それは霊が怖いからと言うだけでなく、よく知っている筈の人の豹変っぷりに対する恐怖でもあった。




「aAAaaaAaaaaAAAAaaaaaa!!!」




 遂に阿部の声は、声ではなく音といった感じのモノになり部屋の中に響き渡った。




「AAaaAaaAA・・・ぁぁ・・・すまんすまん怖kaったな。つi頭に血が上ってまってな、漏らさせるつもりじゃなかったんやで?」



「は・・・はぇ・・・?」


 話しかけられてようやく恐怖以外の感情が戻り、阿部の言葉も少しづつ理解してくると自分の様子を確認する。

 するといつの間にか床に座り込み、その床には水が広がっていた。更に前が見えづらく呼吸もしずらい。

 どうやら体中から水分が出ていたようだ・・・。


 しかしこの状況に置いて、恥ずかしいだのなんだのという感情は出てこなかった。


 なぜなら・・・



「あ・・・あはは・・・ははHAHAはHAHAはははは!でもええわその顔、その様・・・HAHAははははHAはHAHAHAはは!!」



 依然恐怖は続いているからだった。



「HAHAはははHAHAは・・・・っとaかんあkaん、また興奮してもうたみたいやな。今はやる事やらんとな・・・」


 阿部は突然落ち着いたかと思うと何事かを呟き、床に座り込んだままの優に視線を合わせて来た。


 そしてニッコリと笑いかけて来た。


「さ、とりあえずまた忘れよか」


 そして優の方へと手を伸ばしてくる。


 優は笑っている筈の阿部の目にひたすら恐怖した。あの目は確かに笑っているのだがそれは獲物をいたぶる獰猛な肉食獣のようで・・・。


「ぁ・・・ぁぁ・・・ぃ・・・ぃゃ・・・」


「大丈夫大丈夫、痛ないて。寧ろ嫌な事が忘れられてハッピーや」


 そして遂に阿部の手は優の頭に乗せられた。


「じゃあ、いくでー」


「ぁ・・・ぁぁ・・・・あぁぁあ・・・・」



 その時、未だ体に残っていたのかはたまた生存する為の本能なのか、優の中に熱が・・・霊力が生まれた。


 それを優は無意識に最大限励起させた。



「あ?そんなんしてもどうにもならんで」



 阿部はそれに気付いたが、そんなモノではどうにもならないと自分のやる事を成そうとする。



「んじゃぁーずぶずぶーっと・・・



 だがその時、優の腰辺りから光が生じた。


 それは瞬く間に部屋を埋め尽くし、効力を発揮した。



「GAaaAAaaaAaaaaAAAAaaaaaa!!!」



 霊力によって生じた光は霊である阿部を焼いた。



「aAAaaGaAaaaAA!!」



 阿部は光に焼かれながらその場から消え去った。


 これで脅威から逃れられ、全てが収まったかというと・・・そうではない。


 光は優をも焼いていた。


「あぁぁぁああああぁぁぁぁあああ!!」




 友達             楽しい感情             青空 

     かわいいぬいぐるみ            コーヒー            

 桐谷夫妻             スポーツ             涼真          

       勉強             学校             先生             料理             商店街         

    阿部             父親             赤  

           九重             赤             神社             家              赤      赤       

     赤      赤       赤        赤      赤

    赤      赤       赤        赤      赤

   霊      赤       赤        赤      赤 

  赤      後悔      赤        嘆き     赤     

 赤      赤       恐怖       赤      赤      

 怒り     赤       赤        赤     絶望感 




 優の頭の中にはいつか見たイメージが流れていた。


 それは光と共に優の中へと流れ込み・・・。


 ・

 ・

 ・


 夜の住宅地、ある家の前に一台のタクシーが止まった。


「すいません、家の中からお金を持って来るので少しだけ待っててください」


「あいよー、ゆっくりでいいよー涼真ちゃん」


 そう言って涼真は自宅へと入って行き財布を持ってタクシーの元へと戻った。


「すいません大野木さん、お金は家にあるからなんて無理言って」


「イイよイイよ気にしないで、何かあるんだろう?それじゃあまたねー」


 涼真と知り合いのドライバーはそう言ってタクシーを運転して去っていった。

 涼真はそれを見送ると自宅の隣へと目をやり、そちらへ向かった。


 勝手知ったる人の家、自宅から合鍵を持ってきた涼真はそれを使い佐十家の玄関の鍵を開け中に入った。


「優!何処だい!?優!」


 涼真は少しだけ警戒した様子で佐十家のリビングへ向かった。しかし、リビングの扉を開いても明かりもついておらず誰もいなかった。

 となると・・・と、涼真は優の部屋へと向かった。


「優!居るかい!?涼真だ!」


 優の部屋の前につき、扉をノックするも返事がない。


 だがもしかしたら・・・と思って涼真は扉を開いた。


「ごめん!入る・・・よ」


 扉を開いて部屋の中を見た涼真は言葉に詰まった。それは部屋の中が酷い状態だったからだ。

 普段だときっちりと片付けられていた筈なのだが、今は紙や物が散乱して、まるで強盗にでもあったかのような状態だった。


「優!」


 そしてそんな状態の部屋に優は倒れていた。


 すぐさま涼真は優の傍に行き様子を確認する。


「これは・・・」


 優の様は酷いものだった。

 服や髪が乱れ、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ、更に下半身は濡れ少しアンモニア臭がした。


 だが取りあえず声をかけなければと、涼真は優しく肩を叩きながら呼びかける。


「優、優・・・駄目か・・・」


 だが優は起きず、取りあえず救急車でも呼んだ方がいいかと考えていると・・・。


「ぅ・・・」


「優!大丈夫かい!?」


「ぅぅ・・・りょ・・ま・・?」


 優が微かに呻いたので再び声をかけると反応があった。


「そうだよ・・・。今は起き上がれないくらい不味い状態かい?」


「だい・・・じょぶ・・・」


 優はゆっくりと体を起こして、涼真の顔を見て来た。


「・・・っ・・・ぐっ・・ぅぅ」


 そして直ぐに頭でも痛んだのか、頭を両手で抑える。


「やっぱり救急車を呼んだ方がいいかな・・・」


 優の様子を見て涼真は立ち上がり電話をかけに行こうとするのだが、優から静止が掛かったので、一先ず止まって様子を見た。


 すると優は直ぐに頭から両手を離して立ち上がったが、若干フラフラとしていた。


「少し話があったんだけど・・・後にした方が良かったかい?」


 涼真としても確かめなければいけない事があったのだが、流石に今の状態で話すのも酷かなと思いそう提案するのだが、優は言葉を返さず直ぐ傍に落ちていた本をジッと見ていた。


 そして小さく「違う・・・」とだけ呟き、フラフラと扉の方へと歩き出した。


「優?」


「・・・」


 優は涼真の横を通り過ぎ部屋を出ようとしたのだが、流石に放っておけず涼真は優の肩に手を置いて声をかけた。


「・・・優、やっぱり君意識が・・・?」


「・・・」


 優はその問いかけにも答えず黙っていた。

 涼真は、取りあえず顔を見て不味そうなら救急車を呼び強制的に病院かな、と優の前に回り顔を見た。


「・・・優」



 優の顔は無表情・・・いや、何かを焦っている様な顔だった。


 これは一体・・・?と涼真が今まで見たことのないような顔の優に困惑していると、優はぽつりと呟いた。



「確かめなきゃいけないんです・・・」



「え・・・?」



「確かめなきゃ・・・確かめなきゃ・・・確かめなきゃ・・・」



 優はブツブツと呟きながら涼真を押しのけて進もうとした。

 しかし少女の力だ、スポーツで鍛えた体の涼真は動かなかった。



「どいてください!確かめなきゃ!確かめなきゃいけないんです!」



 優は動かない涼真に向かって叫び、その叫びがあまりにも悲壮感があった為、涼真は優しく問いかけた。


「それは近くなのかい?歩いて行ける距離?」


「家の・・・中です・・・」


 涼真は優の願いを叶えてあげたいと考え場所を聞いたのだが、意外にも家の中だと言う。

 それならば問題ないと考えた涼真は頷き、優の横につき体を支えた。


「どこだい?」


「・・・あっち・・・」


 優が指さす方向へと進んで行くと、ある部屋の前にたどり着いた。


「ここは・・・雄一さんの部屋?」


「・・・」


 そこは優の父・雄一の部屋だった。


 優は扉に手をかけドアノブを捻るのだが・・・。


「あれ・・・雄一さんの部屋って鍵がかけてあるんじゃ・・・?」


「・・・」


 涼真の記憶では確か、優が昔に雄一の大事な資料等を汚したことがあって、それ以降部屋には鍵が付けられ入れなくなっていた、と覚えていたのだが・・・


『ガチャ』


 ドアノブは周り扉は開いた。


「開くんだ・・・というか確かめる事って雄一さんの部屋なの?」


「・・・」


 優は又もや答えを返さずに部屋の中へと進み出す。優を横から支えている涼真も移動するしかなく雄一の部屋へと入って行く。


 二人が入った雄一の部屋は色々なモノがあり、それは壁に備えられた棚に所狭しと並べられていた。


「この中に見るものがあるのかい?」


「ぁ・・ぁぁ・・・」


 涼真が問いかけるのだが、優はそれを無視して部屋の中央に置いてあった箱へと走った。



「う・・・うそだうそだうそだ、ちがうちがうちがうちがう」



「ゆ・・・優?」



 優は箱に手を当てながらブツブツと否定の言葉を言い出した。


 そして絶対に違うと言い放ち箱の蓋に手をかけ開けた。



「ぁ・・・・」


「ぇ・・・・?」



 それは開けてはならぬ禁断の箱だった。




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   より:読んでいただ ありが うご います。

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