第27話

 大きく息を吐き、自分に言い聞かせる様に呟き覚悟を決めた優は霊への対処を始めた。


 優は手で印を組み、何度も手順を確認した為すっかり暗記してしまった励起文言を唱える。

 すると張った結界が光を放ちだした。


 優は励起文言を唱え続けながら手の印を組み換え、更に励起文言も違うモノへと変える。

 これらも何度もシュミレートしていた為、滞りなくスムーズに切り替えが成功する。


 優は何度か心の中で「焦るな、落ち着け」と呟きながら対処を続ける。


 やがて場に変化が訪れ始める。



『ウ ゥ ゥ ぅ ぉ オ 』



 唸る様な音が聞こえたと同時に、涼真へと憑りついていた霊が動き出した。


 キタ!と思いながらも、優は焦らず冷静に手の印と励起文言を変える。



『ゥ ゥ ぅ ァ ア ア゛ ア゛ 』



 霊は暴れる様に激しく動き始め、涼真へ巻き付いた部分がドンドン締まっていた。

 しかし、涼真へと施した防御札がそれを防ぐ。


(よし、いいぞ。このまま・・・!)


 暴れる霊を見つつ更に励起文言を唱え続ける。



『ア゛ ア゛ ア゛ァ ァ 』



(・・・っ!)


 しかしここで誤算が生じる。


(結界が・・・!)


 それまで霊が暴れようとも変わることなく張られ続けていた結界に、変化が起きていた。

 結界はベッドの枠に支柱を括り付け、そこに札を付けた縄を張ってあるのだが、その縄が激しく揺れ始めたのだ。


 優はそれを見ながらも励起文言を唱え続けるのだが、遂には縄が裂け始める音も聞こえて来た。


 この予想外の事態に、優に焦りが生じ始める。


(い・・・一体どうしたら。一度中断するべきなのか!?)


 九重のレポートにもこのような時の対処方法は記しておらず、霊の対処経験がほぼ0な優はこの事態にどう対処したらいいのかが解らなかった。


 そうして迷いながら励起文言を続けていると、ついに・・・



『ブツッ!』



 縄が千切れてしまい結界が用を成さなくなった。



『ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ァ  ァ』



 すると霊は涼真の体から離れ、優の方へと向かってきた。


「えっ!?・・・あっ!?」


 自分の防御用に札をポケットへと入れてあった優なのだが、結界が千切れたことに動揺していて向かってくる霊に何のアクションも取ることが出来ず、無防備な状態で霊と接触してしまった。



『ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ァ  ァ』



「ぐげえっ・・・かはっ・・・」


 その為優は霊に憑りつかれ全身を締めあげられる。その締め上げる力は凄く、全身の骨が軋んでいる様だった。

 更に首にまで巻き付かれているので呼吸がままならなくなり、憑りつかれてすぐは抵抗していた優だったが、段々と頭がボーっとしてきて考える事が出来なくなってきた。



『オ  ォ  ア゛ ア゛ ア゛ ァ  ァ』



 霊は優を締め付けながらも暴れていて、たまたま優の視界が涼真の方へと向いた。ボーっとした頭のまま涼真を見るのだが、心なしか先程より顔色が良かった。



(よかっ・・・だいじょ・・・そう・・・)



 掠れた思考でそんな事を考え、やがてそんな事も考えられなくなってくる。



(も・・・・だめ・・・・)



 意識が途切れる瞬間目の前がパッと光り、そこに知り合いの顔が次々と浮かぶ。



 父親 幸平 静 学校の先生 クラスメイト 弘子 結 ・・・・・・



 そしてすぐ傍にいる涼真の事が浮かぶと、少しだけ意識がハッキリした。


(・・・っぐ・・・この・・・)



『ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ァ  ァ』



 少しだけハッキリした意識で、自分を締め付ける霊へと意識を向けると何故か胸の辺りに熱を感じた。


 何だ?と思った瞬間に九重の顔が浮かぶと、優は残った意識と力を振り絞り、霊力を胸の辺りに集めた。


 結果は劇的だった。



『オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛ オ゛』



 そんな声ではない音を出しながら霊が燃え始めたのだ。

 しかし不思議な事に、霊に巻き付かれて一緒に火に巻かれている筈の優は一切の熱さを感じず、それどころか心地が良いとまで感じていた。



『 オ゛ ォ゛ ォ゛ ・ ・ ・』



 やがて優に巻き付いていた霊は、最初からそんなモノ存在しなかったという様に消え失せた。


「えほっ・・・えほっ・・・えほっ・・・」


 霊から解放された優は蹲り咽ていたが、やがて呼吸がましになってくると立ち上がり、涼真のベッドの方へと近づいた。


「りょ・・ま・・・えほっ・・・えほっ」


 優は涼真の体を頭の天辺から足先まで見た後、体に触れたりもしながら様子を確認した。

 結果は、霊がまだ憑りついている様な様子もなく、顔色や呼吸等も対処前と比べると良くなっていたので、優は安心した。


 安心して気が抜けるとまた咽てしまったので、再び蹲りながら呼吸を整える羽目になってしまったのだが、今の優には苦しさよりも嬉しさが勝っていた。


「えほっ・・・えほっ・・・あははっ・・・えほっ・・・ははっ・・・」


 ・

 ・

 ・


「これで良しと・・・ふふっ・・・」


 霊の対処に使っていた結界や札等を片付け終えた優は、すやすやと眠る涼真を見て微笑んだ。


「さっきまでとは違って、もう今は普通に寝ているみたいだな。・・・早く起きろよな涼真」


 霊に取り付かれていた時は若干生気が薄いように見られた涼真も、今では唯々寝ているだけに見えた。

 優が涼真のそんな様子を見て呟いていると、病室の扉が開き静が入って来た。


「来たわよ優」


「はい静さん、わざわざすいません」


「いいのよ、あら?涼真の顔色が良いわね。やっぱり優がいるからかしら?」


「あはは、でも確かに良さそうです」


 そんな風に病室へと入って来た静と優はしばらく雑談をしていた。


 実は優が片づけを終え帰るときに、一応静に連絡をしておこうと思いメッセージを送ると、車で迎えに行くと返信があった。

 悪いから大丈夫ですと優は返したのだが、涼真の様子を見に行くついでだから気にするなと言われ、静のそういう強引な所を知っていた優は、これ以上遠慮していてもどうせ押し切られると判断して甘える事にしたのだ。


『コンコン』


 優と静が話していると、途中でノックが聞こえた。ノックの主は看護師で涼真の様子を見に来たみたいだった。


 看護師は涼真の様子を確認し、その後静と少し話すと出ていった。


「私達もそろそろ出ましょうか優」


「もういいんですか?」


「ええ、後で幸平さんと一緒にもう一度来るからいいわ」


 静がそう言ってきたので、優達は病院から帰ることにした。


 駐車場へと行き車に乗り、静の運転する車に少し揺られていると家の前に着いた。


「ありがとうございました静さん」


「いいのよ、じゃあまたね優」


「はい、また」


 車から降りて静へと挨拶をすると、静はそのまま店の方へと車を走らせて行った。


「ふぅ~・・・、少し疲れたけどまだ頑張らなきゃ」


 優は家の中へと入ると直ぐに自室へと入り、ジュラルミンケースを開いて九重のレポートを取り出し机へと広げた。


「よし、それでは一人だけど反省会の開始っと」


 優は今日行った霊の対処についての反省等を行おうとしていた。これからも霊と関わっていく事になるのだったら、必要な事だと思ったからだ。


「取りあえず結界の事を調べよう、書いてあるかな・・・」


 先ず優が目を付けたのは、今回の一番の反省点でもある結界の破壊についてだ。

 結界さえ破壊されなければもっと焦らずに対処出来ていたと思ったし、バンバン破壊されるようでは結界の意味がないと思ったからだ。


 優はレポートの結界の項目や、所々に書いてある注意点を隈なく見て行く。


「ん~・・・もしかしてこれかな・・・?」


 そして原因と思わしき事を突き止めた。


「発動していたから大丈夫だと思ったんだけどな・・・駄目だったのか。でも一体どうやって確認するべき何だろう?」


 優がこれかな?と突き止めた原因は・・・『霊力の不均等』であった。


 九重のレポートには『札を制作する時には霊力をなるべく均等にする事、そうでないと発動しない時もある』と記されていた。

 これを見て優は『発動するなら霊力は均等に入れられている』と思ったのだが、どうやら他の項目に書かれている事等を鑑みると、霊力の均等さが札の品質に関わってくるらしい。


 しかし霊力が均等に入れられているかどうか等の確認方法はレポートに記されておらず、優は途方に暮れてしまう。


「どうするかなぁ・・・はっ!そうだ!」


 その時優の頭に電流が走った。


「あの漫画やあの小説みたいに、目に霊力を集めてみるとかどうだろう」


 優が思いついた方法は、本で見たことがある方法だった。あくまであれは物語の中の話だが、霊も物語の中の存在みたいなものだろうと無理矢理解釈付けて候補の一つに挙げてみた。

 他の方法としては、霊力訓練札を使って常に一定の霊力が流せるように訓練する、という方法を考え付いたので、目に霊力を移動させる方法がダメだった場合はそちらの方法で頑張ってみようと決めた。


「まぁ訓練は後にするとして・・・そうだな霊に締め付けられた時に感じた熱、あれは一体何だったんだろう。霊力か?」


 優はそう言って自分の胸元に手をやるとある事に気付いた。


「あ・・・まさか」


 優は自分の首にかかっていた紐を手繰り寄せ、その先についていた物を引っ張り出した。

 そしてそれを見ると目が熱くなってしまった。



「師匠・・・ありがとうございます・・・」



 優はボロボロになったお守りを握りしめながら感謝の言葉を呟いた。


 あの時感じた熱は九重からもらったお守りから発せられた物の様で、恐らく万が一の備えに組み込まれた技だったのだろう。それを偶然発動させ、優は九死に一生を得たという訳だ。


 暫くお守りを握りしめて涙を流していたのだが、いつまでもそうしている訳にはいかないと思い優は涙をぬぐった。


「ぐすっ・・・ありがとうございました・・・とりあえずここに置かさせていただきます」


 優は棚に置かれていたお守りの横へと九重のお守りを置き、一度両手を合わせて礼をした。


 それを終わらせるとまた机の前へと戻り腰を下ろした。


「よし、反省とかはこんなものかな。とりあえず今日は晩御飯まで修行をしてみよう」


 まだ細かく見れば反省点はあったと思うのだが、今は気分を切り替える為にも修行で頭を一杯にしたいと思った優は、霊力を励起させる。


 そして霊力を目に移動させようと思うのだが心臓より上へは中々に移動してくれなかった。

 何でだ!と思いつつも、目論見通りに修行の事で頭が一杯になった優は時間も忘れて修行を続けた。


 ・

 ・

 ・


 やがて霊力を目に移動させる事が成功した時にはすっかり夜だった。


「よっしゃぁ!ってもうこんな時間か」


 そろそろご飯を食べようと思ったのだが、その前に成果だけ確認する事にした。


 先程成功したように霊力を目に移動させ、机の上にあった札を見る。


「おぉ・・・これが霊力なのか・・・?」


 札を見ると、札に書かれている図が光を放っていた。だがそれは大分歪で、太い線もあれば細い線もあるといった物だった。


「確かにこれじゃあなぁ・・・」


 優は他の札も見るがどれも同じようなもので、良くこれで発動していたなと感心すらしていた。

 そして試しに九重からもらった紙袋、あの中に入っていた札も見てみる事にした。


「おぉ・・・流石師匠」


 それはとても均等な太さで線が掛かれ、光っている事も相まって芸術品の様にも見えた。

 暫くうっとりと見ていたのだが、あのお守りはどうなんだろうと棚を見た。


「眩しっ!」


 棚からはかなり強い光が見え、眩しいほどだった。流石師匠だなぁ・・・と思っていたのだが、おかしな事に気付いた。


 あれ?と思いながら優は立ち上がり棚へと近づき、光を放つお守りを手に取る。


「これ・・・最初から置いてあった方のお守り・・・?」


 不思議に思いお守りをしげしげと見ていると、お守りを持つ手が温かくなってくる。


「ん~?何なんだろうこのお守り・・・?」




「あ~・・・」




「・・・え?」



 ・

 ・

 ・


 ≪病院・涼真の病室≫


 機械の音だけが聞こえる静まり返った病室で涼真は目覚めた。


「んん・・・?ここは・・・?」


 涼真は上体を起こすが、妙な感じがして自分の体を見る。すると体には管やら機械やらが取り付けられていた。


「これのせいか・・・。いや、体も少し重いな・・・一体・・・」


 涼真は何があったかを思い出そうと考え込む。すると自分が事故にあった事を思い出したのだが・・・


「・・・っ!そ・・・そうだ!優!」


 涼真は車に跳ねられ宙を飛んでいる最中に、まるで世界が止まったかのようにスローモーションで周囲の光景を見ていた事を思い出した。


 そしてその時に、自分の事を突き飛ばした者の事も見えていた。見えていたのだが・・・


「な・・・なんであんな・・・。いや、今はそれより優にこの事を!」



 その後、看護師が機械の異常に気付き病室に駆け込んだ時には涼真の姿はなかった。



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