第24話

 森の中にポツンとある開けた場所の中心でピクニックシートの上に座りながら、優は一人混乱していた。


 つい先程までは思考がクリアになり感覚が研ぎ澄まされていたのだが、今は直前に感じたイメージのせいで思考はぐちゃぐちゃだった。


 すぐ傍にあったバッグが手に触れ、優はそれを引き寄せ抱きしめる。

 暫くバッグを抱きしめながら汗と涙を流していたのだが、段々と落ち着きを取り戻し、乱れていた呼吸が段々と整ってくる。


 完全に平時の状態へと戻ると、優は抱きしめていたバッグの中からハンドタオルと水筒を取り出し、先ずはハンドタオルで顔を拭いた。

 顔に着いていた汗と涙を拭き終えると、今度は水筒を開け中身を蓋へと注ぎ、湯気の立つ温かいお茶を両手に持ち少しづつ飲み出した。


 時間をかけてお茶を飲み終えると、ハンドタオルと水筒を横に置き再びピクニックシートの上に寝転がった。


「ふぅ~・・・。何だったんだろう今の・・・」


 優は先程見たイメージを思い出す・・・思い出そうとしたのだが・・・


「・・・?」


 何故か先程のイメージはさっぱりと思い出せなかった。暫く思い出そうとしていたのだが・・・


「はふぅ~・・・駄目だ、全く思い出せない」


 欠片も思い出すことが出来ず、右手で目を覆いため息を吐く。


 優は右手の隙間から空を覗き呟く。


「ふぅ・・・俺の心もこの一面の曇り空の様に翳っているぜ・・・なんてな」


 何となく行ってしまったクサイ台詞に少し笑いながら、右手と左手をそろえて頭の上へとやり体を伸ばす。


「ん~・・・、さぁて・・・再開しますか。・・・んん?」


 図らずとも少し休憩した形になったので、再び霊力の扱い方の練習を再開しようかと思った優は不思議な事に気が付いた。


「雲なんてないじゃん・・・?」


 おかしいな?と首を傾げた次の瞬間、優はハッとして険しい顔をしながら辺りを見回し始める。五分程見回していたのだが、何もないと解ったのか息を大きく吐いた。


「ふぅ~・・・、霊かと思ったけど違ったか・・・。なら一体何で曇って見えたんだ?」


 再び空を見たのだが、そこには雲一つない青々とした空が広がっていた。ならばと思い先程と同じように寝転がり、右手を顔にやり隙間から空を覗くと・・・。


「雲ってる・・・。いや、曇っていると言うよりは白く霞んでる・・・?」


 驚きながら右手を顔の上から動かすと、霞んでいた空は元の青さを取り戻す。なら原因は右手か?と右手を空にかざし見つめる。

 暫くじぃ~っと見ていると右手の周りに白いもやが見えた。


「なんだろうこれ?」


 左手を使い触ろうとしても触れず、ならばと思い右手を振っても白いもやは右手から離れなかった。

 嫌な感じもしなかったので暫くそのまま観察していると、もしかしたらと言う可能性に気付き脇に置いてあったバッグを引き寄せある物を取り出した。


「もしかして・・・やっぱり!」


 優は取り出した物を手に持ちながらガッツポーズを取り喜びを顕わにする。それもその筈、その手に持っているのは霊力訓練札で、その札の色は変わっていたからだ。


「あの白いもやみたいなのは霊力だったのか・・・でも突然なんで?」


 霊力が扱えるようになったのは嬉しいのだが、突然扱えるようになった事に疑問を抱き考える。


「霊力が見える様になったのはお茶を飲んだから・・・?いや、流石にそれはないな。ならもう少し前・・・イメージを見た・・・いや・・・」


 霊力が見える様になった時点からドンドンとあった事や起こした行動を遡っていくと、ある出来事が思い浮かんだ。


「深呼吸か・・・?そうだな、きっとそうだ!何だかおかしかったもんな!」


 優は霊力が見える様になった原因が、寝転がりながら行った深呼吸にあると結論付けた。

 それは深呼吸を行った時に、空気とは違う物を吸った感覚や、普通ではならないであろう頭がクリアになる感覚、それらがあった事から判断した結果である。


 そうに違いない!と思った優は、もう一度同じようにしてみようと思いピクニックシートの上に寝転がったが、そこでふとある事が頭に浮かび動きを停めた。


「またあのイメージも見るのかな・・・」


 優が懸念したのは、あの良くないイメージの事である。

 内容は覚えていないのだが、良い物ではなかった事は確かなので、再び見るのは気が進まなかったのである。


 しかし緊急の案件である『霊力を扱えるようになる』。これは今のままでも良いのかもしれないが、出来る事ならばよりよく扱えるようになりたい、そう思った優は再び深呼吸を行う事を決意した。


「はぁ~・・・大丈夫大丈夫。すぅ~・・・怖くない怖くない。はぁ~・・・リラックスリラックス。すぅ~・・・・・・・・」


 早速ピクニックシートの上で寝転がりながら深呼吸を行うのだが、自分に言い聞かせる様に何事かを呟きながらだったので中々あの感覚にはならなかった。

 そんな感じで暫くは集中できないまま深呼吸を続けていた。



「すぅ~・・・はぁ~・・・すぅ~・・・はぁ~・・・」



 しかしずっと続けていると、段々といい感じに力が抜けてきて深呼吸に集中できるようになってきた。


 そのまま更に続けていると、あの空気とは違う何かを取り込む感覚がして来た。



「すぅ~・・・はぁ~・・・すぅ~・・・はぁ~・・・」



 この時すでに優の意識は薄くなっていたが、今回は明確な目的があったので何とか意識を保ったままだった。



「すぅ~・・・はぁ~・・・すぅ~・・・はぁ~・・・」



 そのまま更に空気中の何か・・・恐らく霊力を取り込みながら深呼吸を続けていると、段々と頭がクリアになってくる感覚もして来た。


 優はそこで薄くなった意識を何とか動かしながら自分の体の中を意識する。



「すぅ~・・・はぁ~・・・すぅ~・・・はぁ~・・・」



 まずは丹田を意識し、そこに取り込んだ霊力を動かす様にイメージ。


 すると取り込んだ霊力を呼び水に、優の内から霊力が生まれた。


 今度は自身の内から生まれた霊力と外部から取り込んだ霊力を、血の巡りと同時に心臓へと移動させる事をイメージ。


 上手く行ったのか、心臓が火でも灯ったかのように熱くなる。しかしそれは心地よい熱さだった。



「すぅ~・・・はぁ~・・・すぅ~・・・はぁ~・・・」



 暫くその一連の流れを繰り返していると、段々と慣れて来たのか全て同時に行える様になり、延々とそれを繰り返す。


 やがて時間の感覚も無くなり、それを延々と繰り返していると・・・。



『グゥ~~~・・・』



「・・・っは!?」


 突如優のお腹が鳴り、そこで集中が途切れて意識がハッキリした。


 むくりと上体を起こし座ると、体の中に霊力が渦巻いているのが解った。解ったのだが・・・。


「お腹減った・・・」


 何故か優はとても空腹を感じ、一応持ってきていた菓子パンを食べ始めた。


「もぐもぐ・・・霊力を生み出すと・・・もぐもぐ・・・お腹が減るのかな・・・もぐもぐ」


 二個持ってきていたパンをぺろりと平らげ、お茶を飲み一息つく。

 そして一息ついたところで自分の体内にある霊力へ意識を向けると・・・。


「おぉ!なんか自在に動いてる気がする!」


 自分自身でも何と表していいか解らないのだが、体内で霊力が自分の思った通り自在に動くのを優は感じていた。

 そんな優は今ならと思い霊力訓練札を取り出した。


 手に持った霊力訓練札に霊力を注ぐと、たちまちに三角形の色が変わっていった。そのまま色の変わった三角形に人差し指を乗せ、霊力を使い人差し指に三角形を吸いつけるイメージをして動かすと、三角形は見事に札の上を移動する。


「おぉ・・・すごっ。何かスイスイ動く」


 暫く遊ぶように三角形を動かしていたのだが、突然ハッとして目的を思い出した。


「いかんいかん・・・遊んでる場合じゃないんだ。霊力が扱えるようになったら次のステップに移行しよう」


 そう言って優は霊力訓練札を紙袋に仕舞い、新たに違う札を数枚と一本の紐を取り出した。


 優はピクニックシートから立ち上がり、それらを少し離れた所にメモを見ながら配置していく。

 やがて配置が終わったのか、メモを見ながらもう一度確認をして頷いた。


「よ・・・よし、じゃあ次のステップ『実際に霊を倒す』をやってみようかな!」


 優は少し声を震わせながら少し大き目の声でそう言うと、メモを見ながら一度深呼吸をして配置してある一枚の札を見た。


 それは『封印札』と呼ばれるもので、実際に霊が封じてある物だった。

 とは言っても、九重が優の練習用に用意した物なので、封じてある霊は人に害を及ぼす事もなくほぼ動かない、そんな霊であるとレポートには記してあった。


 しかしそうとは解っていても、優にとっては初の実戦となる為凄く緊張していた。


「大丈夫・・・大丈夫・・・。俺ならいける!俺ならいける!これくらいできなきゃ、これから先もやっていけないぞ俺・・・!」


 優はブツブツと呟きながら自分を奮い立たせる。やがて涼真の事が頭に浮かぶとそれで覚悟が決まった。


「っし!待ってろよ涼真!サクッとヤってお前を助けに行くからなぁぁ!!」


 大きな声で叫ぶように言うと、優はメモを見ながら置いてある封印札に対応した励起文言を読み上げ、手を一度打ち鳴らす。


 噛むこともなく読み上げる事に成功すると、封印札の事をジッと見つめた。


「キタ・・・!」



 見ていた封印札に変化が起こった。札の中心に書かれた絵、線で描かれた2次元的な物が立体感を持ち始めたのだ。



「木・・・?いや、人形か?」



 それは声を出す事も動く事もなく、ただそこに立っていた。


 そいつは木で出来た人形の様な姿をしていて、まるで木の枝を接着剤で組み合わせた様な体をしていて。大きさは優の膝くらいまでしかなく、顔の部分には何とか目と口と解る小さなくぼみが付いていた。



 余り怖そうな外見でなくても霊は霊、優はそいつに緊張しながら対峙していた。


「全く動かないな・・・。まあそう書いてあったし、万が一動いても結界が張ってあるから大丈夫な筈だけど・・・。よし・・・」


 優は一度メモを確認するとポケットへとしまい、心の中で成功するよう祈りながら、メモ通りに手を組みながら励起文言を唱える。


 唱え終わると最後に一度、パァンと手を打ち鳴らす。


 すると結界の中の霊に劇的な変化が起きる。



『ギギギィィィ!』



 霊は声らしきものを上げながら燃え出した。


「せ・・・成功だ!」


 それは嘗て見た九重の退治風景と全く同じで、それはつまり、結界に仕込んであった退治用の札が上手く使えたという事であった。


 やがて結界内の霊は最初から存在しなかったかのように、塵の一つも残さずに消失した。


 優はその様子を見てガッツポーズを取り叫んだ。


「ッシャァァァ!!デキタァァァアアア!!見たかクソガァァァアア!!」


 2,3分ほど火が付いたように叫び、終わるとそのまま地面に腰を下ろし、土で汚れるのも構わず寝転がり大きく息を吐きながらぽつりと呟く。


「はぁ~・・・これで先へ進める」


 そう言った優の頭の中には親しい人たちの姿が浮かんだ。そしてその中には勿論、未だ目を覚まさない幼馴染の姿も浮かんだ。


 涼真の事が頭に浮かぶと、優は寝ていた状態から立ち上がり広げてあったピクニックシートの方へと移動し携帯を見る。すると時間もいい感じの時間だったので、ピクニックシートや張ってあった結界等を片付け帰り支度を始める。


 そして最後に忘れ物が無いかを確認すると、優は神社の方へと歩いて行った。


 ・

 ・

 ・


 神社から出て石段の傍に止めてあった自転車の所へ来る頃には日が落ち始め、すっかりと夕方になっていた。


 しかし今の優にはそんな事は気にもならず、人気のない道を機嫌よく、自転車でゆっくりと進んでいた。


「よぉし、これで色々出来るようになった筈だから、2,3日中に準備をして涼真の所へ行こう。今の俺なら何とかできるはずだ!」


 訓練用の霊とはいえ、実際に霊を退治出来た事で自信が付き霊への恐怖も薄くなった優は、鼻息を荒くしながらそんな事を言っていた。

 今ならばたとえ霊が急に現れたとしても冷静に対処できる、そんな自信が今の優にはあった。


「このまま経験を積み重ねればどんな霊にでも対処できるはずだ・・・待っててくれよ・・・弘子、結・・・」


 優の頭の中には二人の少女、優にとってももう親友と呼べる弘子と結の事が浮かんだ。


 涼真を助けた後は二人に合うんだと決め、優は帰り道を進むのだが、ついに日が落ちてしまったのか暗くなってしまった。

 暗くなってしまったかぁ・・・と思い、優は太陽の方を見る。・・・見てしまった。


「・・・っっ!」


 思わず優はブレーキをかけてしまい自転車を停めてしまった。だが今の優には自分が自転車を停めたという自覚はなかった。


 何故なら・・・



『ォ ォ ォ ォ 』



 今の優には太陽の光を遮る巨大な影・・・巨大な霊の姿にしか意識がいっていなかったからだ。


「ぅ・・・ぅぁぁ・・・」


 その巨大な霊は遠くにいる様なのだが、周りにある木より頭一つ抜けて巨大で、丁度頭だけが見えている状態だった。

 そしてその頭にはパーツが無く、本来目と口がある部分にだけぽっかりと穴が空いていた。


 霊に対して自信がついた優なのだが、その巨大な霊の前ではそんな自信は紙屑の様に吹き飛んでいた。



『ォ ォ ォ ゥ ィ  ォ ォ ォ ゥ ィ 』



 霊は鳴く様な音を出しながら、ぽっかりと空いた目の穴で優の事を見ていた。



 その何処までも続く様な穴に優の意識は吸い寄せられ、優は唯々その穴を見ていた。




『ォ ォ ォ ゥ ィ ュ ゥ ゥ ォ ォ ォ ゥ ィ 』





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