第36話 無職覚醒

「あああああああああああああああああああああっ!!」


 極度の集中状態が続いていた。


 一度でも判断を誤れば即死。失われるのは自分の命だけではなく、救援など望むだけ無駄。

 その極限状態がクロスの意識から戦闘以外の一切を排し、眼前で吠えるモンスターとの苛烈な殺し合いに全神経を集中させていた。


 だがそんな中でも、クロスの脳裏で響くいくつもの優しい声がある。


 ――いいか? 〈切り払い〉は自分の体の外、つまり武器にも魔力をまとわせる感覚で使ったほうがいいんだ。けどちょっと魔法とも感覚が違ってな、武器を自分の身体の一部だと考えるとやりやすいぞ。そら、やってみろ


(はい!)


「〈身体能力強化〉! 〈切り払い〉!」


 怪物の太い腕による攻撃に攻撃スキルをぶつけることでかろうじていなす。


〈力補正Lv6(+47)〉   → 〈力補正Lv7(+55)〉

〈俊敏補正Lv6(+47)〉  → 〈俊敏補正Lv7(+58)〉 

〈切り払いLv7〉      → 〈切り払いLv8〉

〈身体能力強化【小】Lv3〉 → 〈身体能力強化【小】Lv4〉 

〈体内魔力操作Lv3〉    → 〈体内魔力操作Lv4〉



 ――クロス、魔法スキルを使う際は、それぞれのスキルの特性をよく理解することが重要だ。〈ウィンドシュート〉は風を圧縮し敵にぶつける魔法。風に乗せた魔力をひたすら固く手の内に凝縮させることを意識するのだ。そうすれば風はより固くより早く、敵を打ち砕く弾となる。


(やってみます!)


「――〈ウィンドシュート〉!」

「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」


 目くらましのために放たれた魔法が危険度リスク4の顔面に直撃し、その巨体を大きくよろめかせる。


〈攻撃魔力補正Lv1(+7)〉 → 〈攻撃魔力補正Lv4(+32)〉

〈ウィンドシュートLv1〉  → 〈ウィンドシュートLv3〉 

〈体外魔力操作Lv1〉    → 〈体外魔力操作Lv2〉



 ――邪法スキルで大事なのはねぇ、相手をこれ以上ないくらい苦しめてむごたらしく殺してやるっていう強い気持ちだよぉ。はぁい、クロス君の嫌いな人を思い浮かべてみてねぇ。


(そういうの苦手ですけど……!)


「くたばれえええええええ! 〈ガードアウト〉!」


 黒い霧がクロスの手の平から放出し、固い鱗に覆われたロックリザード・ウォーリアーを包み込む。


〈特殊魔力補正Lv1(+6)〉 → 〈特殊魔力補正Lv4(+33)〉

〈ガードアウトLv1〉    → 〈ガードアウトLv4〉


 スキルを放つ、撃つ、繰り出す、何度も何度も何度も何度も。

 頭の中に響く優しい教えを反芻し、授かった技を洗練させていく。


 より強く、より早く、より正確に。目の前の怪物に限界を超えた一撃をぶつけ続ける。

 それは生死の狭間にのみ存在する極上の修行。


 地面を転がり、血反吐を吐き、何度武器が壊れて手の平がイカれそうになろうとクロスは止まらない。クロスの成長は止まらない。


〈防御補正Lv6(+50)》 → 〈防御補正Lv7(58)〉 

〈緊急回避Lv6》     → 〈緊急回避Lv7〉

〈クロスカウンターLv4》 → 〈クロスカウンターLv6〉

〈体内魔力感知Lv3》   → 〈体内魔力感知Lv4〉

〈体外魔力感知Lv1》   → 〈体外魔力感知Lv2〉

 

 スキルを放つたびに熟練度が上昇し、その威力を、速度を、魔力効率を上昇させていく。

 いまのクロスに自らのステータスプレートを確認する術などありはしない。

 だがどんどん軽くなっていく身体が、重くなっていく攻撃が、息をするように容易く繰り出せるようになっていくスキルが、戦いの中で急激に成長する自分の変化をクロスに伝えていた。


 最早クロスの戦闘は、ジゼルたちに襲われたときとは別次元。


 前衛スキルで敵の攻撃を耐え、その合間に攻撃魔法と補助魔法をたたき込む。熟練度の上昇で繰り出しやすくなったスキルの連撃は、たった1人でパーティの連携を実現しているかのようだった。


 だがしかし――それはどこまでいっても下級冒険者の範疇でしかない。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 何十回とスキルを食らい続けた危険度リスク4が忌々しげに咆哮を響かせる。

 岩のような鱗に覆われたその身体には未だ大した傷もなく、ギラギラと光る怪物の瞳から漏れる殺意は小揺るぎもしない。


(これでもまだ……届かないのか……!?)


 クロスの表情が苦しげに歪む。

 

 自分が戦いの中で成長している感覚はある。スキルの威力は確実に上がり、補正スキルによって底上げされたステータスの影響で素の戦闘能力も先ほどまでとは比べものにならない。だがそれでも、未だに一発の有効打も与えられないでいた。


 精々が〈クロスカウンター〉で武器があまり壊れなくなった程度で、敵の固い鱗には傷の一つもついてはいなかった。まともなダメージなど与えられる気がしない。


(リュドミラさんたちのおかげで魔力はまだたっぷりある……! けどそれがこいつを倒せるようになるまで持つかと言われれば……)


 確実に持たない。魔力も、体力も。

 確信に近い焦燥がクロスの集中をほんのわずかに途切れさせた、そのときだった。


「グルルルルルルッ!」


 ロックリザード・ウォーリアーがまるで業を煮やしたかのように喉から異音を鳴らした。

 続けて、ちょこまかといつまでもうっとうしい羽虫に対する怒りを示すかのようにむき出しになった牙の隙間から覗くのは、真っ赤な焔。灼熱の息。戦いの終焉を告げる業火。


「――っ!?」


 瞬間、走馬灯が如く遅延した時間の中でクロスの脳裏によぎるのは、延々と続く近距離肉弾戦の中ですっかり失念していたリザード種の特性。

 竜に連なるモンスターが有する必殺の切り札。


 所詮は竜の劣化である上に溜めも短いので威力は低いが、それでも中級冒険者にさえ大ダメージを与えるロックリザード・ウォーリアーの強力な広範囲スキルの名は――炎の吐息ファイアブレス


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 咆哮。砲声。まき散らされる火炎放射。


「しま……っ!?」


 避けることも防ぐこともできない広範囲の火炎が視界を埋め尽くし、クロスが自らの死を覚悟した、そのときだ。


「え……!?」


 自分を焼き尽くそうと迫っていた炎が突如逆巻き、あらぬ方向へとそれていく。


「ったく。わけわかんねーくらい強くなってくかと思えば、肝心なとこが抜けてやがる」


 一体何が、というクロスの疑問は背後から聞こえた声によって解消された。


「私の〈慢心の簒奪者ロブリーマジック〉はモンスターの魔法スキルも奪うんだよ……!」


 瞬間、クロスを焼き尽くすはずだった焔がジゼルの意思に従いモンスターの眼前へ殺到する。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 響き渡るモンスターの悲鳴。

 呆れたことにそれでもなおロックリザード・ウォーリアーの装甲は多少焦げ跡がつく程度ではあったが、それでも命の危機を脱したクロスは唖然と声を漏らす。


「ジゼル……凄い!」

「うるせえ! まだ終わってねぇぞ! ぼさっとしてねぇでてめえの風魔法もよこせ!」

「う、うん!?」


 ジゼルの怒号に従い、クロスはわけがわからないままに詠唱を開始した。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 直後、混乱から脱したモンスターが殺意にまみれた雄叫びをあげる。

 一体何が起こった、だが今度こそ、とばかりに頭を振ると、再び口内から灼熱の息を漏らし一気に解き放つ。だが、


「〈慢心の簒奪者ロブリーマジック〉!」

「〈ウィンドシュート〉!」


 孤児院の最強と最弱が声を重ねる。

 そして巻き起こるのは信じがたい現象。

 ジゼルの意思によって風の固まりと炎の壁がその軌道をねじ曲げ、空中で合流。

 火勢が増し、周囲の木々を燃やし尽くしてしまいそうな熱が吹き荒れた。


「合わせろクロス!」

「っ! うん!」


 短いやりとりではあったが、ほとんど直感的にクロスは動いていた。

 攻撃スキルを発動させ、敵の巨体へと斬りかかる。


 瞬間、滞空していた炎の風がクロスの武器へと収束する。威力を増した風炎の魔法と剣撃が互いを高め合い、危険度リスク4の固い鱗へと叩きつけられた。


「グルァアアアアアアアアアアアアア!?」


 絶叫。それはいままでの苛立ち混じりの叫びとは違う。驚愕と痛みに満ちた悲鳴。

 クロスがジゼルとともに攻撃をたたき込んだ太い腕に大きな亀裂が走り、流れ出た血液が熱でじゅうじゅうと音を立てていた。


「っ! やった……!」


 ここにきて初めての有効打。

 ようやく見えた光明にクロスが声を弾ませた、そのときだ。

 モンスターの様子が一変したのは。


「――グルルルルルルルルッ!」


〈魔力感知〉、もしくはそれに類する生体機能でいまなにが起きたのか、誰がなにをしたのか察したのだろう。危険度リスク4の視線がぎょろりと、これまでとは違う方向へと向いた。


 すなわち、必殺の吐息を2度も防ぎ、あまつさえ跳ね返してきたジゼルへと。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「なっ!?」

「……っ! くそっ、やっぱそう都合良くはいかねぇか……!?」


慢心の簒奪者ロブリーマジック〉でクロスを助けるために戦線へ近づいてしまっていたジゼルへ、モンスターの巨体が突進を放った。

 クロスは驚愕し、ジゼルはあらかじめ懸念していたとばかりに〈緊急回避〉を発動させる。


「ぐ……っ!」


 かろうじて避けるが、折れた右足が激痛を発しジゼルは表情を歪める。そしてモンスターの突進は一度だけでは終わらない。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「この……! こいつ! 僕を狙え! 僕と戦えこの野郎おおおおおおおおおおおおっ!」


 クロスが絶叫してそれを追いかけるが、完全なる火力不足。

 どこを狙ってもはじかれる攻撃は完全に無視され、長い時間をかけてようやく放つ風魔法は体勢を崩すのみ。がむしゃらに突進する相手には目くらましもあまり機能しない。


「ぐっ、がはっ!?」


 そして限界はすぐに訪れた。

 片足が折れた状態での〈緊急回避〉では突進を避けきれず、吹き飛ばされたジゼルが何度も地面を転がる。


 激痛が体力と気力を奪う。さらに〈慢心の簒奪者ロブリーマジック〉で大量の魔力を消費していた彼女は最早、まともにスキルを繰り出すことさえままならない。


「ジゼル!!」

「バカよせ! もう無理だ!」


 そんなジゼルを、クロスがなんとか抱えて逃げる。

 だがそれはもう悪あがきですらなかった。


「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」

「うあああああああああああああああああっ!?」


 突進。鈍重とはいえ、それは木々さえ容易くなぎ倒して進む危険度リスク4の機動力。

 怪我人を抱えた下級冒険者が逃げられる道理などありはしない。

 案の定クロスはジゼルとともに跳ね飛ばされ、ボロボロの状態で地面に投げ出された。

 

 希望が見えたのは一瞬、戦線は崩壊。形勢は逆転。

 最初から決まっていた敗北という結末が、当たり前のように二人の前に立ち塞がった。


(くそ……! どうする!? どうすれば!? 他になにか手は!? どうしたら……!?)


 地面に倒れたクロスの脳裏に焦燥と絶望がはじけ、立ち上がる気力さえなくしそうになる。だが、そんな少年のすぐ隣で、


「ああ、くそっ。だから言っただろうが、無理だって……っ」


 倒れ伏したジゼルが朦朧としながら掠れた声を漏らす。


「いいからもうお前だけでも逃げろよ……なんのために私が〈慢心の簒奪者ロブリーマジック〉を使いに出てきてやったと思ってやがる……だから、頼むから……私の目の前で死ぬんじゃねえよクソ野郎……っ」

「……っ!」


 皮肉なことに、それは最早逆効果でしかなかった。


(ああそうだ……どうするかなんて、最初から決まってる)


 剣を握り、地を踏みしめ、クロスはジゼルを背に立ち上がる。


(逃げるなんて選択肢がない以上、やれることなんて一つしかないだろうが!)


 再びこちらに突っ込んでこようとする怪物を前に、クロスは次の一撃に己のすべてを込めんとまなじりを決する。


 迫り来る死を前に加速する思考によぎるのは、先ほどジゼルとともに放った合わせ技。

 すなわちスキルの同時発動。


(そうだ……1つ1つのスキルの威力が足りないなら、ただの連撃では無意味だというなら、いまある僕のありったけを全部同時に……!)


 ショートソードを構えるクロス目がけ、怪物が再び突っ込んでくる。

 地響きと雄叫びが木々を、鼓膜を、心を恐怖で揺らす中、集中はさらに増していく。


(振り絞れ! 研ぎ澄ませろ! あの人たちからもらったすべてをいまここで! 全力で体現しろ!)


 それはもう、無茶苦茶としか言いようのないスキル発動だった。

〈身体能力強化【小】〉や〈クロスカウンター〉をはじめとした近接スキルをがむしゃらに発動させながら、口では〈ウィンドシュート〉の詠唱を口ずさんで手の平に風を凝縮させる。さらにもう片方の手で並行して〈ガードアウト〉を発動できないかと、脳内では邪の唄を謳い奏でていた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 そうしてすべてのスキルを同時にたたき込まんと、突っ込んでくるモンスターから一切目をそらさずに対峙した――そのときだ。


「――っ!?」


 すべてがゆっくりと進む圧縮された時間の中、クロスの体内でなにかがはじけた。

 いや、結実した。


 それは〈クロスカウンター〉が発現したときと似通った感覚。しかし明らかに異質ななにかがクロスの中で実を結んでいた。


 その異形の果実は言の葉となり、クロスの口からひとりでに流れ出す。


「其は黄昏の木枯らし 一切の空なるものを掴みし我が邪道に頭を垂れよ――」


〈ウィンドシュート〉と〈ガードアウト〉を掛け合わせたような短い詠唱。

 途端、クロスの手の平から染み出た黒い霧が空気と共に圧縮される。

 深い闇のような密度となった黒霧はショートソードを包み込み、クロスはそのままカウンターの体勢へと移行する。


(な、んだ……これ……!?)

 

 いままで感じたことのない異質な感覚。

 戸惑いと疑問が脳裏をよぎるも、しかしクロスはそのスキルが発動するまま、ある種の確信を持って踏み込んだ。こちらにトドメを刺そうと迫る巨大な怪物へと。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 突進と同時、ロックリザード・ウォーリアーはその発達した前足を振り上げる。

 丸太よりもなお太い岩の腕が鋭い爪とともにクロスに迫る。

 豪腕がかすめた際に暴風がまぶたを揺らし、爪の先端が首筋を抉りそうになる。

 だが当たらない。死さえいとわず前進したクロスが紙一重で攻撃をいなした、その瞬間。


「……っ!」


 剣を包む濃密な黒霧がさらに凝縮した。

 切っ先で点のようになった黒い固まりは、まるで剣と怪物の首を糸で繋ぐように空を走る。狙うべきは黒糸が繋がったその一点。


 そう直感したクロスの口から、再び勝手に言葉が漏れる。


不在エラースキル――」


 ――それは、この世に存在するはずのないスキル。


職業クラス〉制限によって同時に習得することなどできないはずのスキルが統合されて生まれた、〈無職〉にのみ可能な特殊すぎる特殊エクストラスキル。しかし本来なら、スキルをまともに伸ばせない〈無職〉にはたどり着けるはずなどない異形の力。

 

 あり得ない固有ユニークスキルとあり得ない育成環境が生んだ、その不在エラースキルの名は


「――〈イージスショット〉!」


 それは空気とともに防御力低下の霧を極限まで圧縮し、対象の身体に致命的な弱点を一瞬だけ作り出すカウンター。こちらの攻撃力がわずか1であろうと、敵の防御力が0であれば打ち倒せるという暴論を具現化した大物食らいの一撃。特殊エクストラスキルの特性として、元となったスキルをただ同時発動するよりも遙かに効力の増した反則技だ。


〈クロスカウンター〉と同様に相手の突進の威力さえ利用した剣撃が、極限まで防御の低下したその一点にたたき込まれた。


「ガ――ッ!?」


 針の穴のように小さな黒い点に突き刺さる剣先。

 それまで一切の攻撃を通すことのなかった岩の鱗がまるでバターのように引き裂かれる。

 怪物の口からなにが起こったのかわからないといった微かな断末魔と、それをかき消すような血潮があふれ出す。直後、


「これで……終わりだあああああああああああああああああああああっ!」


 ザンッ!


 雄叫びをあげたクロスの剣が怪物の首を大きく切り裂き、その巨体を地に落とした。

 それまで激しく響いていた戦闘音と怪物の咆哮が嘘のように途絶え、違和感さえ抱くほどの静寂が森に満ちる。


「――かはっ……はぁっ…………はぁっ……!」


 微かに響くのは極限の集中状態を超えて怪物を打ち倒した少年の激しい息づかいのみで――2人を死に追いやろうとしていた絶対の脅威は、その傍らでぴくりとも動かず絶命していた。


「……な……あ……嘘、だろ……?」


 そんな中、異常に気づいて顔をあげたジゼルは愕然と声を漏らしていた。


「勝ち……やがった……?」


 その視線が呆然と見上げるのは、肩で息をする〈無職〉の少年。

 全身から血と汗を流し、極度の疲労と集中の反動か、いまにも倒れてしまいそうなほど激しく肩で息をするレベル0の大物喰らい。


 その横顔はつい1か月前までジゼルのイビりに負けて半べそをかいていた少年のものなどではない。死地を超えて成長を果たし、守るべきものを守り抜いた、雄々しい冒険者のそれで。ジゼルが思わず時を止めていると、


「……やった……」


 やがて少年の口が微かに動いた。そう思った瞬間、


「やった……やったよジゼル!」


 たくましい冒険者の顔は一瞬で崩壊。

 瞬く間に年相応の無邪気な笑顔になったクロスはほとんど崩れ落ちるように跪き、子供のような声をあげてジゼルの手をとった。


「凄いや! 凄いよジゼル! 僕たち、たった2人であの怪物に勝てたんだ!」

「な……っ!?」


 ジゼルは盛大に困惑した。

 無遠慮に手を握り脳天気に笑う少年へ、様々な思いがよぎる。


(いやほとんどお前が1人で倒したようなもんだろ! てかなんだよいまのスキル!?)

(大体こいつ、さっきまで私に潰されそうになってたの完全に忘れてるよな!?)

(てかマジなんで最後まで逃げなかったんだこのバカ殺すぞ!)


 しかし胸にあふれる様々な思いはほとんど言葉にならなかった。なぜなら、


「……っ!!」


 先ほど垣間見た雄々しい冒険者の横顔が、同一人物とは思えないいまの無邪気な笑顔が、助けられたという事実が、その呆れるほどのお人好し具合が――そのすべてが握られた手から熱となって全身を駆け巡り、ジゼルの顔を真っ赤に染めあげていたからだ。


「な、なに気安く手ぇ握ってんだてめぇ!」


 心臓をバクバクさせながらかろうじて言葉にできたのはそんな悪態だけ。


「あ、ご、ごめんっ!?」


 そして罵倒とともに手を振り払われたクロスは当然のようにしゅんと肩を落とす。


「あ……」


 そのクロスの様子になんだかもうかつてないほどに狼狽え胸を締め付けられるジゼルだったが、14歳の少女である彼女にそんな気持ちを上手く制御する心得などなく、

「え……と、あっ、こ、こんなことしてる場合じゃねーっつーの! おい、お前まだスキル出せるよな? いますぐロックリザード・ウォーリアーを解体して素材とんぞ!」


「え? なんで?」


「まだ他に強いモンスターが紛れ込んでっかもしれねーし、弱くてもいまの私らが集団で囲まれたらヤベーだろ! だからこいつの素材を雑魚避けにして、とっとと森を脱出すんだよ!」

「あ、なるほどっ」


 ジゼルは色々と誤魔化すようにクロスへ指示を出し、その隙にどうにか顔の熱を冷まそうと苦心するのだった。

 



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