第六章 毛人襲来 -けじんしゅうらい-
26 毛人って?
修業を始めて、ふた月が経過した。秋になり、次第に気温が下がってきた。白装束1枚で滝に打たれるのは、さすがに寒い。それでも、この冷たい滝に打たれながら祝詞を唱えるのが大事なのだとか。この状況でも正確に祝詞を唱え、無心になって集中力を高める。これが出来れば、どんな状況でも間違いなく術法を行使出来る。そう青龍さんは断言した。順調に2つの術法をマスターした後、僕は少し行き詰まってしまい、次の術法で足踏みをしている状態だ。音階の上位術は、誰も使えないので僕に教えてくれる人がいない。「先代なら使えたのですが……」朱雀さんが涙目になるので、僕は「大丈夫! 大丈夫だから」と根拠もなく言い放って、逆に不安にさせてしまったかも知れない。時間伸長と認識阻害は、青龍さんが見本を見せてくれるのだが、なかなか掴めない。朱雀さん青龍さん二人とも、連日の修行と、それでも結果が伴わない焦燥感からか、以前より更にやつれて見える。頬がこけ肌つやは悪く、目元は大きく窪んで黒ずみ……前々から細身ではあったが、更に一回り体つきが細くなったように感じる。さすがに青龍さんの顔にも焦りの色が浮かび始めた。そんなある日であった。
「くそッ! やられたぜッ……!」
血の滴る肩口を押さえながら、白虎さんが屋敷に戻ってきた。
「ど、どうしたの?」
「毛人だ! 奴ら沖縄に上陸しやがった!」
毛人? そう言えば前に聞いた事があるような……?
「そ、そんな……毛人にはそこまで高度な知恵はなかった。荒波を越え海を渡るなど……」
「詳しいことは分からねえ! でもな! 毛人が沖縄にいんのは間違いねえ!!」
「見たのかい!?」
「ああ!! この目でなッ! 白虎隊の仲間が数人やられた! 動けねえ奴を切り捨てて何とか撤退したが! 外に出ていた仲間はみんな怪我しちまった! かく言うオレもこのザマだぜ!」
「そうか……まずは治療をしよう。傷を見せて」
白虎さんの肩に刻まれた、痛々しい爪痕。大型の犬か、クマにでも引っ掛かれたようだ。それほど深くはなさそうだが、まだ乾ききっていない傷跡から血が滴り、胸元を赤く染めていた。傷口を洗い、清潔な布を巻く青龍さん。何かしなければと思いつつも、隣でただ見ている事しか出来ない。僕は口だけを動かした。
「あの……毛人って?」
「毛人というのは、正体不明の生物だ。雪男、イエティ、などと呼ばれる生物に近いものと思われる」
そう言えば、そんな事を言っていた気がする。
「毛人があんなに手ごわい奴だとは思わなかったぜ! 奴ら、人間よりデカく、力もあって、何よりすばしっこいんだ! そうだな……2メートルはあったな!」
「そんなに大きいのかい!?」
「2メートル……
「しち……なんですか?」
「あ、いや、そういうスポーツ選手が日本にいるんで」
「
「誰?」
「誰?」
「あ~、何でもねえよ!」
「それで? 毛人というのは?」
「おう! そうだったな! 全身、白っぽくて長い毛で覆われてんだ! 触った感じはゴワゴワで、これが堅え! 外回りで護身用に持って行った鉈や鎌程度じゃ、全く刃が通らねえ!」
「それは樹木よりも堅いという意味かい?」
「ああ、そうだなッ……! いや、単純な硬さでは分からねえが、動く奴の体に鉈を叩き付けても刃は通らなかったぜ!」
「そうか。体毛だと空気の層があったり、厚い皮に弾かれ、支点もないから力が受け流されてしまって切れない、という可能性も十分考えられるね」
「難しいことは分からねえ! 普通の刃なんかじゃ斬るのは難しいってこった! クソッ!
「どうやって沖縄まで……?」
「オレが知るかよ! 八咫鏡にでも聞けや!」
「そうだね……そう易々と使えるような物ではないが、危険も大きい。調べてみよう」
傷の手当てを終えると、青龍さんは奥から八咫鏡を持って戻ってきた。朱雀さん、白虎さん。この場にいる全員が見れるように、立派な台座に立て掛け、いつものように祝詞を唱える。
「毛人がどのように海を渡ったか、当時の姿を映し給へ。オン、ボキャバトゥ、オン、ボキャバトゥ……」
その時。僕はまだ何も映っていない、ただの鏡面を、うっかり覗いてしまった。見ない方が良い、後悔する、と言われていたのに。それをすっかり忘れていた。
「うわあぁぁあ!!」
僕が上げた大声に、僕自身が驚いてしまった。そのぐらい大きな声が自然と出た。鏡に映し出された僕の顔。肉が腐敗して崩れ落ち、あちこち穴が空いて、黒い影となった空洞からは白い骨が覗き、無数のウジ虫が蠢いている。それはまるで映画のゾンビか、ホラー映画に出て来るモンスターのようであった。
「こ、これは……!?」
呆然とする。今のは何だったんだ? 青龍さんの術法……ではないよな? 今のが毛人ではないだろう。あれは一体、何だったんだ……?
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