第五章 日々鍛錬 -ひびたんれん-
21 運動不足で、運動音痴
早朝。辺りは薄暗い。地平線の彼方にぼんやりと日が差し、山と雲の影が空に濃淡を描いて浮かび上がる。一年で最も暖かい季節と言っていたが、朝は肌寒く、風が吹く度に着物の間から冷気が入り込む。気温は10度より低いぐらいだろうか。青龍さんに聞くと、「日中は20度近くまで上がるかも知れないね」と言う。20度を超す陽気は夏場でも珍しいそうだ。白装束1枚の僕と青龍さんより、重ね着している朱雀の方が寒そうにしていた。
「最初は精神鍛錬から始めよう」そう言って、青龍さんが先に立って歩き出す。「御気を付けて」少し心配そうな顔で見送る朱雀。青龍さんの他、白虎隊の屈強な男性が2名、護衛として付いて来てくれる。首里城の外に出るのは初めてだ。冒険心がくすぐられ、楽しい気分だった……のは最初の数分だけである。「ちょ、ちょっとキツイng……キツイっすね!」息を切らしながら、僕は急な坂道を歩いた。山の斜面、厳しい傾斜。首里城が山の上にあるのを初めて知った。
「ジブガー? なんだっけ? ハァハァ……どこまで行くんだっけ? ハァ、ハァ……」
「ジブガーフィージャーだよ」
「まだ着かないの? ハァ、ハァ……」
「直線距離なら1キロ弱。そうだね……500メートルちょっとかな。高低差もあるし、道も蛇行するから慣れないと大変かも知れないね」
「こ、これ……ハァ、ハァ、フゴ……毎日やるの?」
「これからの日課だよ」
「マジンゴ~……? ハァ、ハァ、フガッ……」
歩いて10分って言ってなかったっけ? いや、もう30分は歩いている気がするんだけど。これは体感なので、実際には本当に10分だったのかも知れない。屋敷内の平坦な廊下を歩くより、何倍も疲労感があった。
「少し休もう」
「ハァ、ハァ、そ、そうして、ンガ、フゴ……」
「息も絶え絶えじゃねえか。大丈夫かよ」
「こんな庭先で息切らしてるようじゃ、俺ら白虎隊には入れねえな」
「フガ……」
僕以外の3人は息一つ切らしていない。筋肉質の白虎隊の2人だけじゃなく、細身の青龍さんでさえも。本当に、ちょっとその辺まで、といった感じで散歩をした程度なのだろう。僕はどれだけ運動不足で、運動音痴なのか。
「本当に、こんなのが救世主になるのか? ぶくぶく太りやがって」
「こいつに食わすために、オレたちが危険を冒して狩りに出てんだぜ」
「貴重な食料なのによ」
「耕作様こそ、我々の最後の希望だ。口を慎みなさい」
「チッ」
「青龍さんだってよ、こいつがいなきゃもっと……」
「そこまでにしなさい!」
「へい、へい。わーったよ。まあ俺らは狩りをしてその場で食うからいいさ」
「見えてきたよ。あそこだ」
目的の滝に辿り着いた時には、もう僕は汗だくブタだくで一歩も動けなかった。
「ンガ?」
「精神鍛錬の場。ここがジブガーフィージャーだ」
滝。である。青龍さんの指し示す先、もしかして、ここで滝行を? 僕の表情を察したのか、「そう。ここで滝に打たれるんだ」青龍さんは顔色一つ変えずに言う。
「今日は温かいから、ちょうど良いね」
「まだ日が昇っていないけど?」
「冬場だともっと厳しいよ」
外に出て気分が良いのか、青龍さんは時折見せる鋭い視線ではなく、終始柔和な表情を浮かべながら告げる。今日は全くトゲを感じない。僕がやる気になったからなのか。ようやく前に進めるからなのか。それとも他の理由が……?
「そこの滝壺は、1メートル近い深さがあるんだ。足を滑らせて溺れないようにね」
白装束で水に入る。山道を歩いて火照った体に、冷たい水が沁みる。
「そのまま、一度、全身水に入って。冷たいだろう? 少し水温に慣れよう」
足を入れた瞬間は、予想外の冷たさに変な声が出そうになった。しかし慣れてしまえば気持ち良いぐらいだ。
「よし、行こう」
青龍さんに手を引かれ、滝壺で滝に打たれる。後で聞いた話だが、本当はここで祝詞を唱えるのだぞうだ。ただ、僕はまだ覚えていないので、今日は滝に打たれるだけ。「聞いて覚えるんだ」青龍さんはそう言って、隣で祝詞を唱えている様子だが、滝の音でほとんど聞こえない。目を閉じて滝に打たれていると、首筋に水が当たり、滝に肩叩きをして貰っているようだ。落ちて来る水圧で立っているのは大変かと思っていたが、腰より上、お腹から胸の辺りまで水に浸かっているので、足腰には負担がかからない。時折、大きな水の塊が頭頂部や後頭部を叩くので、滝に虐められているような感覚にもなる。
「もういいだろう」青龍さんの声が聞こえたのは、何分経ってからだろう? 少なくとも十分ほどは滝に打たれていたと思う。全然大丈夫だと思っていたのだが、意外と体にダメージがあったようで、足元がふらつく。水に入る時より出る時の方が大変だった。「拭けよ」水から上がって座り込んでいると、僕たちが滝に打たれる間、
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