19 落ちているところに戻っても、どうしようもないし

 次に映し出されたのは狭い牢獄。

「彼女がどうなったのか。その最期を見届けて貰わねばならない」

「耕作様……御辛いと思います。私がついております。朱雀がここにいますから!」

 ギュッと手を握り、胸の辺りに運ぶ朱雀。目に浮かぶ涙は、どういう意味……?


 栞奈一人だけの独房。汚れたベッドと隅に置かれた便器。それだけしかない。鉄格子の外に現れたのは、制服を着た男。看守だろうか? 鍵を使って鉄格子を開ける。そして部屋に入ると……いきなり栞奈を蹴り倒した。部屋の壁に激突し、苦しげな表情を浮かべる栞奈。

「なんで!」

「目を逸らさず、見届けるんだ! これがあの後、現実に起こったことだよ」

 看守は壁際で蹲る栞奈の髪の毛を掴むと、無理やり引き起こす。そうしてもう一度、栞奈の胸の辺りを蹴る。また壁際まで飛ばされ、苦悶の表情を浮かべながら咳き込む栞奈。

「……こんなのって……」

「彼女が入ったのは特別な刑務所なんだ。連続殺人犯や麻薬密売など、死刑囚か無期懲役になるような極悪犯罪者しかいない」

 倒れ込んだ栞奈に、看守が覆いかぶさって、無理やり服を剥ぎ取る。荒々しく体をまさぐり、泣き喚く栞奈に強烈な平手を叩き込む。唇を切ったか、口の端から血が滴り、ガタガタと震える栞奈。もはや抵抗する意思もなく、看守のなすがままにされ、死んだような表情を浮かべた。

「やめさせろよ! こんなの許されないだろ!」

「残念だけどね、彼女は死刑判決を受けた重犯罪者だ。罪状は、連続殺人、及び麻薬の密輸と販売、公務執行妨害……」

「麻薬密輸!?」

「彼女の部屋から麻薬が見つかった、ということになってね」

「嘘だ!」

「でっち上げられた罪状だよ。そして彼女は獄中で、このように看守の慰み者にされた。同じ刑務所内にいる男性死刑囚にも。輪姦され、あらゆる暴行を受け、看守はこれを黙認した。というより、看守が率先して扇動していたようだ。彼女は毎晩のように凌辱され、乱暴され……」

「……もうやめて……」

「投獄されてから半年。彼女は獄中で死亡する。直接の死因は暴行によるものだけど、食事もほとんど与えられず、衰弱していたようだ。日本政府に対して、公式には死刑が執行されたとの通達があった。彼女の遺体は燃やされ、骨だけになって帰国。もちろん、これは遺体を調べて暴行の跡が見付からないように、だよ」

 そんな……こんなのってないよ! 僕は……彼女は日本に戻って、彼氏と幸せになったものだとばかり……

「耕作様。御気を確かに!」

「……ああ……」

 それだけ、絞り出すのが精いっぱいだった。


「耕作様。彼女を、助けたくはないか?」

「……え?」

「私たちの術法の中には、魂を呼び寄せる招魂しょうこん、という術の他に、魂を特定の時間、特定の場所へと送り出す送魂そうこん、という術法もあるんだよ。この術法を以て、耕作様の魂をあの日あの時までお送りすることが出来る」

 な……ん……だって……!?

「そこで、耕作様には、ある任務ミッションを行って頂きたい。それと同時に、あの日の自分自身が、彼女を救うためにも行動すれば良いんだ」

「……どうすればいい……? どうすれば栞奈を助けられる?」

「正直に言うとね、送魂の術で戻せるのは、魂が抜けたあの瞬間だけだ」

「あの瞬間?」

「そうだ。橋から落下する、その一瞬、耕作様の魂を保護した。だから戻せるのは、基本的にはその時へ、だ」

「落下する……その時?」

「そう」

「ダメじゃん。落ちているところに戻っても、どうしようもないし」

「うん。だからね、他の術法を組み合わせる。時間を操る術法だ」

「時間を……」

「これに近い術法を耕作様も覚える必要がある」

「覚え……られるの?」

「その条件は満たしている。というのが、八咫鏡が耕作様を選んだ理由だよ」

「僕が選ばれた理由……」

「出来るということさ」

「そうなんだ。それなら、やる。やるよ!」

「そう仰って頂けると信じておりました。八咫鏡の、天照大神の思し召しで御座いますわ」

 ああ、やってやる! やってやるさ! 栞奈をあんな目に遭わせるわけにはいかない!


「ただし……」

 青龍さんが、少し言いにくそうに切り出した。

「時を操るのは大変な力を必要とするんだ。戻せるのはほんの僅かな時間のみ」

「どのくらい?」

「数分か十数分か。良くて三十分……」

 つまり、あの日あの場所にしか戻れないってわけか。

「だから耕作様自身の命運は……あっ、だから耕作様にも、時間を操る術法が必要なんだよ」

「さっき聞いたけど」

「耕作様には、あの日あの場所で行われた、世界を滅亡に向かわせる、ある企みを阻止して貰う」

 何かを誤魔化されたような気がする。

「具体的な話は、いずれまた。今話しても仕方のないことだからね、送魂の術を執り行う前に、改めて説明しよう。今は、その時必要になる術法を身に付けることに専念するんだ。あとは時間との勝負。どれだけ術法を使えるかによって、作戦も変わってくるからね」

 なるほどね。全ては僕の頑張り次第、というわけだ。

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