第三章 心魂定着 -しんこんていちゃく-

11 溜まっちゃってるンゴ~

 それから、ひと月ほどリハビリを続けただろうか。朱雀さんと眞代子さんは、相変わらず優しい。最初のリハビリで味を占めた僕が、足が動かないフリをして倒れ込んで、2人の柔らかい体を楽しんでも怒りもしない。僕の演技は決して上手くない。大根役者が棒読みで「あ~足が~」なんて言いながら、2人の腰の辺りに抱き付いても。胸の辺りに顔を押し付けても。頭を撫でてよし、よし、とやってくれるンゴ。

 だから一日一回は、そうやって甘えたり、ラッキースケベ (故意) を楽しみながら、辛いリハビリをこなしていった。もしそうじゃなかったら、僕は乗り越える事が出来なかったと思うンゴ。


「御御足、血の巡りも良くなってきましたね」

 毎日のマッサージも継続中ンゴ。

「前はもっとこうンゴ、茶色ンゴ? だったンゴねえ」

「ええ。今は赤みがさして、赤ちゃんのようですわ」

「ンゴ~」

 足の指も動く。一本一本、うねうねと動かしながら、僕は笑ってみせたンゴ。

「トイレも一人で行けるようになったンゴ」

「あらあら。ではもう、御拭きしなくても宜しいですわね」

「拭いてくれても良いンゴよ?」

「御手伝いした方が宜しければ、いつでも御申し付け下さいませ」

 屈託無く笑いながら、朱雀さんはそう言った。下の処理にも嫌な顔せず、いつも笑顔でいる。本気で嫌がっていないのだと思う。もしこれで、本心では嫌々やっているのだとしたら、朱雀さんは大女優になれると思うンゴ。

「じゃあお願いするンゴ。溜まっちゃってるンゴ~」

「はい。承りました。では失礼致しますね」

 そう言って、朱雀さんはニッコリと微笑むと、僕の着物を慣れた手つきで脱がすのであった。ンゴンゴ。


 まだ若い眞代子さんは、時折、眉根を寄せたり複雑な表情を浮かべる事がある。その表情を妙に色っぽく感じる。心底嫌がってはいない……と思う。だから僕は調子に乗ってしまうンゴ。

 一方の朱雀さんは、本当に何をしても許してくれる。まさか僕に惚れてるンゴ!? ……などと考えてしまうほど。こんなブタを愛してくれるわけがないのに、勘違いしそうになる。いつも膝枕をして、僕を寝かしつける時。マッサージの時。冷たくなった足先や耳を、優しく撫でて掌に包み、温めてくれる時。目が覚める時も、いつも僕の体を撫で擦っていてくれる。動かなかった足や体が動くようになってからも、毎日それを繰り返しているンゴ。


(これはもう愛ンゴよ、愛ンゴ!?)

……いやいや、いけないいけない。ブタがおだてられて樹に登っているンゴ。戒めるンゴ。


「今日ンゴは、また青龍さンゴのところンゴ?」

「はい。本日も御話をしながら、記憶の定着を行います」

「今日も催眠術ンゴみたいなやつンゴね?」

「先日と同じです。耕作様は、私の膝の上で御ゆるりと、御休みになっていて下さいませ」

 ここのところ毎日やっている日課のようなもの。催眠術というより、睡眠学習ンゴね。


「いらっしゃい。どうぞ、座って」

 青龍さんも基本的には優しいンゴ。

「今日は何の話をしようか」

「ン~ゴ……」

「耕作様は歴史が好きだよね」

「大好物ンゴ~」

「どんな歴史が好きなのか、思い出せる範囲で喋ってくれるかな」

「ン~ゴ……日本史ンゴね」

「例えば」

「大東亜戦争ンゴ!」

「大東亜……それは何年頃かな」

「20世紀ンゴね。1930年代ンゴから40年代ンゴ」

「細かい数字まで、思い出せるようになっているね」

「ンゴ?」

「良い傾向のようだね。そのまま続けて」

「大東亜戦争ンゴは、元を辿れば、日清ゴ・日露戦争ンゴまで遡るンゴ」

 朱雀さんも隣で、真剣な表情で聞いてくれている。ここは良いところを見せるしかないンゴ!

「日清戦争ンゴで、日本が清国から割譲を受けた遼東半島ンゴ。これに欧州ンゴ……ロシアなどが文句を言ってきたンゴ。戦争で勝った、正当な権利として得たものンゴけど、欧州の圧力に、日本が一度は折れたンゴ」

 段々ノッてきたンゴ~!

「この三国さンゴく干渉ンゴは、実はロシアの策謀だったンゴ! ロシアは日本に遼東半島ンゴを手放すよう要求してきておきながらンゴ、清国と裏で通じて密約を結ンゴで、旅順要塞ンゴを建築するンゴ! ずるいンゴ!」

「旅順? それはどの辺りか思い出せるかい?」

「旅順ゴは、ン~ゴ、朝鮮半島ンゴの付け根あたりンゴね。少し出っ張ってる先っぽンゴ!」

「それは何年かな」

「日清戦争ンゴの後で、日露戦争前ンゴから……1895年以降、1900年以前ゴね。ロシアと清国で露清密約、って呼ばれてるンゴ」

 青龍さんは黙って掌を差し出し、続きをどうぞ、というジェスチャーをする。もっと聞きたいンゴね、任せるンゴ!

「この旅順要塞ンゴは、日本にとっては目の上のたンゴ瘤ンゴ。こんな場所に世界最強のロシア海軍ゴがいたら、日本の平和が脅かされるンゴ。だから日本も黙ってられず、これが日露戦争ンゴの契機になったンゴよ~」

「すごいです! 耕作様、御詳しいですわ」

 ブタはおだてられて、今なら天にも昇れそうンゴ~!

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