5 眠りたくないンゴ!

 それから不安な日々が続いた。僕は肥え太らされて食べられる、家畜なんじゃないか。その話を眞代子さんは笑って否定したけど、不安は消えない。逆に日ごと不安が募っていった。そう言えば毎日の食事とマッサージの時間以外、僕はずっと眠っている。いや、眠らされているンゴ。

 朱雀さんが定期的に部屋を訪れ、高い声で「アー、アー」と歌う。すると抗いきれない睡魔が襲って来て、僕はすぐ眠ってしまう。あの歌は子守唄のようなものなのか? 原理は分からないけど、妙に心地よくて、安心した気分になって、夢一つ見ないほど深く深く眠るンゴ。


「今日もいっぱい召し上がられましたね。では私の膝へどうぞ」

 いつものように僕の傍に座り、体を引き倒そうとする朱雀さん。僕は精一杯抵抗して、倒れないように踏ん張った。下半身も少し動くようになったおかげで、朱雀さんの細腕では倒されないぐらいには、力を込める事が出来たンゴ。

「あら? どうなさったのでしょう?」

「嫌ンゴ……」

「?」

「嫌ンゴ! 眠りたくないンゴ!」

 子供のように駄々をこねる。後ろに座る朱雀さんを、大きく手を振り回すようにして振り払った。その左手が朱雀さんの首筋か、頬の辺りに当たってしまい、バチン、と大きな音がしたンゴ。

「あっ! ごめんなさいンゴ……」

「いえ、大丈夫です。どうなさったのですか、眠りたくないなんて」

「どうもしないンゴ! ただ僕は……僕は眠りたくないンゴ」

「そんなことを仰らずに。今はゆっくり休まなければなりません」

「どうしてンゴ?」

「どうしてもです」

「なんでンゴ!?」

「仕方のない御人……」

 殴ってしまった事など歯牙にもかけず、微笑みかけてくれる。今までだったら、こんな美人が微笑んでくれるだけで飛び上がるほど嬉しくて、何でも言う事を聞いてしまっていた。でも今は、その笑顔が怖い。笑顔の裏に何があるのか、何を企んでいるのか。朱雀さんの意図が全く分からないンゴ。


「……アーアーアー、アアアー、アーアー……」

「やめるンゴ!」

 その歌は聞きたくない! 聞いてしまえば、僕は眠ってしまうンゴ!


「アーアアアー、アアアーアアー……」

「やめろって言ってるンゴ!」

 震える足で、僕は立ち上がって逃げようと試みた。でも、足は立たなかったンゴ……


「アアアーアアアー、アーアーアアアアアー……」

 やめ……て…… 眠い……


「アーアーアー、アアーアーアー……」

 やめ…… 眠……


「アーーーアーーーアーーー、アーアーーーアーーーアーーー……」

 スヤァ……



「まだ足りません。もっと太って頂かなければなりませんね。佳久子、食事の量は増やせますか?」

白虎びゃっこ様に相談して参ります……」



 不安が拭えないまま、また数日が過ぎた。眠りたくないと駄々をこねれば、朱雀さんの歌で有無を言わさずに眠らされた。だから僕は、食事を摂らないと決めた。ハンガーストライキ。食べない事によって抗議する。肥らせて食べようとするなら、痩せてしまえばいいじゃない! 僕は天ゴ才ンゴ!

 でも僕の体は、僅か1日足らずで音を上げた。お腹の虫がギュルルキュウゥと、僕の抗議に抗議した。すると、僕の体の司令塔たる上半身まで、箸を取って食事を始めてしまった。僕はどんだけ根性なしなンゴ、ダメ男なンゴ……

「子供みたいに駄々をこねたと思ったら、いっぱい御食べになって」

 佳久子さんはそう言って、困った子供を相手にする幼稚園の先生のように接してくれた。屈辱。でもそれが良い。違う! そうじゃないンゴ!

「僕、いつ食べられちゃうンゴ?」

 佳久子さんにも尋ねてみたンゴ。

「はい?」

 目を丸くする佳久子さンゴ。

「僕、食べられませンゴか?」

「ちょっと何を言っているか分かりません」

 真顔で答える佳久子さん。怪しい笑みを浮かべる眞代子さんよりは、安心出来る……ンゴ?

「家畜は、肥らせてから食べるンゴ。ブタの僕も、肥らせてから食べるつもりじゃないンゴ?」

「何を仰っているんです。それなら、その御皿に乗っていた物を頂きますよ。肉も果物も、私どもはt……」


「佳久子! こちらへ来なさい!」

 その時、唐突にふすまを開けて入ってきたのは朱雀さんだった。普段の優しい朱雀さんとは打って変わった、鬼の形相。一体何事ンゴ!?

「はい! しっ、失礼致します」

 深々とお辞儀をしてから、佳久子さんと朱雀さんは部屋を出て行ったンゴ。

「本日のマッサージは私が行わせて頂きますね」

 代わりに部屋に入ってきた眞代子さん。あの日以来、どうも恐怖感が。安心して身を委ねられないンゴ。

「失礼致します」

 痩せ型の朱雀さんよりも、更に痩せて見える。力もやや弱く、マッサージは間違いなく3人の中で一番下手。だけど背中で感じるお尻の感触は、一番好きかも知れないンゴ。

「あ~もっと強く~。あ! そう言えば僕のスマホ知らないンゴ? ノートパソコンも欲しいンゴね」

「申し訳ありません! 今はその……」

「残念ゴ。仕方ないンゴ~」

 そんな話をしながら、僕はいつしか眠りに就いてしまったンゴ。

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