第15話 沙那恵

時に苦しく辛いことがあっても懸命に我が子を愛す母の姿がそこにはあった。


何時しか、この思いが報われる日がくると紗夜は願い信じた――――。


かけがえのない我が子の健やかなる成長を幸せを夢見て――――。


華菜枝もまた、母を信じ懸命に学んだ。周囲から悪態を叩かれようと堪え忍び続けた。


そんな紗夜と華菜枝に冷めた眼差しを向ける人物がいた――――。2人の姿を鬱陶しいと感じ、必死に生きようとする2人を横目に、無駄な努力と心のなかで罵った。自分は、なんの努力もしなくても誰からも慕われ、愛される存在。誰もが天才と認めコウベを下げ平伏す生まれながらにして高貴な存在だと自分を美化していた。


彼女は天使のような微笑みで、いつもと変わらず優しく接した。


誰も自分が、裏切るとなど夢にも思っていないだとろう。心の声が嘲笑う。


2人の滑稽で惨めな姿が可笑しくて堪らなかった――――。


『私はこんな惨めな行き方はしないわ』


投げ捨てるように2人に背を向けた。



どれほどの苦労を重ねても紗夜と華菜枝の努力は虚しく消えていく。どんなに頑張っても頑張っても追いつかない·····並ぶことすら届かない大きな壁。比べられないほど華菜枝は沙那恵よりも劣り過ぎていた。


日を追う事に全ての事柄で成果を収め、周囲からの注目を浴びる沙那恵。結月家、本家から絶大な信頼を勝ち取りつつある沙那恵は、事実上、家族を牛耳る支配者だった。


実の父である和修に、沙那恵は言い寄り1つの毒の華を植え付けた。


『ねぇ父さん·····姉さんって可哀想よね』


べったりと身を寄せ、父の胸に顔を埋め甘えた声で耳元で囁いく。


『結月家では子を産むことで位があがる。それが女なら尚のこと·····私の言ってる意味分かるでしょ?』


15歳とは、思えないほど妖艶に、そして強い色香を放ちながら、その眼の中では燃えタギる焔が見えていた。


嫉妬、欲望、情熱·····熱く熱く沙那恵の心を燃やす焔は限りなく深く濃いものだった。


『母さんが誰の子か知ってるわよね·····だから、暗黙の了解って言葉があるみたいに許される行為なのよ。血縁社同士の子は、より濃い繋がりを持ち、そして結月家の強い力になる·····弱い姉さんを守る為には必然的なやり方だと思わない?』


言葉巧みに父の心を探り弱みにつけ入り悪魔の囁きを口にする娘。


『父さんが姉さんを救ってあげなきゃ』


優しく微笑み、和修を闇へ誘う。


『姉さんも父さんを求めているわ』


和修は、何時からか華菜枝を紗夜とは違う目線で見つめていた。


娘である認識はあるものの日に日に美しく成長していく華菜枝を、和修は如何わしい目線で見るようになっていた。


そのことに逸早く気づいていた沙那恵は、ある計画を企んでいた。


必要以上に和修を華菜枝に触れさせた。父を上手く操り、言葉巧みに姉が父を求めていると囁き続け2人の時間を増やしていった。父と母の営みが無いことを知るや、もっと執拗に父に言い寄り、甘く毒を囁く。砂糖菓子のように甘い毒に導かれ、操られるように和修の心は完全に沙那恵のなすがままだった。


華菜枝に触れる度に、高鳴る鼓動は鮮やかに景色を美しく変え、暗くジメジメした心の溝を埋める華となっていく。


紗夜との夫婦仲は良かったものの仕事と子育ての両立で目まぐるしい日々をおくっていた。紗夜にとって夜の営みは、喜ばしいことと思いつつ素直に受け止めることが出来ず、和修に求められることを苦痛に感じていた。


『和修を本気で愛したところで自分は結月家が生んだ人形でしかない』


いつか必ず訪れる別れを紗夜は恐れていた。終わらせなければならないとすら紗夜は思っていたのである。


そこに醜く歪んだ沙那恵の魔の手が、静かに忍び寄り、紗夜の気持ちとは真逆の方向へ進み出す。


――――和修の親としての理性が無惨にも塵と消え心には華菜枝を求めて止まない醜い男の姿があった。







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